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陸漆話 病み上がりの激しい運動は控えましょう

 今回までのあらすじ

 現代を生きる用心棒、金斬かなぎり白零はくれいは、かつての因縁の相手である浮空うきそら昼江ひるえ……もとい浮空うきそらよると決着をつけるため、火蛇族さらまんどらの里に侵入した。里の炎上、予想外の闖入者、理解を超えた現象など、多くのイレギュラーな事態に困惑を重ねつつも、夜との本気の殺し合いを通じ、本音全てを語り合った結果、白零は彼女と和解まではいかなくとも一応の決着は着いた。


「自分でもよくわからないことの多いことばかりだったな…………」


 だが、そんな平和もつかの間、白零たちは“月の口”の謎を解明し、急遽幻界へと攻め込んできた“八嶋やしま神軍しんぐん”の脅威にさらされる。


「ん? おい、ちょっと文章がおかしくなっているぞ」


 荒れ狂う幻界の大地と、次々と攫われていく住人達。

 実験体としてラネットは誘拐され、各種族の族長は事態を重く見る。

 さらには、進化するキノサキMK-II。かつてないほどの傷を背負う黒千代。

 そして白零はお気に入りのジャージを…………あれされる。


「あれ!? あれってなに!?」


 しかし、負けない。どんな悲劇が起きても黒千代は負けない。

 たとえ、大切な相棒がどこにもいなくなろうと、彼女は立ち上がり戦い続ける。

 彼からもらった、形見のカチューシャと共に……


「おい! 俺に何かあったの!?」


 用心棒VS八嶋神軍。

 幻界全土を巻き込んだ本編最高のクライマックスが起こる!


「おいちょっと待て! 途中から話が全く違う方向へ脱線してるぞ! ちゃんとやれ!」


 以上、前回の(偽)あらすじでした。

 と、いうわけで本編へ続きます。



          1



 もしも仮に、自分にとって悲劇ある出来事が存在するならば、人はそれを知りたいと思うのだろうか。

 人それぞれ、なんて答えを出されればそれまでだが、俺は知らなければならないと思う。

 用心棒である以上、最悪のケースの想定はいくらでもしなければならないし、そのための判断材料となるならばいくら嫌なことでも目を向けなければならないことなんだ。

 そう……ならないことなんだ。

 だから……だから…………


「はい、零ちゃん。ちょっと傷だらけだけど零ちゃんのジャージだよ」

「うわああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあいやだああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 人間、覚悟なんてなくてもいいんだ。

 大事なのは立ち直りだと、俺はそう思いたい。


「白零君。そんな風に大声ださないで」

「ああ……ごめんよる……じゃなくて昼江。でも…………」


 火蛇族サラマンドラ領、キャサレス村の中心で俺は叫んだ。

 原因は、千代が俺の前に提示したある衣服が原因だった。

 というかジャージだ。俺のお気に入りのジャージなんだ。そのジャージが……


「うっ…………ううっ……………………ッ!!」


 ひどい……これはひどい…………

 昼江との戦いのせいであちこちひどく損傷している。


 まず左肩が大きく裂けている。振り降ろされた鉈を受けた時だ。それに穴まで開いている。千枚通しの時だね。

 しかも袖は捲り上げたから損傷が少ないかと思ったら、左腕の部分が所々穴あきみたいに焼けている。あの熱凝石の爆発のせいだ。

 その上、昼江との攻防のせいで膝の部分は横に裂けているし、裾はほつれているし、腿は切れている…………


「千代……俺、このジャージをこのジャージのままで受け入れられるほど、俺は強くないよ」

「大丈夫だよ零ちゃん。どんなに零ちゃんのジャージが傷ついて零ちゃんが悲しい思いをしても、私はなんどでも零ちゃんのジャージを直してみるよ」

「千代…………!」


 なんていい子なんだ!

 こんな時でも諦めず、千代はジャージを直すって言ってくれた。こんな俺を、千代は諦めないでくれた。

 それなのに、俺ときたら…………!


