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陸伍話 きっかけはいつだって些細なことだ

 俺はよく、上司である青江さんに怒鳴られることが多い。

 初めに俺がこの事務所で働くと言いだした頃、あの時はよく青江さんの怒号に耐え切ったなと、自分でも驚くほど感心している。

 しかし今回はかなりの雷が落ちるなないかと、内心震えそうな感じだ。


「白零。お前が連れてきたあの娘はいったいどういう事じゃ。正直に答えろ」

「はい……」


 事務所の奥にあるメンバー用の休憩室。

 ここでは依頼に向かう前のメンバーたちが準備をしたり打ち合わせをしたりするときに使われる場所だ。

 で、何でそのことについて説明してるのか。

 当然、俺と青江所長と二人きりで話さなければならないことがあるからだ。

 言うまでもなくそれは、三咲さんの拳銃所持の件についてだ。


 当然、ここに三咲さんはいない。

 不破さんと二人きりではあるが、さっきの事もあり所長が口を酸っぱくして妙なことはするなと言ってきたから大丈夫なはずだ。

 いろいろとふざけたようなことをする人だけど、所長の命令には守るし意外と真面目な所もある。


 そういうわけで、真剣に俺と青江所長は面談することになった。


「白零。あの少女をわざわざこちらのビルの居住区に勧める理由は分かった」


 所長が深刻な顔をしている。

 無理はない。なにせただでさえ俺のような子どもが用心棒であること自体否定的の上……

 ……拳銃所持だもんな。しかもあっさり出しちゃうし、

 僕にとっても頭が痛いことだ。


「そういうことです。複雑な家庭の事情からこうなったとしか思えないのですが……」


 隠す理由はもうすでに発覚してしまった

 いくらなんでも拳銃所持だなんて危険すぎるし、下手をすれば……うん、とにかく大変だ。


「それで、あの少女が拳銃を所持している理由が、彼女の家にあると?」

「話に聞いただけです。詳しいことには俺もあまり……」

「なるほど。しかし、お前がその子をひとりにしておけない理由がわかった」


 所長が珍しく悩ましげに頭を抱えそうな勢いだ。

 事情を知ったからにはもう一度他を頼れとは言えない。

 言い方はあれだが、問題のある子を無闇に放っておけるほど所長は冷たくないんだ。


「所長、俺はここに来る前にあの子に注意しました。『拳銃は出すな』と。しかし、それでもここに来る前に何度か銃を出そうとしたことがあります」


 今朝、俺に二回、痴漢に一回、そして不破さんに一回、合計三回だ。

 これはひどい。フォローしきれない回数だ。

 けど……


「拳銃を出すことを除いて、三咲さんは礼儀正しく振る舞っていました。先ほども含め、多分意識的にやったと言うより、反射的に行動を起こしたとしか考えられないのです」


 二度目は対して注意してなかったせいか、痴漢に対する正義感から出そうとしてた。

 それ以外、男から強制的に接触した時、あいつは銃を取り出して構えた。

 つまりあいつにとって拳銃とは身を守るための道具に過ぎないんだ。


 現にあいつは、不破さんの時俺が怒ると辛そうにしていた。

 言いつけを守ろうとしてできなかったことに、辛く感じてしまったんじゃないか?


