捌零話 お前に任せて、俺が行く
「まったく、死霊族の領地に結界が張られているのにわざわざ入ろうとするのかねえ。その意味をちゃんと考えたことないのかねえ」
白零たちから離れたところで、さきほど白零に語り掛けてきた火蛇族が、降り積もる雪の冷たさにこれといった反応を示さず、ただ一点にこの世界に迷い込んだ人間たちを見る。
どうしようもない愚者が、無駄にあがきながら迎える最後を楽しむように。
「生者とは死を恐れ、罰を恐れ、痛みを恐れ、消失を恐れる。故に己自身の強さを求め、かけがえのないものを護り、世界のルールを遵守する」
そう言うと、突如火蛇族の男の全身が大きく膨れる。
腹部から、背中から、腕部から、脚部から、さらには頭部からも元の二倍、三倍へと膨れていく。
「しかし死者とは、死を恐れず、罰を恐れず、痛みを恐れず、なにも恐れはしない。故になにも求めず、護るものもなく、己の欲望に忠実だ」
パァン!
やがて、限界まで膨れ上がった火蛇族の全身は、風船が割れるようにあっけなく弾け飛んだ。
「そんな無法者が、生者と交えてなにも起こらないはずがない。奪い合うだけでしかない」
火蛇族の姿が消え、代わりに現れたのは、二十代そこらの青年だった。
流れるような黒い髪と透き通った青い瞳、そしてシャープな感じに整った美貌は血色が通っており、死霊族に見られる致命的な外傷はない。
何よりも青年には幻界の住人に見られる身体的な特徴はなく、どちらかというと人間に似た姿をしていた。しかし、人間の物とは思えない酷薄な笑みを浮かべて語る。
「ようこそ。迷いし死者の最後の世界へ。そして箍の外れた無法地帯へ」
男は離れたところで白零たちの動向を見守っている。
「それにしてもなかなか粘るな。人間にしてはよくやる」
意外にも時間をかけている白零たちに感心しつつも、いつまで続くのか楽しみに見ていた。
2
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!? 起きろ 白髪ねぎぃ!」
「ごぶっ!」
痛っ……!?
お、お腹に何か強烈なのが……!?
「う、なんだ……!」
「おお、一発で起きたぞヘルメス!」
「ヒャッハー! こいつだけ効きが浅かったみたいだな! まあとにかくなんとかなるかもしれねーぞ」
お、俺……ヘルメスに乗ってるのか……!
というか、なんか後ろから声が…………
“人間、待て……”
“からだが……からだがほしいの……”
“逃がさない、逃がさない”
“その子の髪はわたしがいただくのよ!”
“いいや、わたしよ”
そうだった! 俺達こいつらから逃げているんだ!
俺と夜がヘルメスに、千代とラネットはキノサキが抱えて、あいつらから逃げている!
「状況確認できたか! できたらはやくヘルメスから降りろ!」
「ヒャッハー! できればキノサキが抱えている子を一人分けてくれ!」
「ああ、わかった!」
俺はヘルメスから降りると、キノサキから千代を代わりにおぶさって、あの死霊族手段から逃げていく。
相変わらず足元は雪が積もって歩きにくいが、幸い吹雪の方はもうすでに止んでいて、視界がある程度晴れていった。
「キノサキ! さっき俺達は一体どうしたんだ!」
「なんか、あのゾンビたちから吸収みたいなのをされたと思ったら、白髪ねぎたちがぶっ倒れたんだよ! それで殺到するゾンビたちから逃げまくって、それで今の状況だ!」
「お前らは効かなかったのか!?」
「ヒャッハー! 本機とキノサキはなぜか倒れなかったぜ! たぶん本機たちが機械であることが関係しているかもしれないぜ!」
「そうか……キノサキ、お前には助けられたな」
「白髪ねぎ!? ここにきてお前デレ期入るんじゃないよ気持ち悪い!」
「お前が気持ち悪いこと言うな!」
“止まれと言ってるだろ”
「うわっ!」
後ろから投げ込まれたナイフをすんでのところで躱した。
危ない……ここで言い合っている暇はない。
「キノサキ、ヘルメス。なにか武器とか持ってないか」
「うーん、持ち込んだ銃火器はほとんど使い果たしちゃったし、あるとしたらこの回転式拳銃ぐらいだし……」
「ヒャッハー。そもそも死霊族なんて訳の分からないやつに、下手に攻撃は仕掛けられないからな」
「そうだな……」
それに向こうはかなりの数だ。多勢に無勢、それにどいつも一人ずつ背負っている。
戦うのは得策じゃない。となるとどうやって逃げきるか……
“邪魔。どけ”
“ぎゃ!? や、やめろ……首が千切れ…………”
“ちょっと、じゃまだからどいてよ!”
“いやぁぁぁ! 腕を引っ張るな! 取れちまったじゃないか!!”
