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漆玖話 信じられるために、信じるために

「二人きりで、話したいことでもあるのかね」

「二人きりじゃない。ヘルメスを忘れるんじゃない」

「ヒャッハー! 本機も立派な一つの“個”なんだから!」

「そうか、それは失礼したな」


 あくまでも、乗り物を一つの個体として認めているキノサキに、少し不思議と思えてしまう。

 だが、キノサキはあまり長話をするつもりはない。外に千代たちを待たせていることを意識しているのか、すぐに話の本題に取り掛かる。


「で、だ。こちらが思うにお前、まだチーママについて話していないことがあるだろ」

「なぜそう思うかね?」

「ヒャッハー、ただの勘だよ」


 はぐらかすようにヘルメスは言うが、こいつらは厄介で何を考えているかわからないところがある。

 しかし、けっして愚者とも思えない。確固たる理由でそう言っているのだろう。


「勘、か。確かに否定はしない。長らくわしらを苦しめてきた死霊族アンデッドだが謎はまだ多い。その上、指定危険種はいくら殺しても(、、、、、、、)殺しきれない(、、、、、、)ようになっている」

「……チーママ、殺しちゃったことあるの?」

「当たり前だ。街に被害を広げる以上、やむを得ずに、な。しかし……」


 思い出すだけでも恐ろしい光景を、ジークムーンは思い返す。


「傷口はすぐに塞がり、何事もなかったかのように……いや、外傷のショックでより狂暴になる。指定……いや、あの迷い子は死霊族アンデッドで何かしらの改造を受けているとしか、考えられない」

「確かに、クロチーには聞かせられない話だね」

「ヒャッハー。それに、お昼ちゃんの言う通り、チーママは何かしらの変貌を遂げている」


 それはキノサキたちにとっては大変興味深い話だ。

 いや、大変興味深い話になるんじゃないかと、興味を求めている。


『ヘルメス。これってつまり人類の求める究極の、ってな感じでよくある不老不死とかなんとかじゃない?』

『ヒャッハー、どうだろうか。話に聞く限り、チーママはなんか危ない感じそうだし、そううまい話はないんじゃないか?』

『そうだなぁ……博士にとっては興味を引くのか微妙な感じだよなあ』


 体内の通信で内緒話を交えつつ、キノサキはジークムーンに話を続ける。


「そもそも死霊族アンデッドってなんなの? “死霊”ってことは、普通に生まれてくるんじゃないの?」

「わしも詳しいことは知らない。しかし、指定危険種を止めようとして出てくるのは、水妖族オンディーヌ風精族シルフィと同じ姿をしていた。姿だけで、精霊術は使ってこなかったが……」

