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陸陸話 大切な存在がいるから今の自分ができる

 というわけで、あれから少し飛んで二年後。次の章へ飛ぶ時は大体これくらいの期間だよな二年。

 今になればあっという間だけど、俺は親父から身刀流の修業を続け、不破さんや春房さんから用心棒について大事なことを学んだ。

 また、青江さんからの課題で『素手による対人能力の鍛錬をしておけ』と言われた。武器や凶器等を用いず危険人物を抑える力が求められるため、いろいろと必要になる場合が多いとのことだ。

 学校に行っている合間になおさら厳しい時間が続いたし、三咲さんも元々動きが鋭かったりすることがあったから時々一緒に訓練することもあった。

 ただ……


「危なっ!? だからそこで拳銃出すんじゃない! また死ぬかと思ったぞ!!」

「ご、ごめんなさい」

「まったく、反射だがなんだか知らないが、ちゃんとそれを押さえつけるようにならないと」


 元から護身用なのだろうか動きはいいんだけど、時々銃を取り出そうとしている動きに入ったりして大変だったな。

 しかももっと大変なのはそれを他の人に見られないことであり、所長や不破さんにさえばれているのにこれ以上増やしてほしくはないし。

 そう言う意味も含めて、俺と三咲さんは

 正直、学校の方も手は抜けないしなかなか過酷な二年間だった。

 そうして中学卒業を迎えて春休みに入った頃、俺達は事務所で青江さんから重大な話を聞くことになる。

 事務所の応接室で俺と三咲さんがソファに並んで座り、対面に所長、横に不破さんを控えた状態で話し合う。


「…………本当に、よくも二年間この時まで辛抱強く待った」


 二年。所長に初めて会ってからこの時まで、俺も三咲さんもいろいろと辛い鍛錬を繰り返してこの時まで来た。

 けど、本当に辛いのはこれからだろう。


「これから先、常に危険と隣り合わせの仕事に入ることになる。どのような任務が来ようと、依頼人の身の安全を最善に動くことが必要となる」


 ようやく認められたとまでにはまだいかない。

 俺たちはここで働くことが許されただけだ。本当に大変なのはこれからの依頼(本番)だ。


「もし、途中で怪我を負うなどの理由により、この事務所から抜けることになろうが一向に構わない。命の危機を察して危険から離れることは悪いことではないし、むしろ半端な覚悟で取り組まれてもこちらとしては迷惑だ」

「ニャ? 所長さん。これから頑張ろうとしている子たちにそれはないんじゃない? 頑張っていろいろと能力を上げてきたんだから」

「不破。これはそう簡単な問題じゃない」


 いいか、と所長が前置きをすると途端に真剣な眼差しで見られ、はっきりとした低い声音で所長は言う。


「顔や事情を知らず、依頼から初めて知り合った人間を、それでも本気で護るのだと思えるか?」


 所長の言葉がより重く、俺たちに圧力がかかる。

 肝に銘じておけと暗に言われているみたいだ。


「自分の正しさを押し付けず、依頼人の意思を尊重し、常に最善を貫き通せると誓えるか?」

「…………」


 少し横目で見ると三咲さんはいたって静かに佇んでいる。

 こんな時でも全く動じていない。ポーカーフェイスなのか肝が据わっているのか、それともただ鈍いのだろうか。

 とはいえ、俺もここで怖気づいている場合じゃない。

 俺は三咲さんと共に、自分の持てる気持ちを全て言葉に乗せて出す。


「はい。所長、どうかお願いします!」

「私たちを用心棒としてこの事務所で働かせてください」


 ずっと二年前から切実に願った言葉。

 いろいろな想いがあった。昼江のこと、親父のこと、そしてそれ以外のこともあった。


 俺達の言葉を聞いて、所長はしばらく黙りこんだ。

 ほんの少ししか時間はたっていないのにそれが長く感じられる。

 しかししばらくしていると、重い腰をあげるように、所長は静かに告げる。


「ここに留まる以上、君たちをもう子供扱いしない。同じ事務所の仲間として厳しく指導するから覚悟しろ」

「!」


 自然と声が大きくなっていくことがわかる。

 期待に胸が高まる中、所長は言う。


「金斬白零。三咲黒千代。君たち両名を正式にこの事務所の用心棒とする!」


 やっと、やっとだ。

 この時まで、来ることができた……!


