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陸零話 清算、これで終わりか?

 あたたかい。

 なんだろう、痛みも苦痛もそんなに感じない。手足の感覚もまるでない。

 どうしたんだろう。俺は今どうなっているんだ。

 俺はいったい何を……


「…………ん?」


 ………………なんだ、ここ。

 この感じ、俺は今寝かされているのか?

 天井が見える。窓はない。しかし周囲に何か棚や机のようなものがあり、誰かの部屋と言う感じがする。

 ということはここは室内で、俺は誰かにここに寝かされたのか?

 それに今の俺ジャージじゃない。布一枚の簡素な服に替わっている。

 と言うことは…………どういうことだ?


「いや、そもそも俺はいったい何をしてたんだったっけ?」


 えっと、確か……

 …………………………

 ………………………………

 ……………………………………

 …………………………………………!


「俺……なんでここにいるんだ!?」


 そうだ。確か俺は戦場と化した火蛇族サラマンドラの里にいて、そこで昼江と一対一で本気で戦い合って……

 それで、昼江が熱凝石で俺ともども自爆しようとしたから俺が止めようとして……

 ……で、なんで俺はここで寝ているんだ?

 あの悲鳴の声も、焼けるような空気も感じない。火蛇族さらまんどらの里じゃないのか?

 何か途中に大事な過程があったはずだが……


「……う、ううん…………」

「ん?」


 え? だ、誰なんだこの声? 俺じゃねえぞ。

 ってか先から隣になにか……

 なにかが俺の寝ているベッドにいる!?


「誰だ!」


 俺は身構えて布団を掴んで思いっきりめくった。あっさりとその何かが姿を現す。

 俺の隣に添い遂げるように、深い眠りについているのは、


「!? 昼江…………!」


 俺の隣にいるのはずっと追い求めていた、頭に包帯を巻き俺と同じ簡素な服をした浮空昼江が……!


「生きて、いる…………!」


 安らかに寝息をで眠っている。本気で殺し合いをしていた時とは思えないほどだ。

 生きている。生きているんだ!

 よかった…………!


「けど、なんでここに…………?」


 抱きしめたいこともあったが、喜び以上に謎が多い。

 爆発の直前、眩しいほどの光。あの後に一体何か起こって………………いや、


 そう言えば、あれがあった。

 夢なのか現実なのかさっぱりわからないが、あの時俺は四年前にいなくなった昼江と対話をした。

 昼江と夜の入れ替わり、あの時あいつが何を思っていたのか、俺の気持ちだって十分吐き出しだあのときのこと。

 だとすると今のこいつは昼江じゃなくて夜の方か?

 結局あれはなんだったのかわからないが……


「俺たち……生きているんだよな」


 俺自身の身体を確認すると、治療の痕がある。頭、腕、脚……特に左肩と右手が重点的に治療されている。

 不思議だ。死ぬつもりはないがあの傷ではどうも助かる感じがしないと思っていた。けど。見事に治っている。

 まだ万全には動かせないし、所々痛むけど、欠損も後遺症もなさそうだ。


「夜は……」


 こいつも見るかぎり、いろいろと治療が施されている。

 体中擦りむいた痕や切り傷、俺との戦いの傷など目立つ痕跡はあるけど、少なくともひどい所はない。


 よかった…………けど、なんで俺と夜を同じ所に寝かせているんだよ。

 周りを見渡す。ベッドはこの一つしかない。

 場所塞ぎなのかなんなのか知らないけど、扱いが丁重なのか適当なのか……

 少々悩ましく思うと、隣から夜の寝息が聞こえてくる。


「……すぅ……すぅ…………」

「…………」


 こいつ、なんか随分安らかに眠ってないか? とても本気で俺を殺そうとした女の子とは思えねえや。

 けど、目を覚ませばいったいこの状況をどう思うのだろうか。

 そもそもここがどこなのかわからないんだけど、俺たち大丈夫なんだよな。


 と言うか、こいつ相当寝相は悪い方なのか、簡素な衣服がいろいろと乱れており、特に前の合わせの部分がはだけ、大きな胸の間が見えている。


 ……早く布団を戻そう。どっちも怪我人だ。

 とにかく俺は状況判断をしようにもまだ満足に身体が動けない。

 正直夜がとなりにいるのは落ち着かないけど仕方ないや。頑張れ俺。


「……ううん…………」

「!」


 夜が……目を覚ますのか?