「ふむ……」

『ヒャッハー。ますます気になるね』

『チーママ云々のことは抜きにしても、興味深い話だよ』

「聞きたいことは、それだけか?」

「うん、そうだね。結構参考になったよ」

「そうか……」


 もう話はないように、ジークムーンはそろそろ話を切り上げる準備をする。


「しかし……実に不思議な組み合わせだな。君は、いったい何のためにあの者たちと……いや、この世界で何を企んでいるのかね?」

「深い意味はないよ。この世界の秘密とか気になることとか、知りたいだけだって」

「ヒャッハー! 冒険好きなコメントだね!」

「本当に、そう思うか?」

「ん?」

「ヒャッハー?」


 ジークムーンは真っすぐにキノサキの顔を見る。

 よくわからないゴーグルみたいなもので隠された顔の奥に、何が映されているのかわからない。

 しかしそれでも隠し切れない“何か”を抱えていることがうかがえる。


「お前は気分屋で気ままなふりをしているが、その根底に違う何かを抱えていないか? それこそ、助け合

いとは違う……いや、献身と言ってもいいなにかが…………」

「余計な詮索はなしだよ。土精族ノームのお偉いさん」


 話を遮るように、キノサキはただ結論を述べる。

 それが正解であり、それ以外にないというように。


「こちらはただ自由に、思うままに、いろんなことを見て、聞いて、それを伝えていくだけだよ」

「ヒャッハー。こちらは白髪ねぎたちのことを大して知らない。そして白髪ねぎたちもこちらをしらない」

「ただ利害の一致のために動く。それだけでも一緒にいる動機には十分なんだよ」

「…………そうか」


 釈然しない気もするが、これ以上問答を続けたところで同じ答えしか返らないだろう。

 少々不安を覚えることもあることもあるが、知ったことではないようにキノサキは本題に入りかける。


「それじゃあ、長話も済んだし、ヘェェェルメェェェスッッ! あれを出して!」

「ヒャッハー! あれってなんだ!」

「あれだよアレ! 燃えるヤモリたちの町でお前が回収したあれだよ!」

「ヒャッハー! あれか!」

「あれ?」


 不思議に思うジークムーンを前に、ヘルメスはあるものを取り出していった。

 それは、ところどころ傷だらけで、焼失しかけた部分もある……


土精族ノームがどういう理想を掲げているか知らないけど、こちらに助け合いも支え合いも、別にどうでもいいんだよ」

「ヒャッハー! ただ一緒にいるほうがいいから、一緒に居続けたいから、そのためにできることをやるだけさ」

「だからここで、クロチーたちが困って、立ち止まるわけにはいかないんだよ」

「ヒャッハー! だからさ、頼むよ」


 人間の胴体ほどある長方形の箱のようなものと、肩から指先まである生々しくも無機質腕のようなものだ。

 それはキノサキたちが、副胴と副腕と呼ばれるものだった。

 かつてキノサキとヘルメスを怪物とされることとなった異形の物。

 当然、それを初めてみる彼にとって、これ以上なく好奇心を刺激させられるものだ。


「…………!」


 ジークムーンがキノサキたちに出した条件は、その内容よりもキノサキたちが仲間のために動くかを知るためにあった。確かにキノサキ達の機械の身体に興味がないわけではない。しかし、思った以上のものが彼の目の前に現れた。スペアとはいえ実物を前にすると、興味を引き付けられる。


「これは……君の身体と同じものでできているのか?」

「うーん……まあ、そうだな。本来の腕が使えないときのスペアにもなるし、研究するには十分に値するよ」

「ヒャッハー! 逆にこれで許してもらえないかね?」


 土精族ノームが知りたいのは、あくまでもキノサキを動かしてる義体の秘密。一部分だけとはいえ、それが手に入るのはかなり大きい。

 これがキノサキたちなりの譲歩だろう。

 体は見せたくない。しかし仲間の助けにもなりたい。そう考えた末の、これだ。

 だったら最後にひと押し、どうしても知りたいことがある。


「最後に訊きたいが、君たちにとって、あの者たちはなんなのかね」


 最後の最後、土精族ノームの族長からの問いかけ。

 それ自体に深い意味はない。ただ、キノサキたちの正体を、もう少しだけ知りたいという、彼個人の興味に基づくものだ。

 それもまた重要なことだと思ったのか、キノサキは言葉を選ぶ思考もなく、思うまま静かに口を開く。


「そんなの……」


          2


「キノサキさん、大丈夫でしょうか……」

「……そうだな」


 心配するな、と言いたいところだけど、安易にそう言えないのがあいつだからな……


 ギィィィィ…………!


「!」

「来た……」


 そうして話をしていると、ジークムーンさんの部屋の扉が開いた。


「白髪ねぎ~! クロチー! その他ー! ちゃんと条件は満たしてきたぜ!」

「ヒャッハー! 感謝しろよってね!」

「キノサキさん! ヘルメスさん!」

「その他って何よ」


 キノサキが、帰ってきた。

 見たところ特に目立った変化はない。ジークムーンさんにも特に異常はない。

 キノサキが何したわけじゃないようだが……


「話し合いは終わった。わしは君たちに協力しようではないか」

「ジークムーンさん……」


 本当に、キノサキがジークムーンさんに体を出したのか?


「キノサキ……ヘルメス…………」

「なんだよー白髪ねぎ。こっちを心配するような顔を見るんじゃないよ。別になんにもなくしていないんだから」

「いや、違う。その……」


 こいつ……いったい何をしたかは知らないけど、本当にジークムーンさんが協力してくれるようにしたんだ。

 千代のために思ったのか、自分のためなのか、それはしらない。

 けど、そのためにこいつは何かをやってくれたんだ。だから……


「ありがとう。千代のために力を貸してくれて」

「え?」

「ヒャッハー?」


 俺は少し、こいつを信用しなさ過ぎたかもしれない。

 殺し屋だの、危険人物だの、そういうことばかり頭の中をよぎって、こいつのことをよくわかろうとしなかった。

 少し……見直す必要があるな。


「な、なんだよ白髪ねぎ。珍しく殊勝な態度じゃないか」

「ヒャッハー……ちょっとリアクションに困るじゃないか」

「いや、千代のことを信じてお前と一緒にいたけど、お前自体を信じてはいなかったんだ。だから、千代も俺もいない中、お前はジークムーンさんが協力してくれるようにしたんだ」