「今日からウチのメンバーじゃ。よろしく頼んだ。白零。黒千代」

「所長……ありがとうございます!」

「青江さん……頑張ります」

「うむ。その言葉が偽りないことをお前たちが証明しろ」

「「はい」」


 まだまだこれからだけど、それでも心の中では喜ばずにはいられない。

 それを表に出さないよう努力しつつ、俺は所長にこれからの意欲も込めて感謝の言葉を言い……


「あ、そうじゃ。白零、お前に訊きたいことがある」

「え……なんでしょうか?」


 ……そう思っていたんだが、先ほどとは少し雰囲気が違う所長からなにか訊いてきた。なにか別の件のようではあるが。


「白零。確か学校のほうは卒業が近いようだったな。一人暮らしの準備は出来ているか」

「……はい。もうほとんど荷物を送る準備はできています」

「そうか。黒千代、お前は?」

「私も大丈夫です」

「そうか」


 もしかして……

 所長がなにか言いたいことがあるようで、それがなんなのか俺には大体予想ができた。


「白零。その話、ちゃんと親にも話したのか」

「それは……」


 実のところ、親父はこのことを知ってはいるのだが、正式に話し合ったことはない。

 向こうからはなにも言ってこない。多分俺から話してくるのを待っているんだと思う。

 何も訊かずに身刀流の稽古に付き合ってくれているし、そうじゃないにしても話さないわけにはいかない。


 だけど……それを俺がうまいこと切り出すことができない。

 所長はそれを懸念に思っていたのだろうか。まんまと的中したのだが……


「早い内に話しておけ。なにもないまま離れれば、取り返しのつかないことにもなる」

「…………」


 二年前から切実に願い続けていた用心棒にようやくなれたこと。

 だけど、その喜びは所長が口にした言葉によって、親父に対するなんとも言えない複雑な心境に変わった。

 確かに、あと一週間後に俺はここで働くことになる。

 言える機会は幾らでもあるのに、もう時間がないようにも思えた。


 所長もこれ以上特に何も言うことはないようで、俺は事務所の外へと足を運んでいった。



          2



「金斬さん。お父様にはまだ話していないの?」

「……その通りだ。実はまだ解決していない」


 事務所のあるビルから出て少ししたところで三咲さんがそう訊いてきた。

 やっぱり三咲さんもそれが気になるか。二年も前からそれを知っているからな。


「仲が悪いわけではないのにどうして話さないの?」

「いや、これは完全に俺の方が原因なんだけど……」


 いざ話そうとして機会を待って、それなのに結局離せないまま時間ばかり過ぎて行って……

 正直このままじゃいけないのはわかっている。わかっているんだけど……


「ニャ、ところでよレーにゃん」

「ん?」


 と、ここでいつの間にか後ろにいた不破さんが相変わらず馴れ馴れしく話しかけてきた。仕事はいいのか?

 ちなみに今日のスタイルは猫耳パーカーだ。毎度思うけどどこから調達したんだ?

 っと、そんなこといちいち突っ込んでいる場合じゃない。


「何ですか不破さん。あとレーにゃんって呼ばないでください」

「無・理♪ で、さっきから思ってたんだけど、君達っていつまでそう他人行儀に呼びあっているんだい?」

「え?」

「そうでしょうか?」


 不破さんからなんか意外な言葉が出てきた。

 他人行儀もなにも、俺たちってそんなに固そうに見えるのか?

 どうやら不破さんは俺と三咲さんとの態度が気に入らないご様子だ。


「なんだい“金斬さん”だの“三咲さん”だの、もう会ってすぐの関係じゃないんだし、もう少し親しく読んでみたらどうだ? もっとこう、“白零君”だの“黒千代ちゃん”っていいんじゃない?」

「不破さん、何を言ってるんですか」


 それはいくらなんでも馴れ馴れしいというか、学生じゃないんだから。

 というか今の空気にその話題?