 あ、これってまさか……!

 まずいんじゃね? なんとかしなくちゃ……!


 俺の予感から次の俺の行動に繋げられる前に、夜が目を開ける。

 寝起きははっきりとする方なのか、夜のまぶたが開いて俺の姿を捉えると……


「…………白零君?」

「…………おはようございます」


 ……とりあえず、目覚めの挨拶をする俺なんだが、なぜか不思議にも可愛いと思えてしまう寝起きの夜の顔が、俺の姿を捉える。

 この時はまだ覚醒していない為いろいろと分かってない感じがするが……


「…………えっと」


 夜がぼんやりとしながら俺の姿を見る。

 そして自分の、やや乱れた着衣の姿を見る。

 また俺の姿を見る。しかも目線が、布団を掴んでいる俺の手元を見る。

 そしてまた自分の怪我を治療した後の姿を見る。


 すると、夜のまぶたが半開きから徐々に大きく見開かれ…………


「…………」

「…………」


 …………………………………………そういうことですね。


「白零君……!」

「いやちょっと待て…………ぇ!?」


 目覚めが早かった夜は、状況確認をすると早速俺の首元に手を伸ばす! 俺を絞め上げる気か!

 そうはさせない。俺は首と夜の手の平の間に自分の手を差し込んでガードする!

 夜が握力全開で手の平ごと首を握ってくる!


「待て……なんで俺が糾弾されなきゃならない……!」

「白零君……どうしてわたしと白零君がこんな恰好をして、こんなところにいるの?」

「そんなの、こっちが聞きたい……!!」


 なんか、今の夜は単に混乱しているとしか思えない。

 とにかく相手を冷静させなきゃ……なんと言えば…………!


「とにかく待て! 話ぐらいはさせろ……………………!」

「!?」


 ピクリ、と

 夜の締め上げる手が……緩んだ…………!

 そうか、こいつはまだ自分の事を昼江だと思っている。ならば……


「白零君……今なんて…………」

「そうだ、落ち着け夜。もうこうして殺し合いをする必要はない。とにかく落ち着くんだ……」

「ふざけているの? わたしは昼江よ!」

「っ!」


 うおおおおおおおおお!!

 夜の締め上げる手がさらに強まり、勢い余って俺をベッドの上に押し倒していく!

 今こいつ否定しなかったか?


 ああそうか。よっぽど昼江がいなくなったことが認められなくて、夜自身を犠牲にしてまで作り上げるほどだ!

 そう簡単に自分が夜だなんて認められるわけねえよな。


「夜は死んだ、わたしは昼江。白零君、こんな時に間違えるなんて、あなたらしくないわね……!」


 どうする、ここは否定か? 肯定か?

 いや、否定だったら振り出しに戻りそうだ。多少無茶をしてでも……!


「自分のことを『わたし』と呼ぶのは夜、お前だけだろ! いいかげんに認めろ!」

「!? 違う! わたし……じゃない。あたしは…………浮空、昼江…………!」

「…………!」


 がっ…………!?

 ちくしょう! 折角事が丸く収まったかと思ったら軽くぶり返しが来てしまっているじゃないか!

 くそっ! 俺も昼江も満身創痍。しかし、今は俺はベッドの上で仰向けになって、その上に跨るように夜がいる。

 いくら力では俺の方が上でも、全体重で俺の首を絞めにかかられちゃ、手だけで防ぎきれない!

 なんとか、こう……なんとかできる方法はないのか!


 いや、身刀流で挑むなら……!


「待……て…………がっ!? よ、る…………!」

「この、まだ……!」


 昼江が衣服の中に手を入れて投擲物を出そうとする。

 しかし、ここはもう戦場じゃなく武器は取り上げられているはず!


「…………!?」


 ここだ!

 まだ起き抜けで癖のように武器を探ろうとした夜だが、武器がないことに今さら気がついたことで思考に少しだけ空白が生じる!