 感謝せずにはいられない。いや、むしろ俺は自分が少し恥ずかしい。


「すまなかった。お前も、大事なことのために行動できるってわかった」

「……よせよ白髪ねぎ、深い意味はないんだ。こちらはただ、こちらが興味を持ったことに動いただけだよ」

「ヒャッハー、珍しく照れてないか?」

「…………」


 キノサキはもう話ことがないように俺から離れていった。

 ヘルメスもキノサキの後をついていく。


「キノサキさん、大丈夫ですか? ヘルメスさんもどこかなくしていませんか?」

「心配するなよクロチー! こちらはただいいお土産を出しただけなんだから!」

「お土産、ですか?」

「大丈夫でしょうね、あんたは……」

「ヒャッハー! 大丈夫だって。こちらやる時はやる機械たちなんだから!」

「ふふ、変な根拠ね」

「…………」


 千代たちと、和気藹々と話している様子に警戒心を抱くような邪気は感じられない。

 そうだ。確かにこいつにはあからさまな闘気や好戦的なところはあっても、邪気を感じるようなことはない。

 底は見えないから不気味で、でも完全な敵とは断定しづらいから不思議で……

 こいつらは俺達を何だと思っているんだろうか……


「彼らを仲間と思えるかどうかはわからないが……」


 ジークムーンさん……


「大事にしなさい。君が思ったほど、悪党ではないかもしれん」

「…………」


 キノサキたちはジークムーンさんと何を話したのだろうか……

 正直気になるところだったけど、ジークムーンさんとキノサキとヘルメスに感謝しよう。


          3


 ジークムーンさんが案内したのは、人一人分しか通れないほどの狭くて小さな洞窟だった。

 そこをしばらく進んでいると見えない壁のようなものにぶつかり、足を止めた。どうやらそれが結界のようだ。


「わしはその結界をほんの数秒ほど開ける。しかし、一度開けば、再度開くのに時間がかかる。つまり、戻っては来られない。それでもかまわないか?」


 ジークムーンさんからの……おそらく、最後の警告だ。

 けど、俺達もここで止まれはしない。

 いや、なによりもこれでこいつは止まらない。


「ジークムーンさん。本当に今までありがとうございました。それと、大変申し訳ありませんでした」

「ん?」

「クロチヨ!?」

「クロチー?」


 千代が、ジークムーンさんに頭を下げている。

 母親のこと、だよな……


「指定危険種という危険な人が私のお母様で、そのお母様が土精族のーむさんをたくさん傷つけて……身内が大変なご迷惑をおかけしました」


 あげた頭を、もう一度下げる。

 これは千代には関係のないことだ。引き起こしたのは母親であり、母親の存在も何も知らなかった千代が謝らなければならない道理はない。

 それでも、言わなくちゃならないことが、千代の中であるんだ。


「君は、土精族わしらへの罪悪感で、死霊族アンデッドの領地へ行くのかい?」

「違います」


 けど、千代ははっきりとした意志を持って言う。

 俺も、ラネットも、夜も、さらにはキノサキも千代の話を静かに聞いている。


「大事なことは、お母様が言わなければ意味がありません。私は、零ちゃんを、それにたくさんの人を傷つけたお母様を許せません。でも、それ以上に……もう、お母様を一人にしたくはありません。だから必ず会いに行きます。そして、土精族のーむさんのところへ一緒に連れていきます」


 母親が引き起こしたことに感じる負い目。

 けど、それはそれとして、確固たる意志が彼女の中にある。


「また、改めて皆さんに謝ります。だからジークムーンさん。お願いします」

「……わかった。そこまで言った以上、必ず連れてこい」

「はい!」


 さて、行くか。


 そうして俺達は、人間どころか幻界の住人さえもまともに足を踏み入れたことのない地、死霊族アンデッドの領地へと入っていった。

 俺達はそこに、警戒心を持ち、足を踏み入れた結果……


          4


「さ、寒いッ!」


 と、唐突な雪国の世界に、足を踏み入れることになった……!