「せっかく待望の用心棒になったのが嬉しくて気を引きしめるのもいいけど、あんまり固くならずに親しくいこうぜ」


 空気なんか知ったことじゃないと言いたいように不破さんはお構いなくマイペースを貫いていく。


「ほらほら、チーちゃん。せっかくだからレーにゃんって呼んでみ。ほらレーにゃ……」

「不破さん何を言ってるんですか!」


 ただでさえその呼び方にはうんざりしているのに、広めようとするんじゃない!

 それなのに三咲さんはなぜか真剣そうに……


「ええと……れー……」

「……三咲さん。言わなくていいって」


 こんな冗談みたいなことにも真面目に答える三咲さん。

 別にいいから! そんな呼び方いらないから!

 そう思ったが……


「れい……ちゃん?」

「え?」


 ……三咲さんが少しだけ変えて呼んできた。

 なんだよその呼び方。男にちゃんづけで呼ぶんじゃねえよ!


「ニャ、すこし変化球がきたか。けどこれはこれでいいな。決定! 今から金斬白零の呼称はチーちゃんの“零ちゃん”になりましたー!」

『ウオァァァァァァァァァァァァァァァァ!!』

「おい! 勝手に結論を出すんじゃねえよ!!」


 しかもさっきなんか歓声みたいなのが聞こえたぞ! 幻聴か!?

 なんなんだよこのテンションは!?


「不破さん。金斬さんを零ちゃんと呼んでいいですか?」

「いいですとも! 呼んじゃってください!」

「おい…………」


 なんかすごい強引に結論が出てしまったけど……

 もういいや。不破さん相手に反論しても…………


「じゃあチーちゃん。苗字以外でチーちゃんが呼ばれたいことある?」

「そうですね…………」

「え、まだ続くの? この話題」


 しかも今度はこっちのターンで三咲さんを呼ぶ方? それになんで三咲さんの方は呼び方が決められるんだよ。


「でしたら、私の事は千代と呼んでください」

「おおー、千代か。相撲選手みたいな呼び方だな」

「ちょっと不破さん。それ褒めているの?」


 それと相撲選手じゃなくて普通に力士か相撲取りって呼べよ。


「じゃあ酒造みたいって言った方がよかった?」

「どっちでもいいです! それで、三咲さんはそう呼んでほしいと?」


 一応、三咲さんに確認を取ると、三咲さんは期待と喜び込めて答える。


「うん。お母様から大切にそう呼ばれていたから」

「……そうか」


 お母様、か。

 結局どんな母親なのかさっぱりわからないし、調べたはずの所長からまだなにも言ってこない。それともまだ言えないという事なのだろうか?

 けれど、どちらにしてもやっぱり千代にとっては大切な母親なんだなってことがわかる。

 だからこそそう呼んでほしいという気持ちを汲み取り、俺は変に反抗せず素直にそう呼ぶことにした。


「わかったよ千代。これからもそう呼んでいいんだな」

「うん。ありがとう、零ちゃん」


 早速その呼び方が定着しているけど、まあいいか。不破さんほど不快じゃないし。

 正直、誰かを親しげに呼ぶことはないかたまだあまり慣れない。

 しかし、所長もそうだけどこの二人ともこれから長い付き合いになりそうだ。

 だから俺はこの先のことも思い、改めて後の相棒の名前を呼んだのだ。

 こういう感じってあいつ以来だなって……


「それじゃあ僕のことは“雷道君”でも“ふわふわさん”でもいいぞ!」

「それは結構です。不破さん」

「うわーん、つれない! つれないぞレーにゃん!」


 ……流石に腐っても先輩をあだ名で呼びたくはない。

 それ以前に、この人だけはそう馴れ馴れしくはしないでほしいし。


「まあいいや。それじゃあ今日からよろしくな、お二人さん」


 そう言うと不破さんは調子づいていない真剣な笑みを俺たちに向けた。

 この時だけ無駄に不破さんが大人びて見えた。無駄に。


「ねえ、なんか今余計なことを考えなかった? それも二度も」

「気のせいです、不破さん」

「はぁ……結局〝不破さん”のままか。先輩としてちょっと寂しい」

「大丈夫ですか? 不破さん」

「しかもチーちゃんもかよ。まあいいけど……」


 不破さんがわかりやすいくらい落ち込んで(たぶんフリだけど)いたものの、それもほんの数秒ですぐに張り切ったように顔を上げて……


「よし! そんじゃレーにゃん。気分転換に今からそのパパンに話をしに行くぞ」

「へ?」


 今、不破さんが吹っ切れたようになんか大声で言ったが……

 気分転換に…………何て?