 その隙をついて、俺は昼江の手と俺の首の間に挟んだ手を引っこ抜き、昼江の簡易服の襟をつかみ、やわらのごとく横に思いっきり引っ張る!


「あっ、きゃ!?」


 服を引っ張られて逆にベッドの上に倒された昼江の上を、今度は俺が覆いかぶさり動きを封じにかかる!

 体制逆転。ついでに動きも封じる!


「身刀流。身体の段・四つ首取り」


 俺の両手で夜の両手首を掴み、さらには両足で夜の両足首を掴む。夜の両手両足は掴まれ、さらに俺が上となった夜に体重をかけているので満足に動けない。

 俺の体重を押しのけるほどの力があれば不可能だが、夜にそんな力はない。

 夜の全身は封じさせてもらった。


「白零、君……あなたは…………!」

「身刀流に素手で挑むなど、無謀なんだよ」


 この技で相手を封じるにあたって、必然的に近くなる夜の表情。

 と言うか全身が近い。俺の全身と夜の全身がいろいろと接触してしまってるんだが……

 いかん。逆に不意を打たれそうな距離だ。


「くっ…………!」


 なんて、こっちが戸惑っている場合じゃない。

 俺の眼前にある夜の顔は、怒りというよりも戸惑いによって乱れている。

 何度も同じことを言うが、とにかく今は夜の精神を落ち着かせるしかない。


「少しは落ち着きやがれ、浮空夜」

「さっきから何を言ってるのよ! あたしは昼江! 浮空昼江よ! 夜はあの時死んだのに、あんたは何を勝手に……!」

「俺はその昼江と実際に話をしてきた」

「…………は?」


 お、夜が少しだけ驚いて静かになってきた。

 ここでさらに畳み掛ける。


「あの時、お前が俺と心中をしようとした時、俺はなんというか、よくわからないところに飛ばされてさ……そこで、本当の浮空昼江の人格と遭遇した」


 あの時のあれは、本当になんだったのかさっぱりわからないけど、多分嘘や幻なんかじゃないと思う。

 あいつのあの涙は、本当に夜が自分を殺したことを哀しんでいた。


「あいつ……泣いていたよ。お前が夜であることを捨てて自分自身が昼江と名乗ってしまったことに……」

「…………」


 もうわかっているだろ。

 こんなことをしても何にもならない。本当の昼江にはならないし、夜としてのお前がいなくなるだけだ。

 ましてや俺はそんなの、全く望んでいない。


「たのむ、夜。もう自分を偽らないでくれ。昼江は生きている。表に出ないだけで、生きているんだ。だからもう、自分を偽らないでくれ……」

「…………」


 こんなの、殺し屋をやめさせる以前にはるかに深刻なことだ。

 夜の人格を取り戻す。まずはそれをしないといけなんだ。


 夜が俺に表情を見せずに下を向いて俯いている。

 …………震えている。

 いったい、こいつは何を思ってそれほどまでに辛いことを……


「……なんでそんな嘘をつくのよ」

「え?」


 あれ?

 落ち着いたかと思ったら夜の顔がまた一段と厳しい感じになったぞ。

 しかもさっきより蔑みの色が濃くなったような気が……っていうか、


「嘘、だと?」

「なにがよくわからないところよ。なにが本当の夜よ。そんないい加減なことを言ってあたしをバカにしないでよ!」

「おぉい!」


 いかん、また夜が再び騒ぎ出した。

 いや、そりゃ確かに俺自身も信じがたい話だけどさ……!


「夜! とにかく暴れるなって! お前まだ傷だらけなんだからよ!」

「あたしは昼江よ! もう離して! 白零君!!」

「…………!」


 ああもう面倒くさいな! どうしてこいつはこんなに面倒くさいんだ! あ、元からか。

 ちくしょう、何とかこいつを黙らせるいい方法は…………!


 はっ! 閃いた!

 ちょっと脅し文句としてはどうかと思うが、頭突きするよりはましだろ。


「いい加減黙ってろ夜! 黙らないと今から俺はお前にキスをするぞ!!」

「ちょ…………えぇ!?」


 お…………黙った。

 なんかすごい罪悪感が生じてしまうけど、仕方がないよね?


