肆参話 誤解とは、する方とされる方どっちが悪いんだろうか。
谷に近づいたところを番人に発見された白零たちは……
というわけで、火蛇族の里を守護する番人に見つかったものの、ガルシャードの言うとおりここは大人しくした。
その結果、俺を含む三人ともあっさりと捕まってしまった。…………あれ?
理由では、俺とレイラさんは種族的な理由から進入者扱い、そしてガルシャードは脱走兵扱いされて捕まった。
おいおい、ガルシャードは上司に斬られて、敵国に療養されてそれで脱走兵扱いはひどくね?
あと、俺たちに至っては完全に意味不明でひどくね? 確かに、入り口の谷にまで近づいたが……
まあ……前半は軍事とか俺にはわからないことだけど、やっぱりひどいとは思う。
俺たちは両手首をロープで括られた、身動きができない状態にされ、番人の飛龍に乗せた巨大な籠みたいなものに放り込まれて、里へ連行されている所だった。
「…………」
俺も、レイラさんも、ガルシャードも、皆縄らしきもので縛られ、身動きができない状態となっている。
こんな状況なのに、何かを考えているのだろう、ガルシャードは静かな様子で少しも動じずにいる。
だが、唯一口の部分だけは封じられてはいない。それに俺たちの声は、飛龍の羽ばたく音と、俺たちを入れた籠のせいで、あまり番人には聞こえないようだ。
けど……万が一のことはある。なんでわざわざ番人に捕まることになったのか、いったいガルシャードがなにを考えているのか、いろいろ気になったりはするが……
訊くのは後にしよう。気になるし知りたいが、ここは堪えよう。
盗み聞きされたら、堪らんしな……
「(白零殿、白零殿)」
「(……レイラさん。どうしたのだ?)」
……なぜかこの状況でレイラさんが小声で話しかけてきた。
いくら飛龍の羽ばたく音と、籠の中だからと言って、あんまり迂闊に話しかけてはだめですよ。
とは、言おうと思ったがレイラさんが何やら真剣な表情なので、大人しく話を聞く事にした。
「(……そう言えばついさきほど、白零殿が出した腕から気になってはいたが、訊きたいことがある)」
「(なんだ?)」
「(この間まで、白零殿は火蛇族の軍人に重傷を……左腕部と右脚部に酷い火傷負わされていたようだが……)」
「(え? あ、おい……)」
レイラさんは、両手を縛られながらも、俺のジャージの袖を再び捲り、左腕を出して見た。
そこには、かつて負った火傷の跡すらない、綺麗なままの腕がさらされる。
「(……やはり、妙だな)」
「(? 妙って……どうかしたのか?)」
「(……脚の方も見せてはくれぬか)」
「(?? わかった)」
今度は、ジャージの下の裾を捲り上げて、右脚を見せた。
さすがに足の方は縛られていない為、比較的簡単に捲れた。
こちらも火傷の跡すら残っていない、綺麗な足なのだが……
「(おかしい、どういうことだ。火傷を負っていたはずではないのか?)」
「(え?)」
レイラさんが俺の脚と腕を見て、信じられないようにつぶやきだした。
いやいや、負ったはずではって…………
「(いや、確かに負ってましたよ。カルリトロス将軍に精霊術で……というより、それはリュンピさんが治療したからじゃないのか?)」
「(そうだ。確かにリュンピ様は白零殿の火傷した腕と脚を治療したはずだ。しかし……)」
しかし? しかしなんだ?
「(リュンピ様曰く、『小僧の腕と脚の火傷はかなり深刻じゃ。皮膚の全層が損傷しており、最悪ならば障害が起こるぞ』と、おっしゃられた)」
「(…………え?)」
それって、深度三ぐらいじゃなかったっけ?
え? それもはや痛覚なくなったり、跡がずっと残るってレベルじゃね?
そんなに危ない状態だったの俺の腕と脚!?