「不破さん。そのパパンって俺の親父のこと? 話ってもしかしてさっき俺が言ってたこと?」

「そうそう。進路にまつわる大事な話を、親に黙ったままじゃ感心できんよ。だから今からレーにゃんの家に突撃するぞ!」

「ちょっと、待ってください! いくらなんでもいきなりは……」

「だまらっしゃいレーにゃん! 善行は急いでこそ善行! すっとぼけたら悪いことだよ! 今まで十分に今話さなくていつ話すの!」

「それはそうだけど……」


 不破さんが俺と千代の腕を掴んで強引に最寄駅の方へ向かって行く。

 そんな不破さんの腕を引く力はとんでもなく強い。本気に行くつもりだ。


「それに、話すのはお前だけだ。僕もチーちゃんも玄関でお前が戻ってくるのを待つだけだ!」

「え……私もですか?」

「そりゃそうだ。同じ事務所の仲間になった以上、背中はこちらが押す」


 どうやら俺と親父が話し合っている最中、不破さんと千代は家の前で俺が親父の話を終えるまで待つつもりなんだ。


「いい加減向き合いなよ。味方はこっちにいるんだから背中は向けられないでしょ………………『零ちゃん』」

「!」


 こいつ……わざとらしく千代の呼び方を呼んでは、勝ち誇ったかのような腹立たしい笑みを向けてきた。

 ……こいつと千代が待ってくれる以上、俺がどうあがこうと恰好悪いままなんだよな。

 そのために他人事じゃないためにさっきの名前呼びも?

 だとしたら本当に食えない先輩だよ。


「ところでレーにゃんの家ってどう行くんだっけ、あんないよろしく」

「……わかりました。素直に従いますから手を離してください」

「んん? これは失礼」


 不破さんは強引だった割にはあっさりと手を離し、もう問題ないと言いたげに、余所に目を向けつつ隣を歩いていく。

 千代も無言で俺に付いてくる。俺と目があると、笑顔を向けてきた。


 これ以上長引かせてはいられないし、いい加減親父と話し合おうか。

 そう思い、自宅へと向ける歩みはだんだんと歩幅を広げ、少しでも早く目的地に着くようにとひたすら歩いて行った。



          2



 本当に、零ちゃんと用心棒になったあの日から、お母様に教えられたことを活かす日にもなりました。


「…………と言うことがありましたので、それから私と零ちゃんは用心棒になったのです」


 きっかけは、やっぱり零ちゃんから始まったことです。

 あの夜の日に零ちゃんに初めて会って、唐突な誘いについていって、それで今の私がここにいるのです。

 だから私は…………ん?


「……キノサキさん?」


 ……どうしたのでしょうか、始めに話を聞いていたのは元気そうでしたのに、なぜか今はぐったりとしているような……


「クロチー。いいかげんちょっとこっちから言ってもいいか?」

「? なんでしょうか」


 キノサキさんがなぜか顔をうつむかせた状態でそう切り出してきます。

 話は聞いていないわけではないと思いますけど、なぜその体勢に……


「話がながぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!」

「ヒャッハー! ハナシガナゲエヨ!!」

「わっ!?」


 キノサキさんがいきなり大声を出してきたので、驚いてしまいました。

 さっきのは話が長いと言ったのでしょうか?


「あー…………そりゃあさ、話してくれって言ったのはこちらだけど、話す内容自体はそちらまかせだからちゃんとペース配分考えてよ」


 そう言うと、まるで私が延々と話し続けたように感じられますが、そんなに長々と話をしたのでしょうか…………?


「四時間っていくらなんでも長すぎじゃね!?」


 え、四時間?


