捌壱話 理屈に合わなくても、譲れないものがある。
「んー派手だねえ。まさか人間界にもこんなゲテモノが存在するなんてねえ」
キノサキが電動式機関銃を振り回して暴れているのを遠回りで見ている者がいる。そいつは人間に似た姿をしており、黒い髪と青い瞳が特徴的な青年は、どこか陰鬱さを秘めた視線をキノサキに向ける。
てっきり死霊族に搾取されておしまいかと思ったが、なるほど。領内に無理やり介入してきただけのことはあるし、現にもう半分以上の死霊族は搾取をあきらめ、逃げるようにキノサキから離れていく。
いや、それだけじゃない。
「しかもこっちに気づいているね。こっちを見ないようにしたつもりだけど……」
時々キノサキの目線が、牽制するように青年と交差する。無視をして先に行った人間を追えば撃つ。暗にそういわれているようだ。
しかし、自分に気が付いた人間に、それほど悪い感情は抱かない。
「本命は先に行っちゃったけど、先につまみ食いでもしようかな」
青年の口元が、獰猛に、攻撃的に歪んでいった。
2
キノサキに助けられた俺達はすぐ、大聖堂らしきところの中に入った。
扉は厳重に占められていたわけじゃないが、俺とヘルメスで半ばぶち破るようにして開けた後、すぐに千代たちの無事を確認しないとならない!
「起きろ、千代! 起きろって!」
とにかく俺は、目の前で横になっている相棒の名を呼び続ける!
心臓は動いているし、外傷はない。けど、全く目を覚まさない様子がどうしても不安になる。
早く、早く起きてくれ!
「千代!」
「ん……ぅ…………?」
「千代!?」
よかった、返事をした!
「千代、大丈夫か! 意識はしっかりしてるか!」
「零、ちゃん…………?」
「千代、よかった……目を覚ましたな」
千代が目を覚ましてくれた……!
千代は体を起こすと、状況が分からないのか周りを見渡す。
「零、ちゃん……ええと、私なにかあったの? それにここって、どこ……」
「千代、お前はあの死霊族に体力みたいなものを吸われて気を失っていたみたいだ。俺は早く起きれたけど、お前が無事でよかった。それとここは大聖堂ってところだ。たぶん」
「ええ、と私が気を失って……それにここが……?」
千代はだんだんと意識がはっきりしてきたのかあたりを見渡していく。
俺たちが今ここにいるこの聖堂は、想像通りというか、とにかく静かで寂しいところだ。
電灯や蝋燭といった明かりはなく、薄暗い上に廊下の向こうがほぼ見えないほどに長い。
所々壁や天井が破砕されているのか、薄く光が差し込んでいる。
あたりを少し探してみたが、死霊族の気配はない。今のところ安全だ。
「ヒャッハー! 白髪ねぎ、ラッちゃんとお昼ちゃんも目を覚ましたぜ!」
「ああ、ありがとう。ヘルメス」
向こうでヘルメスがラネットや昼江を起こしてくれたようだ。
その後に続くように、ラネットと昼江がおぼつかない足取りで歩いてくる。
とくにラネットはふらつく頭を手で押さえている。離すとすぐに倒れてしまいそうだ。
「ハクレイ、私はいったい……」
まだ意識がおぼろげなのか、目線を俺に合わせずあたりを見渡している。
「無理をするな。お前らは死霊族の精霊術にかかって体力を奪われたんだ」
「やっぱり……まいったわね、こういうのはあたしが対処しなきゃならないのに」
「ふふ、ラネットちゃんったらここで一番頼りになるところなににね~」
「返す言葉もないけど、あなたも効いてたでしょうに」
「そうね。あたしも、少し鈍ったわね……また白零君に助けられちゃったし」
「いや……」
今回俺は、なにも大したことはやってない。
「俺も、効きは浅かったが効いたことに変わりはない。俺達は、キノサキに助けられた」
「え、キノサキさん? でも、どこにも見えないけど…………」
千代が心配そうにあたりを見回しているけど、あいつの姿はどこにもない。
「キノサキは、俺達をこの建物に入れるため、外にいる死霊族の足止めに入っている。ここにはいない」
「キノサキさんが……!」
耳をすませば、まだ外で派手な発砲音が聞こえる。
なんかこれを聞いてると不安なんか吹き飛んでいく気がするのは気のせいだろうか。