「反射的に、ということはそうするように教えられ、叩き込まれたという事か」

「はい。彼女の母親はどういう事情なのか、男性を極度に嫌っています。そのことも関係があるのかと思われます」

「ううむ……周辺の情報が、まだ足りないな……」


 さすがの所長も、拳銃を所持し、なおかつそれを躊躇なく取り出す三咲さんに危機感を覚えた。 

 本来ならこういうのは公共機関に任せると言うかもしれないが、少女自身のことも考え、ひとまず俺が提示したことをけ入れてくれることになった。


「……様子見としてお前が言ったことを通すとしよう。三咲さんを呼んできてくれ」

「はい。所長、ありがとうございます」


 さてと、深刻な話が終わったところでいよいよ本題に入ってくれた。

 俺は隣の事務室で今頃何をしているのか、三咲さんを呼びにドアを開けて……


「ピョーン! それでね、僕の得意の縛りをしたらレーにゃんはすっごくそそる顔してやめてくれって言うんだ。あいつなかなかの逸材だ」

「不破さんは、その縛りというのがお好きなのですね」


 …………おい、


「おお、わかってくれるのか! だったらぜひチーちゃんにも僕の束縛術に付き合って……」

「不破さん 何の話をしているのですか!?」


 こいついくら三咲さんに手出しはしないからって、何変なこと口出ししてるの!?

 しかもあの屈辱的なエピソードを……!


「あ、レーにゃん。いやあ実はチーちゃんに僕の崇高なる思想を教えて……」

「教えなくてもいいです!」


 この先輩はさっきのことを覚えてないのか……!

 と言うかなんだよチーちゃんって。いくらなんでも馴れ馴れしすぎだろ!


「三咲さん。すこし大事な話があるから来てくれ」

「? わかりました」


 あんまり深く関わっているとこっちが疲れそうだ。

 すぐに三咲さんを誘って、休憩室に連れて行くことにする。

 三咲さんは来客用ソファから立って、わざわざ不破さんから離れる経路で俺の所へと来た。

 ここでもまだ母親の教えは生きているんだな。


 ……ちなみに後ろですごく変な視線を感じる。確認しなくても不破さんだ。


「お二人さん。ごゆっくり……」

「多分想像していることと違う」


 どうせろくなことじゃないだろうけど、一応念を入れて断っておく。

 そして、休憩室の扉を開け、先に三咲さんを室内へと入れる形で、次に俺が入ったところで扉を閉めた。


 中で青江所長が椅子に座っていて、まるで待ち構えているかのようにどっしりとしている。

 正面から向き合うと威圧感が半端なく大きい。正直依頼主はよく頑張ってこの強い面を見ても話せるんだなと思う。

 というか、今三咲さんが何のためらいもなく、所長の正面のソファに、向き合うように座り込んだ。

 全く緊張感が感じられない。自然体のまま三咲さんは座っている。


 三咲さんが対面に座った事を確認して用件を切り出す。


「三咲さんは、ここに来た要件を白零から聞いているかね」

「はい。確かこのビルに住んでみないのかと金斬さんに誘われてここに来ました」

「そうか。ならば……」


 所長は少しも迷う素振りを表に出さない。

 とりあえず一旦問題は置いといて、三咲さんの部屋の話に進めるようだ。


「空き部屋はいくらでもあるから、一度見に行くかい?」

「はい、お願いします」

「白零、案内してくれ」

「わかりました」


 所長からの指示の下、俺は三咲さんを四階の住居の所へ案内することになった。

 俺は三咲さんに手招きし、付いてくるように促す。


「よし、じゃあ行くか」

「はい。お願いします」


 相変わらず三咲さんは微妙に距離が空いているけど、付いてくるんならば特に気にしないことにする。

 俺は三咲さんを後ろに控えた状態で、休憩室の扉を開けた。

 その後ろからすこし……


「白零。例のこと、もしもの事があれば……腹を括れ」

「……わかりました」


 休憩室を出るとき、背後から所長の声が聞こえた。

 とても重たい所長の言葉。

 俺は内心で頷き、三咲さんをつれて一旦事務所を出た。



          2



 ビル四階の居住部屋の下見は早めに終わった。

 まあ簡単に言えば、共同場所と自室となる部屋の説明位だし、家具だの電気だのは所長の方が詳しいだろう。

 とはいえ、住居スペースの狭さにいろいろと驚いている様子だ。もしかして実家はかなり広かったのか?

