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 閑話 運び屋ロビィの心配事

復活しました!

まずは閑話から、どうかよろしくお願いします。

 常に変わらず、大きく満ちたままの月が照らす夜、風精族シルフィの里は時間に関わらず緊張感とざわついた空気が満ちていた。

 そんな中、運び屋ロビィ・クルールはラネットの部屋の窓の縁に手をかけて物思いにふけっていた。

 というのも数日前、突如いなくなってしまった一人の用心棒のことだ。


「三咲さん……だ、大丈夫かな…………」


 現在、ラネットの家にはロビィとセーヴェとアデルしかいない。アデルは一回で晩酌をしており、家主のラネットは忙しい様子であり、そして自分と同じ人間であり用心棒である三咲さんざき黒千代くろちよは、数日前に自分やセーヴェに対し何の説明もなく里からいなくなってしまった。

 理由はラネットから聞いたのだが……


『クロチヨはもう一人の仲間と合流するために里を出て行ったわ。だから大したことはないから大丈夫よ』


 ……とのことだ。確かラネットや黒千代と一緒にお風呂に入った時にそんな話を聞いた気がする。

 しかしロビィはどうも腑に落ちない。ならばなぜいきなりいなくなってしまうのか、そもそもその仲間と離れていたのはなぜか、そしていきなりいなくなったという事は急がなくてはいけない理由があるそうだが……

 結局の所、ロビィがいくら考えようがまったくわからない。推測ならいくつでも出てこようが、結局推測にすぎないのだ。

 それだけじゃない。


「ここの……風精族シルフィの里に、なにか起こるの…………?」


 所詮よそ者の人間にはわからない事かもしれないが、今は気が張り詰めたような状態と言う事はわかる。

 しかしそれがなぜなのかわからない。少なくとも外側近くの町には届いていないし、その状態なのは中央部近くの所だけらしい。

 ロビィは仲間であるキッドやデヴィッドのお見舞いで、時々小耳にはさむので、具体的なことはわからなくとも、何となくだが緊張していることがわかる。

 確かに、初めてここに来たときは周りの木が焼けてひどい状態になっていたし、その外側に近い街もひどいことになっていた。

 まだまだ自分はこの世界の事について全く知らない。巻き込まれる形でこの世界に来たのだからこのままおとなしくして、きたる時に“月の口”を通って帰ればいい。

 しかし……


「セ、セーヴェ君……」

「…………なんだ」


 ロビィは窓から外を見るのは止めて、後ろの方へと目を向けた。

 部屋の床に座り、メモを片手になにやら難しそうな本を読んでいるセヴェリーニの姿がある。

 黒千代がいなくなったあの時から変わらず、少々不機嫌だ。態度も少し悪いし、口も少し荒い。


「げ、元気出して……三咲さん、つ、強いし……それにラネットさんの口ぶりから、また戻ってくるから…………」

「別にオレはあの人がいないからって元気がないわけじゃない。勝手に決めるな」

「は、はい…………」


 黒千代のことを出され、さらに声が低く、ますます機嫌の悪くなったセーヴェの声に、ロビィは逆に委縮してしまい、何も言えなくなった。

 言葉ではそんなことはないと言っているが、黒千代がいなくなったことを知った途端、明らかにショックな顔をしたことをロビィは見た。そして、あいさつも何もなしにいなくなったことに腹を立てていたことも知っていた。