風精族しるふぃさんの所に戻ったら直してあげる。だからもうちょっとだけ頑張って」

「ありがとう、千代……! もう少しだけ、頑張るぞ!」


 どれだけ傷ついても、どれだけひどくなっても、諦めずに任せられる人がいる。

 これがどれだけ大事なことなのか、どれだけ素晴らしいことなのか、だからこそ安心して俺は頑張っていける。

 これが……最高のパートナーってことなんだ!


「……あーあ、たかが運動服の損傷でこんなに取り乱して…………本当にあたしはこの子に負けたと言うの…………」

「気にするなよパツキン。こちらだってクロチーというミスマッチ×ミスマッチに一杯喰わされたんだから」

「ヒャッハー、負けたと言わないのが強情な所」

「そんなの知らないよ。それにパツキンはちょっと安直過ぎない?」


 さてと、そろそろ支度とかしないといけないし、急がないとな。

 刀はないからそんなに荷物に困ることはない。


「でも零ちゃん。身体の方は大丈夫なの?」

「ん? あー……正直まだ動かすと痛い個所はあるけど、歩いたりするくらいは問題ない」


 さすがに身刀流を使うには無理があるが、走ったりするくらいは大丈夫だ。

 実際に試さなくてもそうじゃないかと感じる。あの時は本当に死んでもおかしくないほどひどい傷だと思ったけど、我ながら回復が早いな。


「ちなみにあたしの方もそんなに問題はないわ。誰かさんが手加減してくれたおかげでね」

「昼江……」


 そうは言うけど、さっきから右手の方が震えているぞ。

 あそこは結構ひどくやっちまったな。


「キノサキさん達は?」

「大丈夫だぜクロチー。そもそも改造人間サイボーグに、そんな配慮は必要ないし」

「ヒャッハー! お前等とは潜り抜けた修羅場が違うってね!」


 さっきまで生首だったから説得力がない気がする。


「で、行先はどうするんだ。宛はあるのか白髪ねぎ」

「その呼び方やめろ。まずは風精族シルフィの里に戻ることだな。目的はもう決まってるけど、顔を合わせないといけない奴を待たせているからな」

「ヒャッハー。あそこか。結構遠いところだぜ」

「そうだな……正直歩くにしては結構距離があるんだよな……」


 さて、ここを出ることに問題はないが、移動手段についてはどうしようか。

 俺も夜も、大したことはないと言いつつ、万全とまで言える状態じゃない。走ることも控えなければいけないし、常に歩き続けるにしても

 いや、いったんオーリエ村の方へ寄り道するか? まあ、休むだけにしようかと……

 そう考えようとした瞬間、


「だったらこちらに任せな! いい移動方法があるぞ!」

「え、本当か?」

「本当だ。なあ、ヘェェェルメェェェス!」

「ヒャッハー! その通りだぜ!」

「え…………」


 唐突に、殺し屋であるキノサキがなにを考えたのかいきなり大声を出してきた。

 ……嫌な予感は、当然した。



          2



 俺と千代と夜とキノサキたちは、火蛇族サラマンドラの領地にある村を出て、風精族シルフィの里に到着した。

 火蛇族サラマンドラのせいで焼けてしまったと聞いたけど、里周囲の森は思ったほどひどい様子じゃない。まあ、話を聞いてから結構時間が経つし、回復の様子が見られているってことか?