「ら、ラネット……これが、死霊族のもう一つの結界って、やつなのか……?」

「そ、そうかもしれない……火を主体とする火蛇族(サラマンドラにとって、寒いところは、耐えきれなかったかもしれない……」


 くそっ……ラネットから話を聞いた時はもしかしたらと思ったけど、そんなことはないかと思ったらその通りだった……!

 雪が膝まで埋まって歩きにくい……! おまけに結構激しい吹雪が出てるからまともに前を見られない! しかも数メートル先が真っ白で何も見えない!

 本当にここが死霊族アンデッドの領地なのか! ただの寒いところじゃないか!

 しかも……


「れ、零ちゃん……大丈夫?」

「歩けないほどじゃないが……前に任務で行った雪国と同じ……いや、それ以上かもしれない。と、と、とにかく、早くなにか見つかるといいんだが……」

「ごめんね、零ちゃん……」

「別にいい。まったく、もっと服装についても準備しとくべきだった……」


 今、千代は俺の背中におぶさっている! 和服に雪駄なんて、こんな降り積もった雪じゃ歩きにくすぎる!

 しかも相変わらず重い! 千代自体じゃなく、千代が仕込んだ数々の銃火器が! 追加で着込んだコートも地味に!


「白零君、大丈夫? なんならあたしがおぶってあげようかな?」

「馬鹿言うな昼江。お前はそのままでいいんだよ」


 で、夜はスカートに足がそのまま出ているから、土精族ノームで用意したコートとズボンをはいている。ラネットも大体同じだ。

 千代は、仕込んだ銃器の都合上、どうしても和服は脱げないし、脱いだとしても持っていくのにはかさばる。置いていくにしても、取られたりしないか心配だ。だから千代は仕方がなくこのままでいくしかないんだ!


「それにしてもあんた、こんなところでも相変わらずジャージなんだね……」

「それがどうした。ジャージはあらゆる状況に優れた万能着なんだぞ。第一……」

「はいはいわかった。いまはあんたのうるさいジャージのご高説は聞きたくないわよ……」


 残念だ。俺も話したかったが、俺も俺で喋るのに気力を使うから、歩く方に集中したい。

 耐寒よりも動きやすさを優先するため、俺は厚着はしていない。サンダルだけは、スニーカーに似た履物を買って、それを履いている。

 けどやっぱり足首が冷たい! ジャージの裾周りに潜り込んでいる! ちくしょう、長靴を買った方がよかったか……いや、それだともっと動きづらくなる。悩ましいところだ。

 でもって、最後にキノサキのことだが……


「ちょっとみんな、なっさけないなあ。そんな体でチーママに会いに行こうとか言ったの?」

「……キノサキ、煽るんじゃない……! お前だけ涼しい顔しやがって……!」

「ヒャッハー! 気温感知はあるっちゃあるけど、生身みたいに肌というよりは情報として感知するからな!」


 こいつはいつも通り野戦服の恰好をしている。しかも、機械の身体なのか、全然寒そうにしていない。

 キノサキを先に行かせようって半ば冗談で言ったけど、案外それが良かったかもしれないな……


「とはいえ、寒さを攻略してもこちらのセンサーじゃあまともに前が見えないんだよな……」

「ヒャッハー! さすがに雪の上を走るよう設計されていないから、本機でもいろいろと参っているし!」


 とはいえ、キノサキたちでもこの状況はまずいと感じているらしい。

 どうしようか……こんなところ、そう長くは歩き続けてはいられないぞ……!


「し、仕方ないわね……わたしが、何とかするわ……!

「ラネットさん!」


 ラネット、お前こんな吹雪の中で精霊術を使ったら……!


「待っ……!」

「【凪の衣(カームローブ)】!」

「!」

「これは……」


 あれだけ激しい吹雪が、俺達の周囲だけ何もないみたいに穏やかになっている。

 雪は静かに入ってくるが、強烈な風が見えない何かに弾かれているみたいだ。


「とりあえず、吹雪だけは何とかしたわ。風が強すぎて前が見えないってことはないから安心して」

「……ラネットさん、ありがとう」

「けど、こんなの一時しのぎよ。…………寒さは伝わるし、早く休めるところを見つけないと…………術が解けるわ」


 ……まずいな。

 精霊術は精神力に左右されるって聞いた。こんな吹雪の中、どこまで気力が持つかわからない状況で精霊術を使えば……

 状況は好転したように思えて、ラネットがより一層まずくなっている。

 だったらこの状況、決して無駄にできない。


「ヒャッハー、ラッちゃん。本機に乗って休め!」

「……ありがとう、お言葉に甘えてもらうわ」

「ラッちゃんが素直だ! これは思ったより深刻な事態だぞ!」

「どういう意味よ……」


 とにかく、ラネットが作ってくれたチャンスを無駄にはできない。

 俺達は注意深くあたりを見回しつつ、歩み続ける。


 どれくらい歩いたかわからない。けど、もうそろそろなにか見つかっても……!