 まあそうだとしても、三咲さんはどうやらこれでもいいらしい。

 と言うより、俺の(予定)部屋が隣であるらしく、それを聞いて


『金斬さんはお隣ですね。楽しみです』


 と、ニッコリしてそう言った。俺が近くにいるのは嬉しいことなのか。

 まあ、不満はないようでよかったかと思うが、本当にこれでよかったのだろうか。ふと、そう疑問に思ってしまう。

 三咲さんは言った。資産はあるから生きていくのに困らないのに、家には自分一人しかいないから孤独では生きてはいられない。

 親戚とか学校とかまだ分からないことがあるけど、昨夜初めて会った時から今に至るまで、なんとかくが確信を帯びていった。

 彼女の身を守る武器がよりにもよってあれじゃあなぁ……

 止めてくれる周囲の人間がいないのか、それとも周囲がおかしいのかのどちらかだ。


 とりあえず部屋の下見が終わり、三咲さんと所長が、保険やら何やらで細かい話をするため、今は休憩室にいる。

 で、二人が話を終えて休憩室から出てくるまで、俺と不破さんは事務室で話をしながら待っていった。

 正直、この先輩は苦手なんだよな…………大陽道さんがいたらいいんだけど。


「で、チーちゃんはここに住むことになったの?」

「そうです。とは言っても、元の家から移動する物とかありますし、家賃や元の家の維持など、他の問題点はいま所長と相談しているところです」

「ピョンってね。いや~このビルが少しでも華やかになるなぁ」


 のんきなことに、この人は本当に浮ついた感じしかしない。

 ちなみにこの人は自宅っから通っているそうだけど、就業になるといつも消えるように早くいなくなってしまう。

 色々と謎が多いけど、いざと言うときには頼りになるから凄いんだよな。


「あの……不破さん」

「なんだレーにゃん」

「レーにゃんはやめてください」


 本当にこういうところがなければ素直に尊敬できるんだけどな……

 じゃない。話を脱線しないで本題を言わないと、


「あの……今朝、三咲さんが不破さんに銃を向けた時のことを覚えていますか」

「ああ、あったね。まったくチーちゃんったら大胆なんだから。押しに弱いかと思ったんだが……」


 ……なんでこいつはこうへらへらしてるんだろう。

 っといけね。時々先輩に対してどうも苛立ってくるんだよな。しっかりしないと……


「……すいません」

「なにがだい?」

「俺、あんなことになる前から三咲さんが銃を持っていることを知っていました。いくら不破さんが軟派でチャラチャラして節操がなくて馴れ馴れしく……じゃなくて、いくらフレンドリーだったとしても……」

「レーにゃん。訂正が遅すぎるけど」

「……三咲さんを悪く思わないでください。代わりに俺が謝ります」


 注意はしたけど、こんな人に積極的に迫られちゃあ……なあ…………

 だってうさみみな上にものすごく馴れ馴れしくてキンキンと声が大きいから、拳銃じゃなくても拒否反応が出るって。


「ピョン? 今なんか失礼なことを考えた? 先輩に対して」

「気のせいです。とにかく、本当にすいませんでした」

「ふうん。レーにゃんったら、あの子を庇うんだ。まあ、僕はそんなに怒ってないけど、気になってるの?」

「……気になる、と言うと少し違いますが、その……」


 あの暗い夜道の時もそうだ。俺はなぜあの時そう切り出したんだろうか。

 拳銃だのなんだのは後から知ったことだから、たぶん危険とは違う理由なんだ。

 けどそれは昼江や夜の時とは違うんだ。それだけは確信を持って言える。

 けど、じゃあなんで俺は三咲さんに……


 そう考えていると、休憩室の扉が音を立てずに静かに開いていくところが見えた。

 現れたのは和服で小柄な少女の姿だ。


「ん? 話は終わったのか?」


 出てきたのは三咲さんだけだ。所長の姿はないが、やることがあるんだろうか。

 三咲さんは俺の姿を見てすぐに寄る。


「はい。それがその……とりあえず一旦先に帰ってもいいぞと言われましたので」

「へ? 帰れって?」


 まだ時間はあるのにもう帰らないといけないのか?

