伍弐話 ……この時が来るのを、待っていた。
うふふ、実はね……あたしの雇い主は軍でも皇族でもないの。
あたしの本当の雇い主は、軍や上層からは『下位派』って呼ばれている、主に火蛇族の中でも下位扱いされる蛇人の集団よ。
軍に雇われた振りをして、裏で工作をしていた。
なにが目的か?
……あたしたちの目的はね、この里から下位とされている火蛇族を解放することよ。
わかるでしょ? 蛇人が、精霊術が使えないからと言って冷遇されること。
その上里に下層、中層、上層なんてものがあるせいで差別されること。
ねえ、蜥蜴人以上の火蛇族は軍などで働けるけど、蛇人は普段何をしていると思う?
せいぜい、里の内の建物の補修、または軍に対する奉仕ぐらいしかないわ。
……別にそれ自体は悪くはないけど、それぐらいしかできない。多種族が訪れる事もないから宿は緊急時ぐらいでほんのごく少数。
なによりも、働きに対する対価が釣り合わない。
軍だって、軍寮があるから最低限の生活があるにも関わらず、蛇人の平均基準は、まったく満たしてはいない。
え? そんなに無理を強いたら、過労やら病やらで、大人数が減少してしまうんじゃないかって?
そうね。もともと火蛇族は生命力が満載だからそうそう病気にならないし怪我をしても大抵は治る。
だからと言って、無理を続けさせればいいわけはないのよ。それなのに、怪我や病気を治療するのは中層部のみ。
同族のくせして扱いは全く違う。火蛇族の中でも蛇人の価値は馬ぐらいしかないのよ。
逆らうにも相手は強すぎる。精霊術の有無でも決定的に違うのよ。
……でもね、考えてみて。
何も火蛇族はここだけで生きているわけじゃない。いくつか村は存在するし、最終的には村へ逃げればいいと考えられるのよ。
……だけどね、里はそんな蛇人を逃がしたりはしない。
突然だけど、あなたとガルシャード君と白零君は、いったいどうやってここに入ったの?
……いいから答えてみて。
え、里の番人にわざと捕まってここに入ったの?
……なるほど、確かにそれなら蛇人でも水妖族でも人間でも、里には入れるってことね。
どういうことだって? そのままの意味よ。
火蛇族の里に自由に出入りできるのは、皇帝のみ。結界と言うべきなのか、里にはある精霊術がかけられていて、その術者が許された火蛇族じゃない限り、里を出ることはできない。
わかる? 蛇人は誰一人里を出ることが許されない。だからガルシャード君は、番人に捕まることでここに来たんでしょうね。
番人が許可を求めて通した、侵入者と脱走兵がね。
え、ガルシャード君からは聞いてないって? そんなことあたしに言われても困るわよ。たとえ番人に見つからなくても潜入できるところじゃないのよ。
話を戻すけど、その術者に許されたのは軍属ぐらいよ。もちろん裏切り者は解くけどね。
だからわたしやアルバロス将軍がどう頑張っても結界をどうにかすることはできない。その為には族長……火蛇族で一番の精霊術師である皇帝をどうにかしないといけないの。
どうにかする…………それも、ただ皇帝の首を取るだなんてやり方が通用するわけじゃないわ。皇帝が死んでも精霊術が解けるとは限らない。
もしも、それが本当だとして皇帝が死んでしまったら、もう二度と里の外へ出ることはできなくなる。
……ははは、もっとも皇帝がそう簡単に敗れるくらいの弱さだったら楽勝だけどね。
……なぜこんな事をするのかって?