「……夜。俺はもうお前とは戦わない。もうあの戦いで決着は着いただろ」

「…………!」


 夜の瞳が不安げに揺れる。

 けど、言うべきことは全て言わなくちゃならない。

 夜と俺の視線を交し、俺は一つずつ言葉を紡ぐ。


「俺は死ななかった。お前は生きている。ならばあの清算は俺の勝ちだ」

「…………」


 本当はなんで俺とこいつが生きているのかわからないし、そもそもここはどこだかさっぱりわかんないけど……

 もう、あの戦いに決着は着いたんだ。ならばそれでいい。


「もう、いいだろ。夜……認めろよ!」

「だからあたしは……」

「観念しろと、言っているんだ!」

「…………」


 夜の顔はもう泣きたいのか怒りたいのか分からないくらいグチャグチャに感情が乱れている。

 それからの夜の口からは何も出てこない。ただ、嗚咽のような漏れ出るような声が出てくるだけだ。


「…………………………………………………………」


 長い沈黙、それでも俺は何も言わずに待ち続ける。

 どれだけ待ち続けても、夜から言葉が出るまで俺は動かない。


「…………………………………………白零君。わたしは……」


 っ! 夜……!

 やがて夜はゆっくりと口を動かして……


 ガタッ!!


「!」


 今、後ろから物音が……


「誰だ!!」

「あっ…………」

「!」


 えっ…………?


「零ちゃん……」


 俺が振り向いた先、開いた扉の前にあいつがいた。

 俺をそう呼ぶ声、小柄な体、和服、長い黒髪。

 そして、こちらを見つめる瞳は、いつもの穏やかさはなくなにか戸惑っているように見える。

 …………さすがにこれは予想していなかった。


「千代…………!?」


 間違いない。千代だ……千代が目の前にいる。

 なぜ、ここでお前なんだ……!? 何でお前がここにいるんだ!? ここどこだか知らんけど。

 いや、そもそも俺がここにいるのは千代がやった事なのか? いや、いくら千代でも俺と昼江を一緒には運べないし、そもそも火蛇族サラマンドラの里に来たとでも……


「零ちゃん。なにをしているの?」

「え?」


 そう言えばなんで千代の瞳は若干戸惑いと言うかそう言う風に見られているんだ?

 俺は少々自分に置かれた状況を確認する。


「…………」


 ……たぶん病院用のベッドの上、夜を押し倒しその上の俺が四つ首取りで覆いかぶさるように見える。

 しかも、さっき首を絞められていた時に夜の服を掴んで投げていたから胸元がかなりはだけている。

 あれ? 前にもなかったか似たようなシーン。

 やばい。千代じゃなかったらなおさら大変なことになってたんじゃね?

 いや、千代の場合でも汗が出てきてしまうけど。


「千代。これだけは聞いてくれ」

「なに?」


 けど千代は俺を非難するようには見ていない。久々の俺なのに状況がこれなのできょとんとしているだけだ。

 ただ純粋な疑問なんだろう。と言うかそうであってほしい。

 だったら下手な言い訳はせずにシンプルな一言のみに尽きる。


「千代、聞いてくれ」

「うん。なに?」

「これはケンカじゃない。もう決着は着いた。わかったか?」


 なんか伝える言葉どうしようかあんまり思いつかなかった挙句なんか苦しい言葉を出してしまったけど……


「けんかじゃない? じゃあ零ちゃんは昼江さんに乱暴しているわけじゃないの?」

「その通りだ。これはあくまで話し合いをしていたらなんかこうなってしまった」


 本当は昼江じゃないけど、説明は後でいいよな。

 うん。ありのままを言ってもどうしようもないし、さすがにそんな言い訳は苦しいか…………?


「……いいえ。白零君は悪い子で、本当にどうしようもない悪人よ」

「え?」

「!?」


 お、おい夜! お前はいったい何を……!

 やめてくれ! ここで陥れることを言われたら誤解が深まる!!


「白零君ったら、あたしの体を無理やりベッドに押さえつけて、それでがわたしが大人しくしていないとわたしにキスをする気なのよ。まったく、とんだ乱暴者ね」

「ちょ、おい! 待てって!!」


 よりにもよって言うところはそこ!? 何か悪意ある言い方だよ今の!?