 だからこそなのか、そのやり場のない怒りはとにかく風精族シルフィ領内調査隊の隊長から借りた本と、自作の翻訳メモを手に読み解いていた。

 夜とはいえまだ眠りに入る時間ではない。日を跨ぐまでまだ時間がある。


「…………キッド君たちの所に、行くよ」

「…………」


 まだ安静して入院中の仲間たちのお見舞いに行くつもりだが、セーヴェからの返事はない。

 ロビィもこれ以上なにも言わないまま、部屋を静かに出て行ってしまった。


「…………くそっ」


 いくら表面を取り繕うと、苛立ちだけは収まらない。

 確かにいなくなったことには苛立ったが、セーヴェにはもう一つ懸念していることがある。


「あの殺し屋の奴…………」


 それはかつて自分の命を奪おうとした殺し屋、ガンスロット=キノサキの事である。

 数日前にキノサキが唐突にここを訪問してからあのあとどうなったのか、ロビィもセーヴェもわからない。

 しかし、いくら黒千代が強かろうがもしもキノサキが数日前に言った通り、黒千代に付いているのかと思うとなおの事安心はできない。

 いや、同じ里にいるのもそれはそれで安心できないのだが、


「…………」


 セーヴェはそれでも騒いだりなどはせず、静かにじりじりと燻らせつつもおとなしく本を読み続けた。



          2



「セーヴェ君を、お願いします」

「……はぁい、わかったわ。いってらっしゃい」


 一階でほろ酔い気味になっているアデルにお願いをした後、ロビィはラネットの家を出た。

 家から例の診療所までそこそこ距離があるが、今のロビィにはあまり疲れると言ったことは感じず、そのままなにもなく診療所へとたどり着いた。


「ついた…………」


 もうこれでいったい何度目の訪問だろうか。

 すっかり受付にも顔を覚えられ、要件を言わずともすぐに例の病室に案内され、ロビィは目的の病室の前へと難なく辿り着いた。

 控えめなノックとその直後の返事に続き、そっとロビィの手が扉の取っ手に触れる。


「キッド君、来たよ……」


 ロビィが静かに病室の扉を開け、おそるおそる声を掛けながら入った。

 すると、明かりも付けていない病室の中で、ベッドに座っている(・・・・・)キッドが、やれやれと呆れたようにロビィを見て、呟く。


「またッスか、ロビィ。毎晩来るのはいいけど、無理はしちゃだめッスよ」

「だ、大丈夫……ロビィは平気。毎日が元気、だから…………」

「どこがッスか。元気と言うならそんな不安そうな顔をしちゃだめッスよ」


 キッドは、腰かけていたデヴィッドのベッドから静かに腰を上げて立ち上がり、ロビィの為に用意した椅子をデヴィッドの病床の隣に置いた。

 そこにロビィは座り、時間をおいて言葉を選びながら、先ほど言われたことを言い返す。


「で、でもキッド君だって、もう退院しても大丈夫なのに、まだここにいるままだよ?」

「デヴィッドさんを一人にはできないッスよ。こんな未知な場所で生きるには少し警戒し過ぎがちょうどいいッス」

「そ、そうだね……」


 決してこの場所に心を完全に許しはしないと言うキッドに、ロビィは萎縮するしかなかった。普段から臆病で人見知りだったロビィでも、少しはこの世界に慣れていると思っているのだろう、だからこそキッドは自分だけでも警戒心だけは忘れてはいけない。

 ロビィも確かにこの先が安全とはまだ言い難いと思うが、それでも少しはこの世界に馴染めているのだろうか。

 本当に心を許して信じるべきか、まだ疑いの余地があるべきか。


 まだまだこの世界には謎が多く、安心し切れない。

 でも、人見知りではあるものの、心許せる人がいるならばできるだけそれを心地よく信じ続けたい。


 なにはともあれ、ここ数日毎晩いつものように病室を訪れては元気になったキッドの隣でデヴィッドの病床の近くに座り、キッドにセーヴェの事やこの里の事など、自分の周りの近況について話していた。

 そしていつもの確認事項。


「デヴィッドさんは、大丈夫?」

「問題ないッスよ。さっき静かに起きたっぽいッスけど、疲れか何なのかもうすでに眠ったッスよ」

「そう……」


 デヴィッドの様子を聞いたロビィはひとまず安心するように静かに息を吐いた。


 ほんのつい一昨日、ロビィとキッドの願いが届いたのか、デヴィッドはとうとう意識を取り戻した。

 とはいってもほんの数分、言葉を発したのもほんの少しだ。

 だが、それを知ったキッドやロビィ……特にロビィの方は涙を流すくらい喜んでいたという。

 峠もすでに越え、まだ安静ではあるものの、デヴィッドの回復を願って毎日ここに訪れ続けていたロビィだが、今回は少々違う用件でここに来た。


「ね、ねえ……キッド君、実は、大事な話があるの…………」


 ロビィは真剣な顔をしてなにか大切なお話があるとキッドに斬り出してきた。


「ん? 大事な話ッスか? 肝心のデヴィッドさんは眠りに入ってるッスが……」


 と、キッドは隣の病床で寝息を立てて眠っているデヴィッドを見た。

 急ぐ必要のない大事な話なら運び屋全員で揃ってするべきだが、それでも構わないと言うように、ロビィは頭を横に振るった。


「ううん、いいの……デヴィッドさんにも話さなくてはいけないけど、まずはキッド君から話そうかなって……思ったから…………」


 改まった様子で姿勢を正して、いったい何を言うつもりなのだろうか


「キッド君。実はね、風精族シルフィの皆さんのおかげでロビィたちの車が、ここまで運ばれてきたらしい。もしかしたらまだ動けるかも」

「!」



          3



「……う~ん、ちょっと飲みすぎたかな…………」


 一方、ほどほどに酒を飲んではいい感じにあたまがめぐり始めた状態で、アデルはグラスの中の酒を回しながら、深く考え事をしていた。


「セーヴェ君……元気ないねぇ…………」


 現在、自分がいる家の二階で迷い子の少年は黙々と本を読んでいる。それは、他にもいたらしい黒千代の仲間に会うために、突然黒千代がいなくなったことに関係するだろう。

 それに、前にこの家に突然訪れてきたあの愉快な迷い子も最近では全く話に聞かない。結局あの子はどうなったのだろうか。

 また、もう一人の迷い子であるロビィもなにかしら考えがある様子だ。

 そして……


「ラネットは何も言ってこないけど…………」


 自分の娘が、何か大ごとに取り掛かろうとしている姿が見える。何も言わなくてもあれがただ事ではないということがわかる。

 しかし、一般人には風精族シルフィの中枢にかかわる事情には入り込めない。


 少し前まではあれほど楽しく賑やかだった皆が、それぞれ何かしらの深い事情によって離れ離れになっている。

 その上、これはあくまで自分の予感だがその一部が、無事に戻ってくるのかどうか胸騒ぎがするのだ。


「みんな、大丈夫かしら…………」


 できればもう一度集まって、また楽しげに話してみたい。

 今度はロビィの仲間や黒千代の仲間とやらにも一度会ってみたい。


 アデルにとって、仕事以外で娘にこんなにもつながりができることは喜ばしいことだ。だからこそ、アデルは遠くにいる黒千代の無事を願っているのだった。

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