そうね。たかだか偶然この世界に迷い込んだだけの人間であるあたしが、大した思い出もなく、蛇人に力を貸す理由が。
でも、あたしが話せるのはここまでよ。
それ以上訊きたかったら、わたしに協力しなさい。
2
……………………。
階段を昇る足が思わず止まりそうになった…………
「……これが、昼江殿が話された内容だ」
「…………マジか」
……もう、なんというか言葉が出ねえ。
あいつ……そんなこと考えていたのか…………
里で辛い事を強いられてきた蛇人のために……
しかし、
「レイラさん。火蛇族の族長がどれほどのものなのか知らねえけど、勝てるものなのか?」
「いや、おそらくは無理であろう」
しかし、あっさりとレイラさんは不可能だと断言する。
まあ……そうだろうな。
「族長の座に就くにもいろいろと条件があるが、この実力主義の里では相当強い者とみるだろう」
「王族とか、欠員で決めることは血胤ないのか?」
「ない。この里では、ある決闘の儀式により皇帝を打ち破ったものは新たな皇帝として認められる風習がある」
「…………」
火蛇族、怖っ。
しかしそうだよな。戦力が足りないからあいつはレイラさんを仲間に引き入れようと……
しかしまあ、銀生とかアルバロス将軍とか、結構強いのがいるけどそう言う問題じゃないよな。
だから俺たちのようなたった三人でも、障害になるなら徹底的に閉じ込めているんだな。結局脱走しちゃったけど。
あいつの狙いはわかった。いつも以上にとんでもない事を考えていた。
「それと白零殿。昼江殿からもうひとつ言伝がある」
「言伝?」
「『今まではなんだかんだで見逃したけど、これさえも邪魔するなら、今度こそ容赦はしない』と」
「…………」
容赦はしない、か。
本気で俺に殺しにかかるという事なのか。
それほどあいつが賭けていることは命がけということか。
なんかとことん俺に対する扱いがひどいな。
……だけど。
あいつは風精族の里に来ていろいろと不穏な動きを見ている。
里の蛇人全員を脱出させるためにあいつはなぜ風精族にいたのか。
……思い当たるとすれば、カルリトロスがあいつに殺されたこと。
関係あるかどうかは知らないが、風精族の里が襲撃されたこともある。
「白零殿。いったい彼女はなんだ? なにを得てあの迷い子はそこまでのことをする」
「……それは」
「白零殿のことを低く見るわけではない。しかし、あの迷い子は生半可の事では止まらないぞ」
「…………」
それは今に始まったことじゃない。元の世界にいた時から俺と昼江との戦いは終わることはなかった。
しかし、ガルシャードから聴いた事、それにシャレにならないことを企んでいる事……
おそらく、俺と昼江との戦いは、これで最後になるかもしれない。
「……ガルシャードを探すぞ」
とにかく、あまり長話をする余裕はない。
ガルシャード。お前はいったいどこに……
「…………外が騒がしい。白零殿、急がれよ」
「わかった」
3
どこを探そうとこの建物の中にガルシャードはいなかった。
仕方なく俺たちは収容施設っぽい建物から外へと出た。
そのはずだったのだが…………
「これは……」
「……なんということだ」
いったい、どうなっている……
俺もレイラさんも目の前の光景が信じられない…………!
火蛇族の里が…………炎上している。
『『『―――――――――――――――――――っ!!』』』
主に里の中層部を中心に、火蛇族同士が殺し合いをしている。
剣や炎が飛び交い、あちらこちらで火災が発生している。
建物のほとんどが焼けているし、それ以上にたくさんの火蛇族の血が流れている。
なんだよ、これは…………!
「レイラさん。まさかもう昼江の言っていたことが……!」
というかあいつ、いくらなんでもこれはやり過ぎじゃ……!
「いいえ、違うわ。向こうから仕掛けてきたのよ」
「え…………!」
今の声はまさか……!
俺は声のした方へ顔を向けると……
「ん?」
なにかが俺の顔に向かって飛んで……
……って鉈!?
「白零殿!」
「危ねっ!」
紙一重で顔を横に傾けて回避!
……危ない。なんとかギリギリで回避することができた。
「無事か白零殿!」
「大丈夫だ。だけど……」
折角の再会、出会い頭に酷い事をする。
改めて向ける視線の先に……
「……さすがね。今のを避けるなんて、やっぱりやるわね」
「……昼江!」
……こんな状況でも制服姿だなんて場違いな格好をした昼江が、左手で鉈をもてあそびながらこちらへ歩いて来る。
久々の再会にいろいろと言いたいことがあるが……
「……この事態を起こしたのはお前じゃないのか?」
向こうから仕掛けてきただと?