 いかん、千代がちょっと残念そうな顔をしている!


「零ちゃん……乱暴はだめだよ」

「待て、千代! 誤解するな! こいつがあまりにも錯乱して暴れるもんだから押さえつけるために――――――」

「あたしの服をはだけさせてベッドに押し倒した」

「――――――こいつの服をはだけさせてベッドに、って夜!?」


 変な誘導入れてくるんじゃないよ!!

 余計誤解が深まったらどうするんだよ!!


「零ちゃん。一応零ちゃんと昼江さんは怪我人だから大人しくしちゃだめだよ?」

「え、指摘するとこそこ?」


 ちょ、さっきまでのくだりはなんなの?

 え、千代。もうこの格好による追及はもうしないの?

 ってか、本当に誤解は解けたの!?


「千代……俺は無実だ!」

「うん、わかった。零ちゃんは昼江さんに乱暴したくて乱暴したんじゃないんだね」

「…………」


 え、ちょっと待て。

 その言い回しは違う! しかも千代の事だから嫌味じゃなくて素で言ってるだろ!

 本当に誤解が解けた!? 俺に対する印象変わってない!?


「千代……」

「あはは。白零君ったら、そんなにおどおどしちゃって、本当に女の子の扱いが残念ね」

「夜…………?」


 こいつ、なんでこんなに楽しそうに笑ってんだ……?

 さっきまで怒りそうだったり泣きそうだったりじゃないのか……?


 いったい……


「……まったく、いつまでもウジウジと悩んでいたあたしがバカみたい」

「!」


 違う。

 夜は口元は笑みを浮かべているけど、瞳からは涙を流している。

 こいつ、泣きながら……笑っている。

 腕を押さえているから顔を隠せず、せめての抵抗に横に向いている。


「四年経ってもわたしを諦めない。こんなにもどうしようもない悪人を絶対に放らない。どこまでもバカな人なんだから…………」

「…………」


 俺は、四つ首取りを解いて、夜の前に座った。

 夜はもう俺の首を絞めようとしたり暴れたりはしない。ただただ大人しく片手で涙を拭った。


「もういいわ。あたしの敗けよ白零君。こうも滅多打ちにされたら、逃げられないじゃない……」

「夜…………」


 夜が敗けを認めた……のか?

 もう抵抗することなんてなく、静かに笑いながら目を伏せた。

 そうか。もうこれでこいつは自分を偽ることは……


「あたしは昼江よ」

「……わかった。そういうことにするよ」


 ……結局するんだな。

 はあ…………もう、疲れた…………

 こいつを夜と認めさせるにはもうしばらくかかりそうだ…………

 殺し屋をやめさせるのはまだ無理そうだが、止める方法はいくつか思いつく。

 ならば一旦、これで安定したと言ってもいいだろう。


「零ちゃん」

「ん?」


 千代がゆったりとした足取りベッドの上の俺に近づいてきてくる。

 いったい何のつもりかと特に警戒もしないでそのまま千代が何を言うのか待っていると……


「ちょっと、ごめんね」


 ギュッ……!


「え、なにを…………!」

「あら、大胆」


 千代……!

 いきなり、千代が上半身を起こした俺に抱き着いて着た。

 しかも結構深い方だ。


「うん。やっぱりこの感じ、零ちゃんだ…………」

「お前。いくらなんでも行動が突拍子もなさす……」


 ……千代?

 あれ、お前なんか震えていないか……?

 それに、顔を俺の胸に埋めているけど、いったいどういう表情をしているんだ?


「零ちゃん……ちょっとだけ怖かったよ」

「え? あ…………」


 そうか……

 千代からしてみれば、俺はお前の事を待たずに勝手に火蛇族サラマンドラの里に行ったんだ。

 しかも、どういった経緯なのかはわからないけど、夜と戦ってボロボロになった俺の体を見て相当心配したに違いないんだ。

 と言うか本来俺、怒られても仕方がない立場なんだよな……


「千代。俺…………」

「やっと零ちゃんに会えたのに、零ちゃんが零ちゃんじゃなかったから、なんだか零ちゃんがいなくなりそうで、怖かった」

「千代…………?」


 俺に会えたのに俺が俺じゃない?