 いや、それとも所長がなにかやることでもできたという事なのだろうか。

 よくわからないが、まあ第一の目的は果たしたし文句はない。


「あの……すいません。家に帰るのですが、途中までまた案内をお願いしたいのですが……」

「こっちはいいけど…………お前はいいのか? まだこの事務所の仕事らしいところは見ていないが」

「はい。上の階に住むお話は、青江さんと十分に話しました。ですから、一度気持ちの整理のために早めに帰ろうかと……」

「そうか……わかった」


 どうやら三咲さんは帰りに俺の付き添いが必要なようだ。

 一応、行く方法は教えたつもりだけど、電車の駅って初めは不慣れだと不安に思う事も多いだろう。

 しかたない。たった二駅だけど、途中までは付き合いましょうか。

 そう思い、俺は荷物の確認をすると椅子から立ち上がる。


「お、レーにゃん、チーちゃん。お帰りかい」

「はい。今日は早いところで切り上げることにします」

「ピョン、そうかい。じゃあ、また来週にでも来なさい」


 不破さんが恥ずかしげもなく無邪気に手を振って挨拶を言った。

 しかし、青江さんは俺がここに来ることには否定的なのに、不破さんは肯定しているもんな。

 不破さんと所長が対立しているところはあまり見たことがないが、それでいいんだろうか。


「それと青江さんが仕事中の様で、挨拶はいいそうです」

「そうか、わかった」


 まだ釈然としないこともあるけど、まあそんなに急ぐことはない。

 俺達はこの事務所から外へと出て、もう一度帰りの駅に向かって歩いて行った。



          3



 行きと同じ要領で電車に乗り、今朝のような出来事はなく無事に最寄駅へ降りた所。

 俺と三咲さんは、最後に事務所と住む場所について話を聞きたかったため、近くの喫茶店に寄ることにした。

 まあ、財布には困ってないし、軽く飲み物を飲む程度で済ませるつもりだ。

 と、そう思ったんだが……始めてから唐突に住居とは別の話で意外な言葉が三咲さんから話された。


「ここの事務所で働いてみないかと、青江さんから誘われたのですが……」

「…………は?」


 ……誘われた?

 青江さんが? 三咲さんに?

 僕はカフェオレを飲もうとした手がピタリと止まった。

 いろいろと予想外過ぎるんだけど……


「働けって……あの事務所で?」

「はい。もちろん、今すぐにと言う訳ではありませんが、金斬さんが本格的に働くつもりでしたら、一緒にどうでしょうかと誘われましたので……」

「…………」


 青江さん、いったいどういうつもりだ?

 俺に対しては用心棒になるなと、いろいろと否定してきたと言うのに、なぜ三咲さんは自ら誘っているんだ?

 いや、それとも誤解をしているのか?