「あの、そんなに長かったのでしょうか。まだ用心棒として一緒に頑張っているときのことは話していないのですが……」

「待て、それ以上はいい! 『第一部・完』ってことで一旦切ってくれ!」

「ヒャッハー! ただでさえ馴れ初めに時間をかけたくせに、これ以上長引いたらいろいろと飽き飽きしそうだから一旦中止してくれ!」

「そうですか……」


 残念です。まだまだ話したいことがたくさんありましたが、キノサキさんたちがこれ以上聞けない状態ですので、また今度にとどめておきます。


「(まさか素のままこんなに長く話し続けたのかよ。武力あっち語り部(こっち)もマシンガンじゃねえか)」

「(ヒャッハー。うまい、座布団一枚)」

「?」


 キノサキとヘルメスさんがなにか言っているようですけど、なんでしょうか。

 その上、話しているそばから時々よろけているようにふらついた感じがします。やはり四時間は話しすぎたでしょうか……

 そう思っていると、力なくキノサキさんがこちらに振り返って……



「……いろいろと言いたいことがあるけど、とりあえずまずはお休みさせ

てくれ。感想コメントは明日でいいから」

「ヒャッハー。そっちだってもういい加減に休んでくれ。一通り区切りがついたとこなんだし」

「あ……そうですか。仕方ありませんね」


 キノサキさんたちがお疲れのようです。もう少しお話がしたかったのですが仕方がありません。いったん自分の部屋に戻ることにしましょう。

 私は床から立ち上がり、扉に手をかけて静かに開けると、キノサキさんの部屋から出て……


「クロチー。そうそうこれだけは言っておきたいんだけど」

「? なんでしょうか」


 部屋を出る直前にキノサキさんが声をかけたのですがそれは……


「結局の所お前って母親の考えに反したの? もうやってられねえって、そう不満を感じていたの?」

「え?」

「だってさあ、白髪ねぎについていって、白髪ねぎのために用心棒になって、しかも白髪ねぎを大事そうに思って……結局今のお前とは矛盾しているけど、母親に対して不満があったの?」

「それは…………」


 私がお母様に不満を…………?


「ヒャッハー。キノサキ、余計なことを言って引き止めるな。早く寝かせろ」

「ああごめん。それじゃあお休みクロチー。今度は『第二部』でよろしく聞かせてくれ」

「キノサキさん…………わかりました」


 挨拶を言うと、私は少し手を振ってキノサキさんの部屋を出ました。

 そして、廊下を歩いて自分の部屋へ向かうのですが……


「…………」


 不満……

 それは、私が持つのではなくお母様が持っているのではないのでしょうか?


『結局のところお前は母親の考えに反したの?』


 ……違います。

 唐突にお母様がいなくなって、もう帰って来なくなって、それで私は独りに耐えられなくなって……だから私は…………

 お母様が嫌じゃなくて、ただお母様がいないあの家が嫌になって……


『だったら俺と一緒に来ないか?』


 ……いいえ、違います。

 そんなことを考えても、私はお母様が嫌う男について行ったことに変わりがありません。

 零ちゃんが……本当は優しくて温かみのある人でも、たとえお母様の言っていたこととは違っても、


 ……お母様が嫌いな男に違いはありません。


 お母様。

 今の私の事をどう思っているのでしょうか?

 大切な教えを破った私を許せないでしょうか?

 男について行き、男の仲間を持って、挙句に男の殺し屋と親しくする今の私を許せないでしょうか?

 だとしたらあの時私はどうすればよかったのでしょうか?


 もう会えないなら何をしても許される……そんなはずではありません。


 それでも私は……零ちゃんについていったから、

 そしてこれからも零ちゃんについていきたいから、

 だから……もしもお母様が零ちゃんの事を知れば……零ちゃんを、私を許してくれたでしょうか。


「…………ぁ」

 

 足元がふらふらします。私からも少し喋り過ぎた影響かもしれません。

 ……あしたから零ちゃんがここを出るようですし、私もそれに備えて早く眠ることにしましょう。

 