「ハッハー。こいつは珍しいや。死者の国に生者が紛れ込んでいる」

「? ハクレイ、今何か言った?」

「いや、今の声は……!」


 俺達とは違う声がした方に、すぐに意識を向ける。

 何が来るかわからない。けど、すぐに逃げる準備をする。


「おお、怖い怖い。そんな怖い顔しても、死人なんかにゃ怖くはないよ」

「!?」


 トカゲみたいな顔に、全身のうろこ。

 間違いない。こいつは火蛇族サラマンドラ……いや、それにしては…………!?


「白零君。この人って生きているの?」

「いや、どうみても死んでいるだろ……」


 こいつ……左胸のところに拳一つ分の穴が開いている。

 普通の生き物なら絶命してもおかしくない傷だ。


「お前は、誰だ」

「誰って、そりゃあここは死霊族アンデッド領なんだから、死霊族アンデッドに決まってるじゃないか」

「まあ、そりゃあそうだ、け、ど…………?」


 思ったほど……敵意はない?


「お前……死んでいるのか?」

「まあ、死人だね。死んだ死んだとおもったら、こんなところで死霊族アンデッドやっているよ」


 死霊族アンデッドってなんかこう、ゾンビだの白骨だのをイメージしてたけど、思ったほど綺麗で、けど一部分だけが異様すぎる。

 生きていないのに生々しい人形が意思をもって動いているみたいだ。


「お前ら生者、なぜ死者の国にいる?」

「…………」


 こいつらにとって俺達は異邦人だ。しかも根本的なところで大きく違う別種族でもある。

 下手に隠したところで怪しまれるし、そもそも争いに来たわけじゃない。

 直接目的を話した方が手っ取り早いだろう。


「私のお母様、どこにいるのかご存知ですか?」


 俺と同じ考えか、千代が一番の目的を死霊族アンデッド? に訊く。


「お母様? お前のお母様? もしかしてまよのこと?」

「迷い魂?」


 俺達人間を指している言葉かと思ったけど、意味合いが違うよな?


「お前のお母様は知らないけど、最近新しく入った人間のことなら大聖堂にいるぞ」

「その大聖堂がどこだ。俺達はそこへ行きたいんだ」

「それはわかんねえ。こんな吹雪じゃ見つかりにくいし、そもそも気安く行けるところじゃないしなあ」

「そうか……」


 まいったな……ただでさえ吹雪でまともに前が見えないのに、肝心の目的地もどこかわからないと来た。

 ラネットの精霊術もどれだけもつかわからん。すぐに話を切り上げて探しにでも……


「あと、お前ら運が悪かったな。そのまま凍死していればましだったのにね」

「は?」


 なんだ、いま……

 こいつの纏う空気が変わったような……


「ここは死者の国。外で死んだあらゆる種族が大聖堂で洗礼を受け、死霊族アンデッドとして生まれ変わる。しかし……」


 なんか、まずい……!

 ここに長くいたらまずい気しかしない!


「洗礼を通さずここに足を踏み入れたものはもれなく生者。それは死者にとってむき出しの果物と変わらない」

「……どういう……意味よ…………」


 いかん、ラネットの意識が薄れつつある!

 もう長居はできない!


「すまない! 話の途中で悪いけど、知らないんなら俺達でその大聖堂を探しに行く!」

「待って、ああ待って。つまり君たちは……」


 話を聞いていられる余裕はない。

 とにかく、背中の千代を背負いなおして、改めて足を進めて……


「!? 白零君、危ない!」

「え? がぁ!?」

「きゃ!?」

「白髪ねぎ!? クロチー!?」

「ヒャッハー! どうしたどうした!」


 ちょ、夜! お前なんで突き飛ばして…………!?


 キィン!


「ぐっ……!」

「よ……昼江!」

「昼江さん!」


 夜が、何者かから襲撃を受けている! 白い靄の向こうから伸びた手がナイフを握って突き刺そうとしたんだ。

 幸い鉈で受け止めたけど、方向的に俺の背後。もし突き飛ばされなかったら……!