「大丈夫よ。あいつがあんな簡単にくたばらないのは、あんたがよく知ってることでしょ」
「それは、そうですけど……」
「ヒャッハー! そうそう、あいつは変な奴でも強いってことは確かなんだし、生きているって信じようぜ!」
「……ヘルメスさん。わかりました」
千代はまだ心配そうにしていたが、気持ちを切り替える。
俺達も、改めてこの聖堂の中を見回る。
「さて、ここに千代の母親がいるのかわからないけど、まあいると仮定して、探してみるか」
「そうね。ちなみにハクレイ。クロチヨのお母さん、って言われてもどういう特徴かまだ聞いていないけど……」
「千代と同じ格好をしている」
「なるほど。わかりやすいわね」
「そうでしょうか?」
まあ確かにこの世界で和服なんてまあ見かけないな。
千代の母親がたくさん和服を作って広めているとかしない限り。
「ヒャッハー。それで、ばらばらに探すか?」
「いや、ここに何がいるのかわからないしはずは固まって動いた方がいいだろ」
俺達は千代たちの安全を確認した後、千代の母親を探しにこの聖堂内を回ってみた。
どこもかしこも薄暗くとても静かなところで、どこにも生き物の気配はしない。
そして、しばらく何の言葉も発さないまま進んでいた俺達に……
「ねえ、黒千代ちゃん」
「なんでしょうか? 昼江さん」
「黒千代ちゃんの母親ってどんな人なの?」
「お母様のことですか?」
夜? いきなりなんでその話を?
「ヒャッハー。お昼ちゃん、チーママのことは白髪ねぎから聞いたんじゃないの?」
「いや、白零君から大体の話は聞いているけど、そういえば黒千代ちゃんからそういう話は聞いてないからね。黒千代ちゃんから見てどういうお母さんなのかなって」
「そうねすね……」
珍しいな。夜が誰かの母親に興味を持つなんて。
千代も特に迷うこともなく答えてくれるようだ。
「お母様は、優しい人でした」
昔のことを懐かしむように、千代は母親のことを思い出していく。
「私のことをとても大切にしてくれました。私に料理とか家事とか教えて、知識とかもいっぱい教えて、華道や書道も教えて、護身術を教えて、人の付き合い方を教えて、言葉遣いを教えて……」
「へぇ……いいお母さんじゃない」
「何気にたくさんのことを教えられているのね」
誤解されそうだけど、千代はなんだかんだで母親に大切に育てられている。
物腰が楚々としているのも、何事も器量よくできるのも、そういった背景があるからなんだろうな
「男の人を教えて、男の人が起こした犯罪について教えて、男の人の恐さを教えて、男の人に会ったらどうしたらいいか教えて……」
「ハクレイ。途中からおかしくなってない」
「黒千代ちゃんったら、バイオレンスなことまで教えられてるのね」
ここから千代の母親がよくわからなくなる。
あることないこと変なこと教えてばっかで、とんでもない勘違いばかり起こしている。
もし俺が会わなかったら、無自覚に犯罪を起こしていたかもしれないと思うと……
「そして、私を男の人から守るために、銃器を教えてくれました」
「…………」
「でも、それが普通じゃないことだって、零ちゃんから教えられるまで、知りませんでした」
普通に考えれば、どう考えても普通じゃないだろと思う。
けど、千代にとってはそれが当たり前のことなんだと、家では当たり前のように教えられて信じていたことが、外では全く異なっている。
それだけで千代の中にある考えと、千代の外にある考えに大きな齟齬がある。
彼女がどれだけ閉鎖的で、なおかつ過保護ともいえるような世界で育ったのか。それにはあまり考えられない話だ。
「クロチヨの母親って、いったい何なの?」
「わかりません。どうして銃を持っているのか、今でもわからないままです」
「ハクレイもわからないの?」
「千代にわからないことを俺が知ってるわけないだろ」
「…………そうね」
違う、本当はそうじゃない。
所長は千代の母親について知っている。そして、俺もほんの少しだが所長から……
「ヒャッハー?」
「どうした、ヘルメス」
「ヒャッハー。あの扉の奥、熱源反応あり。なにかいるぞ」
「!」
ヘルメスが何かを見つけたようだ!