「(『長い時間をかければ、完治は可能じゃ。しかし、今の妾は里を空けている身じゃ、長期間の治療は無理ぞえ。小僧の火傷を完治させるには一度里まで連れて行く必要はあるのじゃ』ともおっしゃられました。しかし腹部の傷の事もあり、無闇に動かせないことでもあるため、火傷に至っては最低限の治療のみで済ませたらしいのだが……)」
だが、実際には俺の腕も脚も火傷を負う前の綺麗なままだ。
どう見ても完治している。
「(どういうことだ……)」
レイラさんが疑惑の目を俺の腕と脚に向ける。
リュンピさんが完全に治したはずじゃないのなら、今のこの腕はいったい……?
「ほら、ついたぞ。降りろ!」
「「!」」
すると、籠の外から番人が荒々しい声で呼びかけてきた。
降りろって……
「もしかして、着いたのか?」
「ああ、そうだ。たった今到着した所だ」
「…………」
どうやら、そうこうしているうちに、飛龍は里に到着したようであり、俺たちは番人に籠から放り出された。
すると、籠の外へと出た俺たちに、入れられた時とは全く違う光景が目に入る。
見えてきたのは……絶壁、岩肌、そして狭い空。
街なんてどこにも……見当たらない。
里に着いたんじゃないのか?
「お前等、立て。そして進め」
「……どういうことだ。火蛇族の里に連れていかれるかと思ったが」
「ここは里から少し離れた所だ。ここからは、貴様らと俺が里まで歩いていくつもりだ」
「……そうか」
そういえばそうだよな。空飛んでいる生き物に地下進めとか、無理があるか。
だったらここからは歩きしかない。
「行くぞ!」
……ガルシャードはまだ静かなままだ。
俺たちは、特に抵抗することなく番人について行った。
2
特に何もない谷の中の道を進み、時々上を飛ぶ別の番人の飛龍を見つつ、俺たちは進み続けた。
しばらく歩くと、谷の中なのに洞窟が見えだした。
「(火山の中へと続く、地下洞窟であります)」
「(なるほど……)」
この洞窟から火山の中へと進んでいくのか……
…………ん?
「(ガルシャード、おい)」
「(なんでありますか? あまり話しかけないほうがいいでありますよ)」
ガルシャードは振り向きなどはせず、声だけで応答している。
だが、それでいい。
「(それもそうだが、どうしても訊きたいことがある)」
これは……割と重要なことだ。
いま、番人が前を向いているせいでこっちを見ていない、この時だからこそ訊くべきこと……
「(今さら訊くかとか思うかもしれないが…………火山の中に入って、俺とかレイラさんは大丈夫か?)」
「(え?)」
「(私も?)」
「(いやいやだって、溶岩とかすごい熱いじゃん。俺もそうだけど、水妖族のレイラさんだとカラカラに干からびそうな感じが……)」
「(……白零殿、今なんと?)」
「(!?)」
あ、あれ!?
なんかレイラさんからほんのわずか殺気が感じられるのだが……!
なんかとんでもないことでも……?
「(白零殿。まかり間違っても、水妖族に『干からびそう』などとは口走るな。潤いが足りぬとか、そういうわけではない)」
「(…………!?)」
なんか……なんかよく意味は分からないが、いっちゃだめなことはわかった。
わかったから落ち着いてくれ……
「(……しかしまあ、確かに火蛇族の陣地ならばそう心配するのも無理はない。しかし白零殿、私はあらかじめ精霊術で予防を張っている。水分に関しては問題はない)」
「(……なるほど)」
レイラさんに至っては問題はなしのようだ。
しかし俺は……大丈夫なのだろうか。
ジャージ焼けたくないな……
「(安心されよ。もし白零殿の身に危機が迫れば、私が精霊術で護ってやる)」
「(……その時は頼りにしているよ)」
まあ、そんな時は訪れないように努力はする。
そうこうやり取りをしているうちに、俺たちは洞窟の中へと入りだした。
「言っておくが、いくら中が暗かろうと、火蛇族には離れている体温を敏感に感じ取る機能があるんだ。逃げようなどとは考えるな」
「……逃げねーよ。戻っても谷しかねーじゃねえか」