          3



 さてと……深夜特有の謎テンションでついつい話しすぎたのだが、いま何時だろうか。

 結構長い時間喋り続けていたけど、夜は最後まで聞いてくれた。


「わかったわ。おやすみ」


 そして即寝落ちしてしまう夜だった。

 ……いかん。もう少し配分ってのを考えればよかった。

 いや、そもそも話を振ってきたのは夜なのに何で寝るんだよ。

 と思っていたが、寝静まる寸前に彼女の言葉から、


「……そこから白零君の今に至るのね」


 ただそれだけを残していった。

 なにを思っているのかわからないが、もしかして話したくなかったんだろうか。

 そんなこと思っても、やっぱり夜はわからないままだ。

 また、昼江が出てこないのだろうか……


「…………」


 昔話をしていると、改めて思い知らされる。


 あいつにはいろいろと助けられた。

 あいつの場合、護るというより支えるという言葉がしっくりくる。

 不安におびえる依頼人を安心させるように、あいつは時に迷っていた俺を支えてくれた。だから俺は親父と向き合うきっかけを作ることができた。

 まあ、チャラい先輩の強引な後押しのおかげでもあったけどね。


 だからこそ……最初で最後の説教があったあの日からずっと向き合えなかった親父に……俺は告白した。


『親父……俺、家を出るよ。家を出て、用心棒になる』

『っ! 白零……』


 唐突な申し出。それも大した孝行もないまま出ていくだけ。

 怒られても仕方がないと、あの時はそう思った。

 それなのに親父はなぜか悲しそうに……


『やっと……言ってくれたね。でも……』


 いや、悔いるように顔を歪ませていた。

 とても辛い表情で、目をそらしたくなるけど必死に顔を動かさなかったんだと覚えている。


『それはもしかして僕のせいで?』

『!?』


 だから親父の言葉は表情と相まって俺の脳裏に深く突き刺さった。

 ずっと自分なりの方法でしか護れなかったから、その教えを守った俺に待ち受けていた数々の理不尽な行為に、親父は自分が原因だと思い込んでいた。

 だから俺はそんな親父の言葉を全力で否定した。


『違う、親父のせいじゃない! 親父はいつだって俺の事を護ってくれたじゃないか!』

『でも、僕は君に……願いを押し付けた。それなのに筋の通らないことに君を怒鳴っては傷つけて……』

『違う! そんな理由で用心棒にはならない!』


 親父が言っていたことはいろいろなきっかけに過ぎなかった。

 昼江と夜のことも、あの日のことも、用心棒になることも、確かに親父の言葉がきっかけで……


『俺は親父の教えに感慨を受けてそうしたんだ! それがいいんだって思ったからだ!』


 それが俺にとって大事なことだから……


『親父。俺は親父の考えが間違っていないことを証明するよ。親父から教えられたことが間違いじゃないって、所長の下でそれを証明してみせるから……』


 その意味を守りたいんだって、思ったから俺は用心棒になったんだ。


『だから……ほんの少しだけ、こんな俺を許してくれないか』

『…………白零』


 あれが親父に対する最後のわがままだ。切り出すには遅すぎたし、勇気がなかった。

 だけど、それで親父が本当に悲しむだけならば……俺は親父の返答次第では踏みとどまったかもしれない。

 それに気づいたのはあの時だけで、もうすでに青江所長に認められてた時からすでにいろいろと遅すぎたんだと思っていた。

 だけど……


『君が家からいなくなると、僕は寂しいよ』

『親父……』

『こんなに母さん似の綺麗な貌をしているのに』

『…………おい』


 ああいかんいかん。余計なことは思い出さなくていい。思い出補正できれいなままに。


『でも白零。もし、君が君自身の望む立派な用心棒になったら、その時は帰ってきてくれ』

『親父。ありがとう』

『だけど、自分のことは大切にしてくれ。無茶ばっかりして僕や母さんを悲しませることだけはしないでくれ』

『ああ。わかった』

「…………」


 親父……俺はれっきとした用心棒だって誇れるようになったか?

 まだまだ問題を抱えているけど、四年前に起きた決着は今着いたよ。

 でも、それ以外にもいろいろと護らなければならないことは多い。


 だから、今は休んで明日また頑張ろう。

第一部・完……的な感じで

しばらく執筆速度は遅いままですが、みなさんどうかよろしくお願いします

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