ヘルメスがさしている方向へ目を向けると、そこには明かりが隙間から漏れている扉が……
「もしかして……」
「いや、待て。千代の母親とは限らない。俺が行く」
「大丈夫?」
「問題ない。向こうがまた容赦なく襲ってこないならな……」
こんな聖堂内でも外のような人たちがいたら大変だ。
静かに木製の扉に寄ると、扉の取っ手に触れる。
キィィ…………
「…………」
ここは……書庫か?
規則的に並べられた本棚と、ほんのわずかな明かりの蝋燭。
いや、明かりがついているってことはここに誰かが住んでいるってことになる。
……ん? 向こうに何か影が、
「んんん、なんだ。なんか知らない顔がいるけど……」
「!?」
誰かが椅子に座っている。けど、千代の母親じゃない。
「いつ以来だろうか。生きたものがここにやってくるなんてよ」
部屋の中にいたのは、中年と言っても差し支えないおっさんだった。
ぼさぼさの髪や無精ひげがとてもだらしのない印象を与えるけど、不思議なことにさっきまで見た死霊族に比べると、理知的で落ち着いた雰囲気が感じられる。
それに、このおっさん背中に風精族の羽が生えている。しかし、ラネットのような透明できれいに整えられた羽とは違う。左側にしか生えていないし、かなり傷んでいる。
これは……
「お前は……死霊族か?」
「んん……そうだなぁ………まぁ、そういうことだなぁ……」
おっさんはこっちを見ないで適当に答える。
なんか気の抜ける返事だ。
「ハクレイ、何? 誰かいるの?」
「待て。まだ来るな。もう少しそこにいろ」
もう少しだけ、俺はこのおっさんの様子を見る。
読んでいる本は……だめだ。この世界の言語はよくわからない。
「……あぁ、そんなに怖い顔をするな。むしろ読書の邪魔になるから。それに、後ろの人たちも入ってきたらどうだ。別に何もしないから……あぁぁ~っ」
本当に俺達に興味がないのか、あくびまでしているよ。
そこまでされても気を張っていちゃ逆に疲れそうだな。
「みんな入ってきていいぞ。けど、念のため気を付けろ」
「……用心深いんだね、きみ」
俺の後に続いて千代やラネットたちが部屋の中に入っていく。
みんな部屋に入ってから真っ先におっさんの方に目が入った。
とくにラネットは、おっさんの特徴的な羽にふと疑問を抱く。
「あなた、元々風精族よね。失礼だけどあなたのこと、見覚えがないというか……」
「お前も風精族か。そりゃあ俺が死んでからもう……何年たったか……いや十年は越えていたような……もう思い出せねえな…………」
「そう……」
「それで、大勢で押しかけてきて何の用だ。できれば、簡単な用件で済ませてほしいな……」
向こうはそういいつつ何か仕掛けてくる気配はしない。
何を切り出せばいいか、無駄にこちらが緊張感を高める中……
「あの……」
先に口を開いたのは千代だ。俺達の前に出て、おっさんに尋ねる。
「突然お邪魔してすみません。あの、あなたのお名前は何でしょうか?」
「……………」
するとおっさんの方も、なにも驚いた様子はなく普通に答え始める。
「俺か? 別に俺の名前なんかどうでもいいんじゃないかな……俺もお前たちには興味がないし……」
このおっさん、仮にも見ず知らずの人間が勝手に建物に入ってきたってのに、能天気というか無関心すぎるだろ。
「何の用か知らないけど、出来ればここで大暴れしないでほしい。建物壊してしまったらアナスにもナナハにも怒られるからな……」
「!?」
いま、ナナハって……
「あ、あの!」
「ん、どうした?」
千代が珍しく興奮した様子で問いかける。
「もしかしてお母様はこの建物のどこかにいるのですか!」
「お母様……? ええと、お前そういえばだれかに………あっ」
おっさんが初めて視線をまともに千代に向けて気が付いた。
「お前まさか……ナナハの娘か?」