「それってつまり、三咲さんは用心棒になるという事なのか?」

「いえ、青江さんと同じ事務の仕事のつもりです。それで金斬さんの補助とかいろいろとできるようですから」


 ……どうやら用心棒をしろと言っているわけじゃないんだ。

 青江さんと同じく、依頼の整理や依頼先の調査など、そう言った事務仕事の事を指しているんだ。


 しかも俺の補助って、変にそういう気遣いはいらないから。

 しかし、仕事内容は分かったが、なぜ青江さんが三咲さんを誘ったかだが……


「あのビルで暮らす以上、学校にも通うつもりはありませんと話して、せめて働く場所だけは必要だと、勧めてきたのです」

「…………」


 学校、か。

 俺は……辛い思い出があるけど中学は通っている。けど、三咲さんは今は通っているんだろうか。たぶん俺と同年代だから、通わないといけないはずだ。

 けど、少なくとも高校には通うつもりはなさそうだから、青江さんは事務の仕事を勧めてきたって事だろう。働かなければ食えないしな。

 しかし、それだけじゃない。多分、施設に任せられない理由があるからだ。

 他には任せられない。俺もそう言ってたし、だから俺と同じ職場になる予定の所で働けるようにしているんだ。

 悪く言えば、三咲さんの監視ともとれるけど。良く言えば同じ環境の中で三咲さんが将来を安心して生きられるようにするための下地なんだ。


 全部俺の推測だけど、所長はそう考えているんだと思う。

 彼女の背後がなんなのかまだ分からないから、いろいろと不明瞭に想うところもあるんだが……


「あと、金斬さんと同じ用心棒として働けないでしょうかと、質問をしたこともありましたが……」

「え!?」


 三咲さんがなんかとんでもないことを言いやがった。

 せっかく事務の仕事だと安心した矢先にこれだ。


「お前、用心棒になるつもりなのか!?」

「はい。ですが青江さんが、『そんな危険なことは任せられん』と言われました」

「…………そうか」


 そうだよな……だって俺だって簡単には……いいや、まだ許していないな。

 中学卒業までに、用心棒として必要な心構えと技術を磨いて早く認められるようにならないといけない。

 俺だってまだ入り口に立っていいことを許されただけで、スタートしていいとは言われてないんだから。


「私、お母様から教わった銃の腕には自信があったのですが、それだけではだめだとおっしゃってました」


 ……むしろそれはそれでかえって危険じゃないか? と、言おうと思ったけど、余計なことは言わないことにしよう。

 銃の腕が優れていても使いどころなんかあんまりないし、むしろ逆に法律違反で捕まりそうだ。


「『もう少し、用心棒として必要な心構えを覚えてからにしろ。話はそれからだ』とも言われました」

「……おい、お前本当に用心棒になるつもりなのか?」


 だってお前どう見ても身体が細いし、体力とか大丈夫なのか?

 拳銃が扱えるのと、意外と身のこなしがすごいことを除けば…………あれ、結構いけるんじゃないか?

 いやいや、変に世間知らずな所があるし、安心できないって。


 それなのに三咲さんは疑いのないやる気に溢れた笑顔で応える。


「はい。あなたの助けになれるなら、私はあなたと同じ用心棒になりたいです」

「そんな理由でなるんじゃない。もっとこう、明確ではっきりとした理由が必要なんだ」

「明確で、はっきりですか?」

「そうだ」


 俺を理由にするのなら、そんなの自分の理由じゃないだろうが。

 明確な主題があって、願いがあって、目的があるから理由なんだ。


「俺は、理不尽な暴力からどうしようもできない人を護る。安請け合いでも偽りでもなく、最後まで貫き通せるために…………」


 ……そうだ。もうあんなことがあってはならない。

 己の力不足を、思慮の浅さを、また痛感することは合っても取り返しがつかないことになってはならない。


『…………嘘つき!』


 脳裏で昼江と夜の泣き顔が横切る。

 約束も守れず、そのまま二度と会えなくなってしまったあの後悔を、もう味わいたくない。

 だから……


「……俺は用心棒になるんだ」

「…………」


 俺が一通り言い終えると、三咲さんは感心したように少し口を開け江微笑んだ。


「それが金斬さんの、用心棒になる理由ですね。とても、素晴らしいです」

「…………本当に?」

「はい。立派なことだと思います」


 ……こんなことを話したのはこいつだけだけど、それでも最後まで笑わずに聴いてくれた。

 俺はそれが少しだけ嬉しく思う。


「でしたら、次は私ですね」

「え?」


 そう言うと三咲さんは、自分も何か大切なことを言うのか、一呼吸を置いた後、その小さな口を開けて話す。


「私は、金斬さんのおかげで新しい場所を知って、新しい人に出会えました。お母様がいなくなって独りが嫌だった私に、金斬さんが助けてくれました。その恩を私は忘れません」


 ……正直大げさすぎる。そんなの俺からすれば半ば無理がある誘いだ。警戒しているなら乗らないだろうし、それを信じたのはお前に過ぎないんだ。

 だけど、それでも三咲さんは他意のない理由を語る。


「金斬さんの夢を支えられるために、私も用心棒になります」

「…………」


 それはあまりにも純粋で、一途で、盲目的にも見える。

 本当にそんな理由で用心棒になっていいのか?