 なんだそりゃ、よくわからないけど……


「千代、心配かけた。けど俺はここにいる。もう大丈夫だ」


 抱擁しても心配が拭えない千代に、俺は千代の頭をそっと撫でた。

 少しずつ、心を落ち着かせる。


「ん…………」


 千代の震えが少しずつ収まっていく。

 俺の事、そうまでして心配してくれたのか。なんか照れくさいぜ……


「ありがとう、千代」


 けどそろそろいいよな。いつまでもこれは恥ずかしすぎる。

 俺は千代から離してくれるように言おうとするが……


「おーいクロチー。けっきょく病室から戻って来ないけどどうなんだ?」

「ヒャッハー。もしかして例の仲間が目を覚ましたのか?」

「!?」


 誰? しかも聞き覚えのない声!

 また誰かがここにくる!

 まずい! 今の俺は、夜(まだ衣服がはだけたまま+ちょっと涙目)と千代(抱擁姿勢)と同じベッドの上に!!

 空気読んでくれ! 入ってくるな! あともう数分だけ待ってくれ!!

 そんな思いも虚しく、どんどん影が差しかかって……


「おーい。クロチー…………」

「ヒャッハ…………」

「……………………」


 ……………………なんだこれ??


「あ、もう体の方は大丈夫なのですか?」

「ヒャ、ヒャッハー。七割だ。それはそうと…………」


 おい千代。いま親しげに話しているけどなんだこいつは。

 なんかものすごく歪なオートバイが、操縦者に押されたわけでもないのひとりでに部屋の前にきているんだが……


「おい、これ…………」

「…………」


 ……なに、これ?


 なんか、オートバイの座席の部分になまくびが乗ってない? しかも頭に変な物を装着している。

 しかも今オートバイのなまくびが喋らなかった?

 しかもなまくびとは別にオートバイが喋ったりしなかった?


 えっと……うん、そうだな。


「なんじゃこりゃああああああああああああああああああああああ!!」


 何だこの…………よくわからんなにかは!?


「いやぁヘルメスぅ!! 乱交! 連行! 不純異性交遊だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「ヒャッハー! それを言うなら■■■■■■だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「違うわぁ!!」


 やっぱりなまくびとオートバイが喋った!?

 つーかなまくびにオートバイ! 今お前らなにとんでもない事言ってんだ!? 千代や夜がいるってのに!?


「れ、零ちゃん。落ち着いて……キノサキさんは、零ちゃんがいないときに知り合った人なの」

「人!? これ人じゃねえだろ!?」


 お前、俺がいない間に何をどうしたらオートバイと知り合いになるんだ!?

 ってか今、キノサキとか言わなかったか!?


「まさか、あの殺し屋……ガンスロット=キノサキ!? なんでそんなのがここにいるんだ!? それと千代! お前俺がいない間になにおかしすぎる知り合いなんか作っちゃってんの!?」

「オーノー! こちらとヘルメスがおかしいとか言われちゃったよ!」

「いやおかしいだろ! オートバイの座席になまくびがくっ付いた人間なんてふつういないわ!」

「ヒャッハー! キノサキのメインボディは今修復中なんだ! これがデフォルトだと思ったら大間違いだよ!」

「ヘェルメェス! 罰としてこいつの衝撃的光景を視聴データに記録したぜ!」

「おい! 何の罰だよ! 消せよ!!」

「零ちゃん。あんまり騒ぐと傷口が広がるよ」

「こんな時でも冷静なのはいいけど、だったらこいつらを説得してくれ!」

「白零君、初めは優しくしてくれるって言ったのに、後々乱暴になるんだもん…………」

「おい夜! こんな時に根も葉もないでたらめを言うな!!」

「ヒャッハー! 裁判長! 判決を!」

「いよぉぉぉぉぉし! 今日から君のあだ名は『白髪しらがねぎ』だぁ!!」

「なんでだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 ……もう、やだ。

 病み上がりなのに、めんどくさい奴ばかり増えてしまったせいでしばらく俺は気を落とすしかなかった。

 ああ、さっきまでの空気はいったいなんなんだよ……

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