「はい。三咲漆葉は、私のお母様の名前です」
「そうか。まいったな……どうりで昨日はあんなに荒れていたんだな……」
このおっさん、千代の母親のことを知っている。
しかも口ぶりからして昨日今日の間柄じゃない。それなりに付き合いのある知り合いみたいだ。
「ナナハに会いに来たのか?」
「はい。お母様に会いたいです。どちらにいらっしゃるのかご存知ですか?」
「……知りたいなら、教えてもいいかな」
「本当ですか!」
「でも、気を付けた方がいいと思うぞ」
おっさんは、なにか恐ろしいものを思い出したように、わずかに方が震えている。
このおっさんが震えるほどなのか……
「ナナハはこの世界に流れてからずっと苦しい顔をしている。俺もアナスも、他人のことを一切信用していない。そんな女が唯一娘のお前を求めていた。それがどれほどのものか考えているか?」
「はい。迷いはありません」
「……そうか、わかった。いいか、この部屋を出たら右側に真っすぐ進め。突き当りを右に向けば扉がたくさん並んでいる。右から三番目を選べ。あとは一本道だから迷うことはない」
「ちょ、ちょっと……急にに早口言葉みたいに言われても……」
「ヒャッハー! 覚えたぜ! 記録バッチリ!」
「覚えたの!?」
右、右、右の三か……案外覚えやすいヒントだな。
「ありがとうございました! これでお母様に会いに行けます!」
「待て待て待て千代!」
珍しく千代が逸っているけどその前にもう一つ確認したことがある。
「教えてくれたついでに。もう一つ聞きたいことがある」
「……面倒くさいから一つにしてくれ」
本当に面倒くさいのかとてもいやそうな顔をしているけど、どうしても教えてほしいことがあるんだ。
「そもそも、千代の母親は元の世界じゃ死んだと思われていたんだ。それがどうしてこの世界の、それも死霊族にいるんだ」
「……別に、死んだって認識は間違っていない。彼女は“迷い魂”だからだ」
「迷い魂?」
それって外の死霊族も言ってたよな。どういう意味だ?
「そうだな……この死霊族という種族は、幻界で死んだ命のなかでも強い執念や未練をもった魂が、聖者様に導かれて転生した種族なんだが……」
「聖者様?」
「あ、しまった。話してはいけないことだから聞かなかったことにしてくれ」
適当すぎるだろこのおっさん。
危機管理能力ゼロか。
「ヒャッハー……」
しかも余計な奴に興味を持たれたんじゃないか?
「幻界のどこかにある“月の口”が開いた時、たまに人間界から強い執念を持つ魂を呼び寄せてしまうことがあるんだ。そしてそのまま死霊族に転生することもある」
「まさかそれが……」
「ナナハのことだ」
強い執念……
昨日見せていたあの激しい執念。あれが、この世界に引き寄せられたのか。
千代も話が話なだけに相当動揺していることが分かる。
千代にはつらい話だが、もう少しだけ続けたい。
「死霊族ってのは結局のところ生きているのか? 死んでいるのか?」
「どうかな……まあ一応喋ることも動くこともできるし、体が傷ついても死にはしないが……」
すると、このおっさんが特になんの躊躇もなく淡々と告げる。
「たぶんもう人間界には戻れないと思うぞ」
「えっ!?」
「ヒャッハー、そいつはまあ……」
人間界に、戻れない……?
千代の母親が?
「聖者様の力は幻界の……少なくとも死霊族の全域に及んでいるし、いつも土精族に出ているナナハも無事だから多分ほかの領域でも大丈夫だとは思うが……」
「そんな……」
……そうか。
そういえば千代の母親も、千代がらみがなければ外にいる死霊族よりもいくらか理知的なところがある。なにか違いがあるかもしれない。だけど死霊族が死霊族足りえる力。それが人間界まで及ばないんじゃ千代の母親はまともにこの領域からは出られない。
いや、そもそも聖者様の力ってのは何だ?