というか、後ろのやつら同族相手にも容赦しないぞ。こいつらに捕まったら一巻の終わりだ。
「マルチセンサー、遠視モード!」
「ヒャッハー! がんばれキノサキ!」
キノサキが頭に付けたゴーグルとヘッドホンを合体したようなものを弄ると、なにやら駆動音みたいなのが聞こえる。
器用に、背中に一人背負いながら逃げつつ、周りを見渡していると、キノサキが何かに気づいたように顔を跳ねた。
「なにかあったのか!」
「白髪ねぎ! いい話と悪い話がある! どっちがいい!」
「もったいぶるな! いい話から!」
「大聖堂かどうかわからないけどそれっぽい建物を発見したぞ!」
「……悪い話は?」
「めちゃくちゃ待ち伏せされている」
「なるほど、たしかに悪い話だ!」
けどチャンスだ。逆に言えばその待ち伏せしている死霊族を何とかすれば、千代の母親に会える確率が高まるということだ。
そうなると問題はその待ち伏せしている死霊族。どうにかして切り抜けないといけないが……
「ほら、あっちだ! 白髪ねぎの目でも見えるようになっただろ!」
「ん、んん~…………」
……本当だ。たしかに、どいつも体がちぐはぐな、もはや何の生き物なのかわかりづらい者たちが、俺達が進むはるか前にたむろしている。
というか……
「キノサキ。あれ、待ち伏せというよりたまたま俺達の進路上に紛れ込んだんじゃないか?」
「そうともいうな。ありゃすごいバイオレンスなことをしているぞ」
“お前強い! 絶対にその頭もらってやる!”
“まだやるのか! 今度は右足もいただくよ”
“まだ、まだ終わっていない!”
というのも、遠目で見ると前方の死霊族たちは、お互いに殴り合ったり刃物で切り刻んだりしながら、相手の身体という身体を奪い合っている。
奪った相手の体の部位を、自分の身体の部位と取り換え、さらに奪われた者はさらに違う死霊族から体を奪おうと襲い掛かってくる。
なんというか、直視したくない、地獄絵図な光景は広がっている。
「なんかここのやつら、無法地帯というか、容赦なさすぎじゃないか?」
「そうだな! なんか昔やったアクション型VRでたくさん人型のデータ撃ちまくった頃を思い出すなあヘルメス!」
「ヒャッハー! あの頃のキノサキは容赦なかったな! あっちも自分自身の痛みが感じられない故に、遠慮がなくなっているのかな?」
なんか今不穏な言葉が聞こえたんだけど……
「この世界じゃみんな死後にここへ来るのか?」
「勘弁しろ! 死後がこんなところじゃ安心して死ねないぞ!」
「まあとにかく、どうにかしないといけないのは確かなことなんだし……白髪ねぎ! クロチーの中からなにか適当に銃を出して!」
「はぁ!?」
お前この状況でなにを言ってるんだ!
銃を出せって、それはつまり千代の和服の中から出せってことで……
「ヒャッハー! 大事なことだから急いだほうがいいぜ! それともあれに捕まってみるか?」
「それは…………!」
俺達の背後にはいまだ追ってくる死霊族。前方には死霊族同士の抗争。回り込んで避ける余裕はない!
この状況を切り抜けるには、キノサキの手を借りなくちゃならないということ。
「…………!」
ごめん、千代!
俺は背負った千代の和服の袖の中に手を入れて、背中のゴツゴツの感触を頼りに銃を引っ張り出す。
というか、なんか暴発しそうで怖い。ドキドキしている暇なんてない。もっとも状況が状況でもあるけど。
そう考えていたら指先に触れた何かを掴み、急ぎつつも慎重にそれを引っ張り出す!
「ほら、これでいいか!」
「んー、自動小銃か。文句はないが、もうちょっと欲しい! もう一声!」
「もう一回!? ええと……」
仕方がない。もう一度言う。ごめん、千代!
ええと、もう一声って言われても俺そんなに銃には詳しくない……
ん、ん? なにかさっきより大き目なものが出てき…………!?
「重たっ!? なんだこれは!」
「おお! 電動式機関銃じゃないか! クロチーったらなかなか上等なものを持ってるじゃないか!」
「なんでこんなのが和服の中に入ってるんだよ!」
銃には詳しくないが、つまり長くて重たい銃身が六つも束になっている……戦闘機にくっついているマシンガンを想像すればわかりやすいだろう……これを回転しながら弾丸を乱発するという凶悪な銃だ。
なんでこんなもんが入っているんだよ……お前は殺す殺す詐欺の異常者か。
しかもなんかベルトみたいなものがまだそれの中に続いているぞ!
「白髪ねぎ、それは弾だ! とにかくそれをこちらに巻き付けるようにしろ!