「ふん! どうだか……」
とはいっても確かに洞窟の中は結構暗い。
近くにいるレイラさんやガルシャードは見えるが、道とかがよく見えない。
そんでもって……
「…………」
暑い……暑すぎる……
洞窟に入った途端、まるで蒸し風呂のように一気に気温が上昇した感じがした。
ガルシャードはもちろん、レイラさん何にも動じてはいないようであるが、
さすがの番人も、これぐらいならいいだろう。いいだろう。
さらに進むと、暗い洞窟を潜り抜けて……
「うわ…………!」
見えてきたのは、真っ赤に燃え上がる溶岩の海……
その中に一本だけ大きい道が浮かんでいる。
なんか……いかにもな所へ続く道っぽい。
「言っておくが、ここにきて逃げようなどとは考えるな」
「……逃げねーよ。周りがこんな危ない溶岩の海じゃ、走ったら危ないだろ」
「ふん! 軟弱な人間が…………」
……やれやれ、番人は全く嫌悪感を隠そうとはしない。
本当に、嫌われすぎだろ俺。いや、人間か。
またも、俺たちは静かに溶岩の上の道を進んでいく。
「…………うお、あぶね!! 溶岩が撥ねた!!」
「さっきからうるさいぞ人間! ……ふんっ、人間がたかが溶岩にもまともに触れられないのか」
「……人間は溶岩に触れたら火傷じゃ済まないんだよ!」
いやまあ別に俺たちが進んでいる道は溶岩の川よりも上へと盛り上がっているから、道を踏み外さない限り触れることはない。
しかし、近くにいるだけでかなりの熱気に当てられている。正直熱い……いや、暑い?
そんな、溶岩だらけの海に浮かぶ一本道の上を、ただひたすら歩き続けていると……
……見えてきた。
「! あれは……」
「ここにくるのは初めてか、人間」
若干遠目ではあるものの、俺たちの目的地らしきものが見えてきた。
左右と後方を灼熱の溶岩の海に囲まれ、入り口へ続く道は一つしかない。
全体的に入り口近くから低い建物が多く、後方のには高い建物が多くみられる。
まるで溶岩の海の中に、ひとつの大きな島があり、そこに都市を丸ごと建てたようだ。
「我ら火蛇族の里だ。とりあえず歓迎はするぞ、侵入者」
「…………」
番人が不気味に嗤いだして、俺たちを見つめているが、俺はわざと無視して目の前に広がる都市を見た。
ガルシャード、お前はいったい何を考えているんだ……?
「(白零殿。訝しむ気持ちもわかるが余り表情には出されるな。この先には火蛇族の兵士が山ほどいる)」
「(ああ……わかった)」
いろいろと疑問には思うが、早まってはいけない。
まだ静かなまま、大人しく里にはいることになった俺たちであった。
2
火蛇族の里、下層部。
主に下位と定められた蛇人が住む、下町のとある宿の食堂にて、本来は中層部の軍寮にいてもいいはずの浮空昼江は、なぜか宿で朝食を食べている様子だった。
朝食とはいっても、半分は宿が用意した食事であり、もう半分は自分で用意した朝食である。
火蛇族は主に肉食中心の食文化であり、無論この宿も同じく肉が中心なのだが、それだけは駄目なのか、昼江はいったいどこから取って来たのか、持ち込んできた香草っぽいものや野草っぽいものまで混ぜて食している。
昼江が止まっているこの宿の場合、食材の持ち込みは許されているため、肉は宿に任せて野菜は自分で取るといった、栄養の摂り方をしていた。
黙々と、手製の箸を進めて全てを溜め終えた昼江は、最後に箸をおいて両手を合わせた。
「ごちそうさまでした」
食事を終えた挨拶を言うと、奥から蛇人の女性が出てきた。
パッと見では、火蛇族の男女は見分けがつかないのだが、もう長い事火蛇族を見ている昼江には、もはや慣れたものだ。
「あらあらヒルエさん。今日もまた、こちらの宿にお越しして、ありがたいわねえ」
現れたのは、先ほどの食事を作った調理人のようである。
どうやら一度目じゃないらしい、昼江の何度目かの宿泊に、昼江が食べ終わるのを待っていたのか感謝してきた。
昼江も満足そうに口元を拭いながら、香草などを入れていた容器を仕舞う。