「前に聖者様の機嫌を損ねて除霊させられた死霊族がいたし、あまり聖者様……あ、しまった。聞かなかったことにしてくれ」
「二度も言うんじゃないよ」
……本当に大丈夫か?
とはいえ、あまり突っ込んでいい話題じゃないんだろう。これ以上は訊かない方がいいかもしれない。
……しかし、そもそも俺達の世界だって、生き物がみんな死なないわけはないし、もしも千代の母親が死霊族のままでしかいられないなら、普通に生きていくことはもうできない。
千代の母親が死霊族として生きているのは喜ばしいことは疑問だが、それでももう以前のようにはいかないのか……
「ヒャッハー、聖者様ってなんだ?」
「知らないな。そっちが勝手に言ったことだろ……」
シラを切るの下手すぎるだろ。
「こら、余計なことを言って話をこじらせないの」
「ま、今はそんなことよりも黒千代ちゃんのお母さんの方ね」
「そういうことだろ。話が終わったらさっさと出ていけ。読書の邪魔になる」
「……すいません。私も最後に、よろしいでしょうか」
千代?
さっきより少しだけ落ち着いた千代が、おっさんにまだ何か尋ねる。
「あの、最後にお名前、教えてもらえないでしょうか」
「名前?」
おっさんは不思議そうに、しかしこっちに顔を向けず嫌そうに眉をひそめている。
「だから、そんなこと別にどうでも……」
「お願いします。またいつかお礼もしたいから……」
「…………」
あ、たぶん断っても無駄だと思ったんだな。
すぐに教えた方が早く終わるとさしたおっさんは淡々と名前を告げる。
「フラッツだ」
「ありがとうございます。フラッツさん!」
「わかったからさっさと出ていけ」
千代はお礼を言うと、深々と頭を下げた。
そしてこれ以上ここにいたら迷惑になるし、俺達は静かにこの部屋を出て、フラッツのおっさんに教えてもらった通りの道を……
「あ、お礼ならこいつら番人になってくれないかな……」
「?」
さっきフラッツのおっさんがなにか言って……
「ハクレイ、どうしたの。早く行くよ」
「あ、ああ……」
いまはそれを気にしている場合じゃない。
千代の母親を見つけないとな。
3
それから俺たちは、フラッツさんの言うとおりに聖堂内を進む。
そして右から三番目の扉の前に、俺たちは集まる。
フラッツさんの言う通りならここから先へ進めば、千代の母親に会える。
「皆さん。ここまで一緒に来てありがとう。でも、私から皆さんにお願いがあるの」
「お願い?」
千代、ここにきていきなり何を……
「あのね、ここから先は私だけでお母様のところにいかせてくれないかな?」
「え?」
「クロチヨ?」
お前ひとりって!
「千代、それは……!」
「うん、わかっているよ。確かにお母様は、皆さんの仰るようにもうあのお母様とは違います。それは、私でもわかっているの……」
「クロチヨ……」
千代は沈痛な面持ちで、母親のことを思い浮かべているようだ。
けど、その直後になにかを決めるような表情に変わる。
「でもね、やっぱりそうではないとも、思っているの」
「そうではない? それって変わっていないってこと?」
……そうか。
千代はまだ信じているんた。それでも母親が母親であるって。
どれだけ変わっても、変わらないって、変わってほしくないものがあるって……
「白零君、なにか思い出に浸っているの?」
「……いや、なにもない」
っと、今はそっちを考えているんじゃない。
「ヒャッハー! でもクロチー、白髪ねぎをいきなり撃つような人を、それでも信じられるのか?」
「それでも、お母様はお母様です。すこしでも、私の話を聞いてくれるって信じたいです」
「ヒャッハー! やっぱり甘いよクロチー!」
「そうね、同感よ」
あ、夜。
意地悪なコンボだ。
「黒千代ちゃん。第一、あなたのお母様は思い出の中よりも今の姿に変わってしまったことを、どんなことになっても…………ね」
「それを知るためにも、まず私がお母様に会いに行きたいのです。会わないともう分からないと思います」
「そう、でも怖くないの? 知らないものに……ううん、かつての思い出にもう一度足を突っ込むのは」