「キノサキ、お前それ扱えるのか!?」
「問題なし! さすがに任務には派手すぎて持っていけなかったが、何度かシミュレートしてきた! 何とかなるだろ!」
「何とかってお前!」
こんなものを使うことを想定するシミュレートってなんだよ! 今この瞬間だけど!
とにかく文句を言っている暇はない。銃と、それにくっついているベルトみたいに伸びた弾丸をキノサキに渡す。
「いいか白髪ねぎ! あっちで待ち伏せしているゾンビたちはこちらの援護射撃で何とかするから、とにかく突っ切ることを考えろ!」
「キノサキ、お前はどうするんだ!」
「ヘェェェルメェェェスは白髪ねぎの補助! どうせまともに走れないんだし、お昼ちゃんとラッちゃんを抱えて白髪ねぎについていけ!」
「ヒャッハー! 了解!」
「話を無視するな!」
キノサキはもうやるつもりで両腕にミニガンを、ついでに腰の後ろにカービン銃を差して準備をしている。
その動作に迷いがない。信じて疑いがない。
「なになに? いいじゃん相手は一回死んだゾンビなんでしょ? クロチーに続いてお前まで無殺主義とか言うの?」
「それもあるけどそうじゃない。お前ひとりでここに残るつもりか!」
「白髪ねぎ! こちらのことなんてどうでもいいんじゃないの? お前はクロチーを目的地に運ぶことだけ考えていればいいんだよ」
「だけどお前は……」
なんでこいつは、死霊族っつー危険な奴らに追われ、体を奪われるかもしれないって境遇なのに……
そんな風に楽しそうに笑うんだよ……
「クロチーの用心棒なんだろ? お前もクロチーのように強いところを見せてみろよ」
「……おまえはそれでいいのか。自分から危険な役目を引き受けて」
「しつこいなあ。危険な役目なんてこれまで何度もやってきたんだよ。ただ目的が違うだけで変わらないし
ー」
「お前は本当に、よくわからないやつだ」
こいつの行動の原動力が、相変わらずよくわからない。
暴走癖があって、快楽主義者で、人が困ることをわかっててやって、それで反省なんか全くしない
だけど、千代はそんなこいつを気にかけているし、俺もこいつのような人間は初めてだ。そしていま俺達はこいつに助けられているんだ。
だから……
「絶対に、死ぬなよ」
「…………はっ。最初からそれを言えよ。回りくどいツンデレだなぁ」
「誰がツンデレだ」
「問題なし! 機械にそういう心配は不要だ! というわけでヘルメス。クロチーたちを頼んだぞ」
「ヒャッハー! 任せろ!」
キノサキがミニガンを抱えたまま、俺達の前に飛び出る。
そして両腕で構えたミニガンを前方に構え、発砲音とともに真横に薙ぎ払う!
「いくぜぇぇぇぇぇぇぇぇランボぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
ドドドドドドドドドドドドッ!!
“!? なんの音だぱぁ!?”
“お、おいどうしぃ!?”
“がぽっ!!”
「一騎当千じゃあああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「うるせえよ!」
なんて奴だ……! あんな、人ひとりが扱うにはバカげているほど重い兵器を、腕二本で捌いている!
耳を破壊しかねない轟音と共に、嵐のように弾丸をまき散らしていく!
“あぶっ!?”
“がっ!?”
“げっ……!”
“ごっ!”
“…………”
まるで災害だ。さっきの吹雪が可愛いくらいに、情け容赦ない鉄の嵐が死霊族を巻き込んでいく。風穴なんて生やさしいものなんかじゃない。爆発で粉々に弾け飛ぶように、生き物としての原形が消えてなくなっていく。悲鳴を上げる暇もない。何があったのか気づく余裕もない……
“うぅ……いたい、いたいよぉ……”
“なにがおきたんだ……”
“あっちに見覚えのない奴が……人間…………人間が…………!”
って、さっき撃たれた奴ら、まだ意識がある。しかも比較的無事な死霊族が、千切れた部位を拾い、体にくっつけ始めた。
“【肉体融合】”
“はやく、はやく治さないと……!”
千切れた身体がくっついていく。
早く行った方がいいな。
「お掃除完了! 白髪ねぎ! 今のうちに建物へ急げ!」
「わかった!」
見るも無残な姿になった死霊族の姿を確認すると、俺とヘルメスはキノサキを越えて聖堂らしきところへ走る!
俺達が先に行くと、背後でキノサキが振り返ったのはなんとなくわかった。
「さて! ここから先はこちらが相手をするよ!! イ゛ェアアアアアアアアア!!」
背後に劈くような銃声とやかましい大声に、俺達は振り返るわけにはいかない。
「いくぞ、ヘルメス!」
「ヒャッハー! 当たり前だ白髪ねぎ!」
俺達は仲間を一人置いて、大聖堂へ向かっていった。