 いや、そんなことより……


「千代……目的のところは…………まだか…………」

「ええと……あともう少し歩いたところに……」


 …………う、

 いかん。足元がおぼつかない。視界が定まらない。今にも倒れそうだ……


「ありました。あれです」

「あそこか…………」


 千代の指示通りに進むと、目的の家を見つけた。

 石造りで、一人暮らし用の小さく質素な家だ。


「千代、後は頼む。少し…………」

「あ、はい。では……」


 後の事を頼むと、千代は目的の家の扉を軽く叩いた。

 少し下を向いて、気分を落ち着かせよう……


『はーい、ちょっとまって』 


 元気のある女の子の返事が中から聞こえる。ああ、そんなに時間が経ったわけでもないのに、ずいぶん久しぶりに聞く声だ。

 少しして扉からゆっくり開かれると、そこから出てきたのは……


「ただいま帰りました。ラネットさん」

「あ…………!」


 迎えてきたのは、栗色の髪と背中に生えた透明の変わった羽が特徴的の女で、いろいろと世話になった仲間だ。

 そいつが千代の姿を見て目を大きく開く。


「クロチヨ! 無事だったんだね!」

「はい。ご心配をおかけしました」


 千代の姿を見た途端、ラネットが嬉しそうに声を出した。

 いろいろと心配していたことが暗に感じられる。

 こうして直に会って表情を見ると、本当に心配させてしまったと感じる。


「クロチヨが帰って来たってことは、ハクレイはいるの!?」

「零ちゃんは……その……実は…………」

「え…………」


 ……おい千代、思わせぶりに言葉を濁らせるな。視線を斜め四十五度下に向けるな。

 ラネットが心配そうな表情になってきたじゃねえか……


「やっぱりハクレイ……どこか怪我をしたの?」

「そうですね……怪我はあるにはあるのですが…………」


 そろそろ挨拶に行かないとな……

 う、まだふらふらする……


「ラ、ラネット……よう…………星が、見えるぜ…………」

「え…………?」


 い、いかん…………まともにラネットと顔を合わせられない。

 いろいろどグダグダ考えている余裕がないや……


「クロチヨ。ハクレイがなぜか死にそうだけど……」

「うん……いくら零ちゃんでも病み上がりに“あれ”は少々……」

「“あれ”?」


 ちくしょう……キノサキめ…………

 いくらすぐに風精族シルフィの里の所へもどるからと言って、無茶をしすぎだ。

 そもそも自動二輪車(オートバイ)に四人も乗るのは無理な話だろ……


「おいおいだらしねえな。このヘェェェェェエエエエエエルメエエエエエエェェェェェスッッ!! の走りにダウンなんかしてよぉ!!」

「ヒャッハー! こちら本機の『ヘルメススペシャル』の重圧に耐え切れず、情けなくもよろよろとしているんだぜ旦那ァ!!」

「う、うるさい……病み上がり以前に、あれは絶対人間に優しくない…………」


 いかん……まだ言葉がふらついてくる。

 俺達は今朝、火蛇族サラマンドラのある村から出発して、全員ヘルメスに乗って走った。

 当たり前だがキノサキは運転手だ。怪我の心配はまったく問題はないそうだ。

 千代はキノサキの後ろでしがみついていた。そこまではまだいい。

 よりによもって俺と昼江はあのヘルメスというオートバイからなぜか生えた腕に掴まれた。

 まさかオートバイから鉄の腕が生えていたのは予想外だ。それで俺と夜はまともに乗らず、ヘルメスさん掴まったまま走らされるから、危ないと俺は文句を言ったのだが……


「ヒャッハー。下手に暴れると落ちるぜ」


 という事だ。無茶苦茶だ……

 少し無理矢理に掴まされたまま走ってここについたという事だ。

 それも、かなりの速さだ。というか……


「そもそも千代。お前も俺達と大して変わらないのになんで平気なの?」

「キノサキさんの走りは二度目だから、慣れた」

「一度目があったのかよ。しかも慣れたのかよ」


 本当にこいつはいろいろと変な所で高スペックを発揮するな。

 まあ俺や夜とは別で危ない状況だったかもしれんが


「クロチヨ…………何があったのか大体想像できるんだけど」

「大丈夫です。それとアデルさんやロビィさんたちは?」

「母さんはちょっとお仕事。ロビィたちは、いま仲間のところにいるそうよ。最近何かを探しているらしいし。それはそうと…………」


 ラネットさん俺の方を指している。

 正確には俺やキノサキじゃない。俺の隣で…………


「夜……じゃないや昼江。もたれかかってんじゃねえ」

「白零君、あたしはもうだめよ。あとはあなたが支えて頂戴」

「嘘つけ。さっきまで普通に歩いていただろうが」


 こいつだ。ラネットにとっては初対面である元殺し屋の少女。

 ほら、夜はいろんな意味で怪しいからラネットが警戒するようにこっちを見てるぞ。

 調査隊と言う気質か、すごい渋い目だ。


「……誰? また新しい“迷い子”?」

「それは後々説明するから、入っていい?」

「いいよ。丁度仕事も落ち着いたところだったし、上がって」


 まだ他の風精族シルフィはそんなにいないものの、玄関前で立ち話できる面子じゃない。

 ラネットからの承諾も得て、俺達はラネットの家に上がることになった。


「邪魔するぞ」

「お邪魔します」

「おじゃMAX!」

「ヒャッハー! 勝手知ったる他人の……」

「あ、それとそこの変な機械は家に上がらないで」

「ヒャッハー、本機のこと!? なぜに!? なぜにぃ!?」

「あんたが家に入り込むと床が汚れるのよ!」


 ヘルメスは外で待つことになった。

 まあ、大事なことはキノサキが話すだろう。


「あ、それとハクレイ」

「ん、俺?」


 なぜか次に俺に何か注意するようだがどうした?