「お前、だから…………」


 結局変わらないような理由に文句を言おうとして、俺は言葉を止めた。

 目が本気だ。

 理由がともあれ、三咲さんの言っていることは正直で真っ直ぐだ。

 多分、嘘でも誤魔化しでも欺瞞でもない。本当にそのつもりで用心棒になると言ったんだ。

 ……変に強情になって反論しても、仕方がない。


「……お前が用心棒になるには青江さんの許しが必要だ。だから、せめて必要なことはちゃんと学んどけよ」

「はい。頑張ります」


 もう、理由についてこれ以上言及するのはやめよう。

 青江さんも、まさかこんな形で用心棒志望が一人増えてしまうとは思わなかったのだろう。 

 所長。後々の苦労、心中お察しします。


「あの、金斬さん。お願いがあるのですが」

「なんだ?」

「また、あなたの家に来てもいいですか?」

「え? いや、家には親父がいるし……」


 ……いや、待てよ。

 別にそんなに困ることはないんじゃないか?

 やましいことはないんだ。だったら別にいいんじゃないか?

 親父には友達でもなんでも言えばいいし、


「俺と約束をしてくれたらいいよ」

「約束?」


 そうだな。こいつと別れるとき、どうしても心配なことが心に残るから、せめてもの保険だ。


「約束してくれ。次に俺に会うまで、銃は抜くな」

「はい、いいですよ」

「軽い……」


 本当は今後どんな場面でも銃は使うなって言いたいところだけど、それじゃあハードルが高そうだからひとまずの目標として、俺に会うまでとした。

 一緒にいるときは俺がしっかりしてもいいけど、

 俺がいない時でも銃を抜かないように……銃を抜かないことを慣らす必要はあるな。

 いやぁでもいきなり一人にして大丈夫だろうか……大丈夫なのか…………

 いかん。心配が拭えない。


「本当に大丈夫だろうな。お前の意思の強さを信じてもいいんだな」

「はい。あなたとの約束、私は必ず守ります」

「……じゃあ、信じるよ」


 信じてみよう。俺との約束を大切に思っているのなら、

 もうちょっと念を押して信じてみよう。


「復唱してくれ。どんなことがあっても銃は抜きません」

「……わかりました。どんなことがあっても銃は抜きません」

「よろしい。いいか、悪い男に捕まりそうなら逃げろ。逃げ切れないなら助けを求めろ。決して銃は使うな」

「はい」


 さてと、銃器については問題ないんだけどまだ心配することがある。

 これから三咲さんが家に帰るんだけど……

 また夜の街に出るようなことはないのだろうか。


「あと、家には一人なんだろ。家事とかいろいろと大丈夫か?」


 俺がそう言うと、三咲さんは少しだけ目を伏せて寂しそうになる。


「そうですね……暮らしていく分には問題ありませんし、お母様がいなくて静かではありますが……」


 しかし、寂しそうに感じられていたのも一瞬で、すぐに明るさを取り戻し……


「楽しみができました。あなたに会えてよかったと思います」


 ……三咲さんが嬉しそうに微笑みを浮かべながら言ってくれた。

 心の底から感謝するような、そんな純粋な笑みだった。


「……そうか。それはよかったよ」


 けど、それはお前だけじゃあないよ。

 もしかしたらお前に会えて俺も何か変わるかもしれない。

 特に理由はないが、ふとそんな風に思えた。


「……じゃあ、またな。三咲さん」

「はい。金斬さん。また会いましょう」


 また次の週末に事務所へ行くための最寄駅でまた会うことを約束し、お会計を済ませた後に俺は三咲さんと別れた。

 若干の名残惜しさが尾を引き、週末にはほんの少しだけ期待することになった。

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