朝からツッコミどころが多すぎる
空は今にも雨が降りそうなほど厚く曇り、太陽の気配すらない。
だが落ちてくるのは湿った冷たい風だけで、雨は一滴も降らない。
そんな空を眺めながら、俺は濡れた土の上に寝転がっていた。
まるでどこかから落ちてきたか、酒でも飲んでぶっ倒れた後みたいな状態だ。
問題はひとつ。
――なんで俺、ここにいるんだ?
ゆっくりと上体を起こし、昨日の記憶を辿る。
仕事が終わって家に帰って、適当に飯を食って、読書して、そのまま寝落ちした。
外に出た覚えもないし、酒なんて一滴も飲んでいない。
じゃあ何があった?
「誰かに連絡しないと…」と思ってポケットを探すが――
スマホがない。
それどころか、この服、見覚えがない。
「な、な――!?」
自分の声が…違う?
いや、落ち着け。まさかそんなはず――
……いや、確認しろ。顔を。
どこか水面が…
あ、あった。小さな水たまり。
確認しないといけない。
もし本当に“そう”だったら?
どうする?
考えるな。やるしかない。
3つ数えて――
1。
2。
2と半分……
2と四十五……
3!
……
……
「……あー。本当に、こういうオチなのかよ。バカみたいだな」
水面に映ったのは、間違いなく別人の顔。
つまり、俺は本当に別の体になってしまっていた。
でも、こいつ誰だ?
小説やゲームで見た記憶はない。
“ランダム転生”ってやつか?
……そんなルール聞いたことないけど。
――その時、かすかに物音がした。誰か来る。
俺、地面に倒れてたんだよな?
もしかして誰かから逃げてたとか…?
いやいや、集中しろ! 足音がもう近い!
考えるより先に動け。じゃないとまた思考が迷子に――
「いた! エリ! よかった、見つけた!」
……考えすぎた。
え、俺のことを知ってるのか?
白い肌、青みがかった瞳、蜂蜜色の髪を左右に編んだ可愛い少女。
どこかで見たような気がする。
だが、それよりも問題は――
どう返事する?
「え? ……探してたの?」
大丈夫か、俺?
「何その言い方? 当たり前でしょ! 心配したんだから!」
……ダメだったらしい。
少女は俺の手を掴んで、ぐいっと引っ張った。
「ほら、行くよ。なんかフラフラしてるし」
危険な雰囲気はないし、彼女について行った方が状況の把握になる。
少し歩くと、周囲の風景がよく見えてくる。
空は相変わらず分厚い雲に覆われ、昼なのに薄青い光だけが広がっている。
風に揺れる木々、湿った草の匂い。
空気は重く、胸に少しだけ違和感が残る。
やがて、木製の門が見えてきた。
村だ。
中世っぽい。……ということは、剣と魔法の世界?
そういえば、俺にもスキルとかあるのか?
門には何か書いてあるが、文字が読めない。
多分、村の名前だ。
見張りはいない。平和な場所らしい。
少し進むと、揺れる椅子に腰かけた老人が声をかけてきた。
「おお、リリヤにエリアスか。おはよう。何してたんだ?」
リリヤ、って呼ばれたな。
「おはようございます、ウォルジさん! ちょっと散歩してただけですよ」
「そうかそうか、若いのは元気だな。無茶するんじゃないぞ」
俺は軽く手を上げて応え、リリヤの後を追う。
リリヤとエリアス。
……その組み合わせに、嫌な汗が背中を伝う。
村人たちは皆、俺たちに挨拶してくる。
果物を渡してくれる人もいる。
けれど俺の頭の中は、ただ一つの叫びでいっぱいだった。
「やめろ! やめろって! 俺の世界に戻れ!!」
――だって、もう気づいてしまったから。
でも、まだ確証が欲しい。
まずは、この体の母親が誰か。
もし“あの人”だったら……
もう確定だ。
家の前に着くと、リリヤは慣れた様子で中に入っていく。
俺も後をついて行く。
すぐに、一人の女性を連れて戻ってきた。
細いが芯の強そうな女性だ。
「ね、ミアおばさん。ほら、顔色やばいでしょ?」
「本当だわ。エリアス、上に行きなさい。何か温かいものを用意するから」
……終わった。
階段を上る。
この家の構造も、二階にある部屋も、全部知っている。
確認なんて必要ない。
父親が誰かも、当然わかってる。
ここは――
俺が昔書いた物語の世界だ。
作家を夢見ていた頃、勢いで書いた拙い物語。
その世界の中に、今の俺はいる。
この村も、この人たちも、全部覚えている。
そして――
主人公が世界を救うために、最後に自分を犠牲にするという結末も。
しかも、犠牲にならないルートなんて存在しない。
やらなければ、世界が滅ぶ仕様だ。
……俺はどうすればいい?