「ふふふ、そう? 正直、中層部の軍寮の食事はハイカロリーばっかりで、それなのに美味しくないのよ。でも、ここの食事は持ち込みは認められているし、量も控えめなうえに美味しいからありがたいのよ」
「あらあら、そうなの?」
「そうよ。それにむさい男ばっかりの寮なんてずっといられるわけないわ。こうして静かな宿にあたしは一人で泊まりたいの」
「そう」
と、話をしながらもそろそろ外へ出る支度をする昼江。
軍に雇われた殺し屋として、仕事場へ向かうつもりだが、その前に蛇人の調理人が、なにか不思議な様子で言いだした。
「ヒルエさん……そう言えばなんだか表が騒がしくない?」
「ん? そう?」
調理人に言われ、昼江は耳を澄ませてみる。
確かになにやら外が騒がしい。まるで珍しいものを見るかのような声が飛び交っている。
「……いやね、こんな時に余計な面倒事を連れられたら困るじゃない」
昼江は荷物が手元にあるのを確認すると、外に何があるのかすぐ入口の方へと向かった。
受付に部屋の鍵を返すのを忘れない。
「それじゃあ私はこの宿を出るとするわ。また今晩にもお願いね」
「はい。かしこまりました」
受付の蛇人が鍵を受け取ったのを確認すると、昼江は玄関の扉から外へと出て、騒ぎの元へと向かって行った。
音を頼りに、石を敷き詰めた道を走り、すでに知り尽くした路地裏を抜け、多少ついた汚れを軽く振り払い、昼江はある大通りへと抜けることができた。どうやらこの道で何かが起きているようだ。
しかし、道の外ぶちを蛇人や、一部蜥蜴人が囲うせいで、昼江には何が起きているのか全く見えない。
「ねえ……ちょっとそこのお兄さん?」
「ん? おお、あんたか。どうした?」
「この状況、いったい何があったのか教えてもらえる?」
致し方なく、昼江は一番近くにいる蛇人に何があったのか訊くことにした。
この蛇人も、宿の時と同じ昼江とは既知らしく、すぐに答える。
「ああ……実は里を護る番人が、この里に侵入しようとした人間と水妖族、更には軍の脱走兵っていうのも捕らえたそうだ」
「はぁ? 人間と水妖族と脱走兵? ちょっとなんなのか見せて頂戴……!」
「あ、おい……」
どうやらこの里に、何者かが来たらしく昼江は、大通りを直接見るために、強引に群れる野次馬に身体を割り込ませて、中へと入った。
「い、いたた……ちょっと、あまり押さないでよ……!」
やがて、なんとか体を割り込ませることに成功した昼江は、大通りの中へと目を向ける。
「な、なんとか見えることはできるようになったわ。さて、いったいなにがあるのか………………!?」
見えてきたのは……昼江にとっては驚くべき相手だった。
「え…………?」
一人目は、全身青い肌で、どこか勇ましい感じがする水妖族の女性だった。とはいえ水妖族を全く見ない昼江にとっては、全く知らない人物である。
二人目は、かつて自分が入隊の手助けをした蛇人の軍人……いや、今は脱走兵扱いされているも、そうなった経緯を彼女は知っている。
「ガルシャード君、なんでここに……いや、それよりも…………!」
そして三人目。
真白い髪を後ろに流した全身ジャージのあの男。
この世界で初めて再会した時は重傷そうだったが、今はそんな様子も全くなく、健在な状態で番人に連行されている。
そう、本当に明らかに意図してここまで来るほどに……
「……本当に来たのね。白零君……!」
白零は昼江の事には気づいていない。
しかし、ここに来た目的は間違いなく自分の事だ。
何をするつもりかは知らないが、もし自分の目的を知れば明らかに邪魔をするだろう。
「わざわざガルシャード君を連れてくるなんて、なにを考えているのか……いや、決まっているわね」
しかし、言葉とは裏腹に、昼江の口の端がわずかにあがる。
明らかな怒りではない。
「……計画を早める必要があるかしら」
とにかく、どうやら自分の邪魔をする者がここに来た以上、これまで通りに事を進めるわけにはいかない。
昼江は大通りからはずれ、中層部へ延びる道へと向かったのだった。