「それは……」
千代は困惑して、言葉を詰まらせている。
いくら千代でも、否定しきれないってことなのかもしれない。
「……わかりません。でもあの頃のお母様が、今まで何をしていたのか、お母様のこと全部知りたいです。わからなくても、それでもお母様に会わなければわかりません。だからお母様とは一人でお話がしたいの」
「千代……」
一対一で、話し合いたいか……
ま、母親が嫌っている俺を抜きにしても、やっぱり千代を一人で行かせたくない。
そもそもこの死霊族という正体不明の領内のどこかしこに、安全なところなんてわからないんだ。
この先に千代の母親がいるとは限らない。せめて母親の姿を確認してからでも遅くないし、
と、いろいろと分断するにはいかない言い訳を考えるけど……
「お願い、零ちゃん」
「…………」
千代だって、それをわかっているんだ。
それでも無理を通さなきゃいけないって、それだけの理由がこいつにあるんだ。
だから……
「待って、クロチヨ」
「ラネットさん?」
すると、ラネットがいったん俺達を制止して、千代の目の前に出る。
「クロチヨ。あんたの言いたいことはよくわかったし、正直その気持ちを尊重したいってこともわかる。だったら……」
そう言って、ラネットがいったん言葉を中断して息を吸うと、告げる。
「……私も行かせて。私も、クロチヨのお母さんと話がしたいの」
「え、どうしてですか?」
ラネット?
お前も千代の母親と話したいことがあるのか?
「あんたがその…………友達で…………だから…………」
「え?」
「っ! 友達だから! その、あんたのことで、クロチヨのお母さんとお話がしたいの! それだけよ。それだけが理由よ!」
……たぶん、それは全部じゃない。
ラネットだって、千代の願いを聞きたいと思っているんだ。でも、こいつはこいつでなにか深いことを考えているんだ。
千代はラネットの顔を見つめ、それでも懸念材料を並べる。
「でも、お母様がラネットさんのことを、売ったりはしないのかな?」
「そのお母様は、男……つまりハクレイのことを嫌ってはいるけど私には当てはまらないんでしょ? それに、私は絶対に撃たれない。私のことは私が護るわ!」
「ラネットさん……」
一人で会いに行きたい。そう言っていた千代だけど、悩んだのは一瞬ですぐにラネットに向き直ると、
「先に、私がお母様とお話がしたいです」
「わかってるわ。そこは必ず守るわ。クロチヨのお母さんが落ち着いたら私が行ってみるわ」
「……わかった。一緒にいこう、ラネットさん」
千代は快く、ラネットと一緒に行ってくれるようになった。
ラネットも受け入れたのがうれしいようだが、少しだけ申し訳ないようで
「ありがとう、クロチヨ。それと、無理なことを言ってごめん」
「ううん。私が無理なことを言ったの。だから、一緒にお母様に会いに行こう」
千代……今更だけど、俺が知らない間に結構打ち解けているな……
それとラネットは若干うつむいて、小さく口を動かしてなにか小言を……
「……(クロチヨ。あんたがあたしにしてくれたこと、こんどは私が返すから)」
「ラネットさん? なんて言ったの?」
「なんでもない。それでいいよね、ハクレイ」
「……わかった」
ラネットが一緒なら心強い。
それに、こうして千代を思ってくれることがなにより嬉しい
「けど、無理はするなよ。ここから出ても、この先もお前らと一緒にいたいんだから」
「っ! え、縁起でもないこと言わないでよ、バカッ!」
「零ちゃん……ありがとう……」
「ヒャッハー! 白髪ねぎったら大胆!」
「ふふふ、白零君ったらどの口が言うのよ」
そこ、余計なこと言わない!
けど事実だから言い返せないのが悔しい……
とはいえ、ここから先のことは決まったようだ。
話し合いが終わり、千代は俺達に向けて深々と頭を下げる。
「皆さん、行ってくるね」
「私も、行ってくるわ」
「ああ、大事なことたくさん話してこい」
俺達は千代とラネットを、扉の先へ送り、そしてその先は進まずに待つことになった。