 いくら俺がサンダルを履く人間でも、足裏はきれいに洗う方だぞ。


「あんたからはいろいろ聞きたいことがあるけど、その前にちゃんと休んでなさい」

「え?」


 いきなりラネットからストップがかかった。

 唐突だけど……いったいどうした?


「さっきからそんなフラフラのままじゃ、話せるものも話せないでしょ。ほら、私の部屋でいいから、少しは休んでて」

「ラネット、いやしかし……」

「しかしじゃない。ほら、まだ足元がふらついてるよ。……散々心配させたんだから、すこしは聞き分けぐらいよくなってよ」

「……わかった。ありがとう」


 まいったな。よほど心配をかけたようだ。

 後々、怒られるんだろうな。


「……それと後で、二人きりで話したいことがあるから、忘れないで」

「え…………?」


 いま、耳元でラネットがなにか囁いた。

 聞き違いじゃないなら、二人きりで話したいことと言ったのか?

 どういうつもりかわからないが、もうラネットはこちらを見ていない。

 家の中を見まわしつつ、他の人と言葉を交わしている。


「あれ? ねえねえあたしは? あたしも白零君と休みたいんだけど?」

「あんたはどう見ても元気そうじゃない。今はあんたに訊きたいことがいっぱいあるから、少し付き合って」

「はーい。よろしくね、風精族シルフィさん」

「…………っ!」


 あーあ、夜ったらそんな風に挑発的になるんじゃないよ。

 ラネットにとって、この人間がなんなのかわからない以上胡散臭く見ているんだろうけど……


「よ……昼江。言っておくがラネットは俺たちの仲間だ。変な争いは起こすな」

「はーい。白零君の言う事ならちゃんと聞いてあげる」

「……まったく」


 まあいいか。いま考えても仕方ない。それはラネットが実際に話した時に考えるとしよう。

 そう思い、俺はお言葉に甘えてラネットが言ってた二階の方へと足を進めることにした。












「あ、零ちゃん。ちょっと待って」

「ん? どうした」

「零ちゃんがお休みになるなら、その間に零ちゃんのジャージ直してあげるから脱いで」

「いや、お前がちょっと待て。こんな人前でまず普通に脱がねえよ」

「え、そう? じゃあジャージを直すことは難しそうだね」

「違う。こんな場所ではって言ったんだ。別の所で脱いでお前に渡すから、一旦ついてこい」

「白零君ったら、この子の前では躊躇いなく脱げるのね。大・胆♥」

「誤解を招くことを言うな! 服を渡すだけだから」

「しかし白髪ねぎは薄着と言う寒そうな格好でとこに入ることとなる」

「え、じゃあ代わりに零ちゃんは私の服を……」

「なんで俺がお前の服を着るんだよ。お前が薄着になるだろうが」

「クロチー! 大丈夫だ。この白髪ねぎはこちらガンスロット=キノサキが看病をするぞ!」

「病気じゃないからいらん! と言うか逆に気が滅入る。上がってくるな!」

「……エロス・パツキン。白髪ねぎの対応が冷たいよ。倦怠期なのかな?」

「あはは、誰がエロス・パツキンかしら。殺すよ?」

「いやぁキレた!? これが最近のキレる若者なのかいヘェェェェルメェェェェェ……スは今ここにいないんだったな」

「あんたたち、人の家で好き放題騒がないで…………」


 ……ラネット、お疲れさん。こんなんじゃ今後ともけっこう疲れるような気しかしない。

 今さら感じ取れたラネットのありがたさに感謝しつつ、もう半ば逃げるように俺は上の階へと上がっていった。

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