昼江はもはや作り笑顔もなく深刻な表情で説明する。
「いいや違うわ。皇帝派の連中が、あたしたち反乱分子の動きを不審に思ったのか、見事に先制を取られたわ」
「先制、だと?」
この状況を昼江は起こしたわけじゃない。
ということは…………
「間抜けにも、アルバロス将軍の部下が『皇帝派』の前で不審な動きを見せてしまってね。……その上、ただでさえ『下位派』……つまりあたし達の事を不審に思っていたから、もう芋蔓式に次々とバレてしまってね…………この有様」
昼江は戦場と化した里の中層部を眺めて呟く。
「もっとも、前々から疑いはあったからどこかで穴があったかもね。もしかしたら言いがかりから生じてしまったかもしれないし」
「おい、このままだとお前の企んでいたことはいったいどうなる」
不意に俺は、昼江の考えたことがこの先どうなってしまうかを訊いた。
方法が暴力的とはいえ、あくまで下層部の住民を救う名目のある事だ。つまり、これから昼江が何か企みを発するかだが……
「……そこの水妖族の人から聞いたのね。まあ、解っていたことだけど」
「……そのつもりで私に話したのであろう? 白零殿に伝言を伝えることをそうていして」
「あら、なんのことかしら?」
しらばっくれるように乾いた笑いを浮かべながら、しょうがないように昼江は頭を振りながら、弱弱しい声で吐いた。
「不意撃ちに殲滅、ただでさえ圧倒的な戦力差……正直言って、ジリ貧のまま終わるわね。策の一つもなかったらこのまま終わるわ」
「準備を終える前に攻められたか。ならばもう打つ手はない、と?」
「いいえ、だったらあたしは次を有利につなげるだけよ」
「なに?」
昼江はもてあそんだ鉈を左手で改めて掴み、その先端を上層部の立派で不釣り合いな建物に向ける。
「こんな混乱した状況だから、皇帝の方はむしろ甘く見いているかもしれないわ。銀生さんやアルバロス将軍は頑張っているけど、向こうにもあと二人ほど将軍がいるから大して変わらない。けど……」
昼江がこれから何をしだすのか、大体予想ができた。
おそらく……
「もう暗殺しかないわね。あたしが皇帝の所に潜り込んで……殺す、しかない」
「…………」
暗殺。
どさくさに紛れてたった一人で皇帝の所に行くつもりか。
しかも銀生を含めて誰も助けてくれるわけもないこんな状況で……
「勝てると思っているのか? 気づかれずに殺せると思っているのか?」
「生憎、捨て身の策が一つあるわ。殺せなくても欠損ぐらいは狙えるんじゃないかな?」
「お前…………」
「残念だけど、強襲に限れば銀生さんにも劣ってしまう。だったら後が有利になるようにしてみるだけよ」
……こいつも、自分の目的と理想のためなら、妥協を許さず徹底的に行動する。
それが命を懸ける事であろうと、安易に止まりはしない。
けど……
「……じゃあなんでお前はここにいるんだ。昼江」
いつもの昼江ならば、俺なんかに構わず一直線でその皇帝とやらの所に行くだろう。
しかし、昼江はなぜか口元を引き上げると……
「……ふふっ、ガルシャード君を探しているなら、近くにいないわよ」
「はあ?」
話の腰を折っていきなりあいつの話をしだした。
意味が解らないが、そんな俺に構うことなく昼江は指を下層部の端の方の建物に向けた。
「あそこに下層部の住民たちを匿う地下シェルターがあるの。そこへ行けば彼に合えるわ」
「……シェルターだと?」
「ええ、こんなことが起きてしまう事を想定した場所がね。安全のためにも早く行った方がいいよ」
「…………」
昼江のこの言葉、おそらく嘘ではない。
多分、皇帝に逆らうって大きなことを考えていくから、こんな規模の大きい争いだって想定できただろう。
目的が下層部の蛇人の救出ならば、安全地帯ぐらいもうけなきゃ本末転倒だ。
そうか。昼江は…………
「……レイラさん。先に行ってもらえるか」
「……わかった。気を付けろ」
俺の一言にレイラさんは余計なことは訊ねず、素直にガルシャードがいるであろう建物へと向かってくれた。
昼江も別にそれを止めはしない。あくまで俺と一対一になることを望んでいる。
「……さて、なんであたしがここにいるかだって? ふふ、決まっているわ」
昼江は腰に吊るした大振りな鉈を抜いて、俺の方へと突きつける。
若干笑っている。無理矢理口を引っ張ったような不自然な笑みだ。
こんな時でも昼江は作り笑いをしていやがる。
「せめて死ぬ前に過去の一つぐらい清算しなきゃ、いろいろとしまりが悪いのよ」
「……清算、か。俺もいい加減にお前と問答し続けるにも、我慢の限界だ」
昼江は今、本気の目をしている。
俺を殺すことに……いや、俺を止めてこの先自分がすることにの方か?
「あの水妖族のお姉さんに伝言した警告は聞いた?」
「聞いた。けど、聞くつもりはない」
「でしょうね。立場が逆でもあたしは同じことを言うからね。だから……」
……昼江は左手の鉈を俺の方に向けてくる。
さらには腰に吊るした鉈を右手で一本抜いてくる。
「白零君。今のあたし、悪い人よ。相手が悪であれ外道であれ、その命を狩り、そのために誰かを利用する悪よ。けどね……」
……殺意。
警告なのか本気なのか、鋭い眼光を俺に向けている。
「用心棒のあなたを殺せば、もうあたしは救いようのない悪になるわ」
「昼江……」
「白零君。こんなどうしようもないあたしを、それでも止める?」
試すような目が俺を見つめている。
俺の答えは変わらない。
「……止める。その為にここまで来た」
「そう。だったらあたしも、あなたをここで終わらせるわ!」
「昼江!」
もう次はない。これで終わりにする。
俺はジャージの前のジッパーを全開まで開く。
そして、袖を肘まで捲り上げ、裾を膝までたくし上げる。
「……久々に見たわね。白零君の本気」
ジャージの戦闘用着こなし。
こいつをするときは本気の時だ。
行くぞ、昼江!
昼江との決戦




