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夜明けのソラの契承者 封印楽園都市  作者: やたか なつき
封印楽園都市 一章「学園」

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2-1-2

 微かな潮騒を耳にしながら、カノンは街灯を辿るように、タイル舗装をいく。

夜霧に煙る道の幻想は時間を忘れさせる。

カノンは、足音を刻むように歩き、やがて、海を望む高台へと辿り着いた。

月に照らされた海と浜があり、遠くには港の灯りが湾の輪郭を描き出している。

そして、そこには、一人の少女がいた。

 香音は、その横顔に、一瞬、はっとし、躊躇い、そして、歩みを進めた。

「こんばんは」

 カノンは、生来社交的ではない。

見知らぬ者に積極的に声をかけるような性格ではない。

夜の高揚のせいもある。

だが、それだけではない。

そこにいる少女の美しさがそうさせた。

近寄りがたく、それ故に、触れ合いたい。

そんな魅力が少女にはあった。

 少女は、何も応えず、振り返る。

美しい黒髪は、月灯りに舞い、肩を撫ぜる。

象られたかのように理想的な均整の四肢。

神秘を感じさせるきめ細やかな褐色の肌。

眼鏡の奥に隠された感情のない瞳。

その在り方に、カノンは、瞳を、心を、時を奪われた。

 少女は、カノンを一瞥すると、首を傾げるようにし、それから、考えるように視線を逸らした。

カノンは、それを拒絶ではなく、戸惑いと捉え、一歩踏み込んだ。

「私は、織矢香音と申します」

 知らぬ者に、名前を告げることは危機意識に欠ける行為である。

だが、それ故に、信頼を示す、有効な手段でもある。

それに少女は制服を着ていた。

制服は学園に属することを示す確かな身元証明である。

ならば、問題はないとカノンは判断した。

そも、声をかけてしまった時点で、どうでもよくなっていた。

「いい夜ですね。月も綺麗」

 カノンは、考えて話してはいない。

ただ、思いついた言葉を口にしている。

こんな風に人と話すのは、いつ以来だろうか?

そんなことを思いながら、言葉を紡ぐ。

「ええ、そうですね。この世界は美しい」

 ふと返った声に、カノンの表情が綻ぶ。

澄んだ言葉が夜に凛と響いていた。

通じ合えた。

そんな感覚が、胸を高鳴らせる。

「ここには、よく来るのですか?」

 何故かは、聞かなかった。

聞いてはならない気がした。

それにカノンも答えられない。

「いえ、はじめてです」

「そう、私もです。気が向いて、足が向いた。

だから、出会えた。

運命かもしれません」

 恥ずかしい台詞である。

常ならば、絶対に口にではできない。

信じられないくらいに積極的だった。

一体どうしたのか、自分でもわからない。

「よければ、お名前を」

 ふと、口にしていた。

カノンは、そっと少女の表情を覗き、その視線に気圧される。

なんとなく、怒っているようだった。

「あの、おいやでしたら」

 高揚が焦燥に、そして、恥辱と嫌悪へと転換する。

自らを呪うしかない。

「シリン」

 表情を曇らせ、視線を落としたカノンに、また首を傾げ、少女は名を告げた。

「シリン、素敵な響きですね」

「カノン、貴方の名前も」

 それから、二人は取り留めのない会話に興じた。

カノンが話しかけ、シリンが一言二言、言葉を返す。

シリンの内心はうかがい知れないが、カノンは楽しかった。

 一夜の夢。

それでよかった。

天から降りてきた少女との邂逅。

ただ今は、そんな出会いに、心を踊らせていたかった。

だが、そんな儚い願いさえも叶わない。

「えっ?」

 ふと、鈍く高い音がした。

空気が響き、揺れていた。

カノンは足元を覗く。

敷き詰められたタイルの一部が砕け、抉れていた。

 最初から?

いや、そんなことはない。

そんなことは、なかった。

そうであれば、気づいていたはずだ。

 何かの痕跡に、カノンの背が凍る。

それは、悪意であり、敵意であり、害意。

間違いなく、攻撃であった。

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