「なにをする! 昼江から離れろ!」


 千代をおぶったままだが、そのまま足で伸びた腕を蹴り飛ばす!


「ぅぉ……」


 伸びていた腕がそのまま白い靄の中へ消えた!

 今のは何かわからないが、すぐにここを離れなければならない!


「気を付けてね。死者の大半は生者に対し、言いようのない殺人衝動を抱いているんだから」

「!? お前……」


 いない……!?

 さっきの火蛇族サラマンドラがいない! いや、それどころじゃない!

 俺達を囲むように、白い靄の向こうに不自然な影がいっぱい、こちらに近づいてくる!

 こいつらは……!


“生者だ。生者だ”

“生きたやつだ。久々に生きたやつだ”

風精族シルフィが一人。人間が四人”

“人間? ちくしょう人間かよ……”

“どうせなら同族が良かったな”

“贅沢言うな。生者が来るだけでも十分贅沢だ”

“ほんと。結界のせいでずっと我慢しなきゃならなかったんだ”

“もう同族同士で奪い合うのも疲れたしな”


 なんだ……こいつら…………

 どいつもこいつも見たことのある種族やまだ見たことない種族の姿をしている。


 背中に透明な羽が生えたことを除けば人間に似た姿の風精族シルフィ

 全身に鱗やヒレのある人型の水妖族オンディーヌ

 蜥蜴に蛇がそのまま巨大化したような火蛇族サラマンドラ

 成人らしいけど身長が俺達の半分ほどしかない土精族ノーム


 他にも翼だの、牙だの、見たことのない姿もあるがおそらくまだ言ったことのない種族。

 けど、そのどいつもが身体に致命傷としか見えない大きな外傷を持っている。

 死ぬような外傷があるのに動いているのがなおさら気味が悪く見えてしまう……!

 いや、それだけじゃない。


「零ちゃん。風精族しるふぃさんや水妖族おんでぃーぬさんみたいなあの人たちに、どうして火蛇族さらまんどらさんの手や足があるの?」

「嫌な予感しかしないぞ……!」


“俺、新しい右腕。あの黒い体の人間がいい”

“まあなんて綺麗な黒髪。わたしあれがほしいわ”

“ずっと足がなくて不便なんだ。俺を蹴り飛ばしたあの活きのいい脚をもらう”

“ああ、羽がある……! もう羽のない風精族シルフィなんて嫌だ……!”

“じゃあさ、身体は不便してないけど、あの人間の女で遊ばせてよ。ほら、あの金髪の子で”

“趣味悪いなお前”

“そう?”


 そういうことか……!


「千代、それにみんな。こいつらどうやら俺達の身体を奪うつもりだ」

「え!?」

「どういうこと、白零君?」

「あれを見ろ。風精族シルフィ水妖族オンディーヌなのに火蛇族サラマンドラの手や足があるだろ。あれは多分、ラネットが言っていた、結界を破って侵攻した火蛇族サラマンドラの連中の身体だ」

「ええ!? それなんてスプラッタ!?」

「ヒャッハー! 黒魔術!?」


 ラネットは言った。『体の一部が欠損していた』と。

 この環境に対応しきれず凍死した奴ばっかりだと思ったがそれだけじゃない。この死者たちに、体の一部を奪われたんだ。

 腕がない者、足がない者、その他もろもろの理由で、自分の身体を不便に感じ、不安に思う死者たちに!


「こうしちゃまずい! こんな人数相手にしたらきりがない! 早く逃げるぞ!」


 ただでさえ雪のせいで歩きにくいが、関係ない!

 とにかく、何とかしてこの状況を打開しないと……!


「「「「【生気吸収アングレッシーエニマッツェ】」」」」

「がッ!?」

「うっ……なに……!?」

「力が、抜けて……」


 なんだこれは……精霊術…………!?

 まだ結構離れているのに、なにか奪い取られているようで……!


「零ちゃん……なんか、眠くなって…………」

「寝るな! 寝るんじゃねえ千代!」

「白零君、これは思った……以上、ね…………」

「夜……起きろ夜…………!」

「ちょっと!? どうなってんのみんな!?」

「ヒャッハー!? これは!?」

「キノサ、キ…………!」

「……………………」

「ラネッ…………ト……………………」


 だめだ……みんな意識を失っていく…………


「零、ちゃ…………………………」


 千………………代…………………………

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