肆零話 ……待ち続けるだけじゃ、ダメなのか?
ガルシャードから聞いた昼江の本音。
その内容は……
「それは……本当なのか!?」
「はい。酔ったまま嘘をつくようには見えませんでしたのでおそらく本当であります」
「なんてこった……」
俺にとって、衝撃的だった。
あいつ……そんなことを考えていたのか……
というより……
「酔っぱらっていてろれつがうまく回らなくてあんまり聞き取れませんでしたが、思い出せばだいたいはそう言っていたような……」
「…………!」
いったい、どういう……!?
いや、なんで……!?
「……ハクレイさん。あの、一つ聞いていいのでありますか?」
「……! なんだ……?」
「もしかして、ハクレイさんってあのひとなのでありますか……?」
……ああ、名前は言ってないが俺の話題を出していたな。
「……そうだよ。俺が昼江の言ってたあのひとだ」
「……? なんだか悪く言ってた時と全然違うでありますが……?」
「……そして、昼江を殺し屋にさせるきっかけを作った一因だ」
「!?」
ガルシャードは信じられないように俺を見ている。
……そうだな。
まさかガルシャードから聞いた話がこれほどとは……
けどよ……
「目的は変わらない。俺はあいつを殺し屋からやめさせる」
「そうで……ありますか……」
「ガルシャード。お前は昼江にどうしてほしいんだ」
「自分でありますか?」
意外そうに目を丸くしてガルシャードはこっちに訊いてくる。
「昼江は今おそらくなにかとんでもなく危険なことを企んでいる。殺し屋とはいえ、自分が悪と決めたものには容赦はしない女なんだ」
「…………!」
「お前の言う火蛇族の里の情勢。このことにあいつが動かないわけがない」
あいつは……いったい何を考えて火蛇族に雇われているのかわからない。
だが、これだけはわかる。何をしてもあいつを止めなくてはならない、と。
「俺個人の感情だが、お前も昼江をどう思っているのか、どうしたいのか聴きたい。教えてはくれないか」
「自分は……」
ガルシャードはなにを思っているのか顔を伏せ少し迷うように小声で自らの本音を言う。
「……たいであります」
「なに?」
「恩を返したいであります!」
…………!
ガルシャードはこれまでにない強い声で自らの本音を吐露した。
「自分、軍に入ることができたのも、カルリトロス将軍に斬られていたのになぜかここに運ばれていたのも、おそらくはヒルエさんのおかげであります!」
「……気が付いていたのか」
「はい……そんな気がしたのであります」
そう言った後、ガルシャードは哀しそうな表情になり、辛そうに語る。
「……ヒルエさんはいつも笑顔でありましたが、自分にはどこか寂しそうに見えるのであります。それがなんなのかはわかりませんがこのままではいけないということがわかるのであります」
「……………」
お前もあいつの作り笑顔にうすうす気が付いていたんだな。
殺し屋になってから、嫌と言うほど見せられたあの……どこか辛そうなあの顔に……
「ハクレイさん。殺し屋をやめさせることはヒルエさんのためになるのでしょうか」
「……それは」
昼江はどういった経緯で殺し屋になったかわからない。
なにがあってああなってしまったのかは、俺には分かりきっていない。
だが、あの時俺がなにもしてやれなかったこととは無関係ではない!
「……お前の話を聞いていると、大事なことが分かったかもしれない」
昔の俺に欠けていたもの。
覚悟だけじゃなかったんだな。
あいつもまた別で辛かったんだな。
「けどな、それでも俺のやることは変わりない」
だからといってこのまま殺し屋のままでいいわけがない。
「正直、あいつに殺し屋をやめさせたいのは俺自身の我儘に過ぎない。いたって個人的な理由なんだ。けどな……」
殺し屋になってからのあいつは一度も……たった一度でも……
「殺し屋のあいつはいつも心の底から笑っていないから……だから俺は動く」
もう二度と……護れなかったなんて言わない。
言いたいことはたくさんある。
でもその前にあいつを止めなくちゃあならない。
「だから俺はヒルエを止める。これ以上あいつに誰も殺させないし、あいつ自身これ以上罪を重くさせない。自分から悪く言われるような道を歩ませはしない!」
あいつは自分自身の事をどう思っているのだろうか……
そこだけはこいつから聴くことはでいなかったが……
「それが俺の……俺の目指す用心棒というものだ」
「ハクレイさん……ヒルエさんを救うのでありますか?」
「違うよ、ガルシャード」
そんな驕ったような台詞、言えるわけがねぇ。
それにそう言うのは性に合わない。
「救うんじゃねえ。護るんだ。用心棒ってのは、暴力から人を護り、そして暴力を振るう奴に誰にも傷つけさせない事。そうすることで誰もつらい目に合わせないってのが用心棒だ」
そんでもって最後に決めるのは自分自身だ。本当に大事なのは護るのだと決める意思……
……あ、そうだ。
「なあ、ガルシャード。訊いていいか?」
「……なんでありますか」
だが問題はもう一つある。
それは……
「お前はこれからどうするつもりなのだ?」
「え?」
こいつのことだ。
昼江が俺に頼んでまで心配していた、火蛇族の兵士……
だからこっちのことも……
「今のお前は面倒な立ち位置にある。なにせ、この村を攻めようとした火蛇族の隊の一員だからな」
「それは……」
俺たちにつくことはつまり火蛇族を敵に回すということ……
いや、別に絶対的というわけではないんだけど、俺たちは何度も火蛇族の邪魔をしているし……
「昼江のことをどうにかしたいのなら俺と一緒に火蛇族の元まで来てほしい」
「自分がで……ありますか?」
「そうだ。まあ……案内ってとこだな」
未踏の地で一人歩くのはいろいろと、な……
しかし……
「しかし、お前は家族を楽にさせるために軍に入ったんだろ? だから無理強いはできない。だから決めてくれないか」
「……………」
これはさすがに俺だけで決めていいことじゃない。
こいつにもこいつで護るものがいる。
昼江のために違う誰かが犠牲になりゃ本末転倒だ。
「お前は昼江に恩を返したいなら俺と共に行動するか、それとも火蛇族の里に戻ってまた軍人になるか」
「……………」
正直残酷だが選ばせないといけない。
せめて相手の意志は尊重しないと。
「……自分は…………」
ガルシャードの出した答えは……
「……自分も、連れて行ってくださいであります。恩を返すためならば、たとえ敵に回してもヒルエさんを危険な道から遠ざけたいのであります!」
「……いいのか? お前はそれで……」
「どの道、自分を斬り捨てた隊であります。ここでのこのこと戻っても自分は……」
「……そうか」
まあそうだよな。
あんな将軍を容認しちゃう軍なんだし……
というか、義理堅いとは思ってはいたが不満とか不安はあったんだな。
「じゃあもしなにか、しがらみか何かでお前が……お前の大事な何かが危機にさらされそうになった時は…………その時は俺に護らせてくれ」
「……ハクレイさん」
「どの道苦しんでいる人を見捨てるわけにはいかねえ。やれることはすべてやるさ」
ならば決まりだな。
それじゃあ後は……
「一日待ってくれ」
「え?」
「準備とか、頼みごととか、いろいろあるから一日待ってくれ。翌日にもう一回ここに来る。怪我の方は?」
「あ、はい。もう大丈夫であります。戦う事はまだできないでありますが、普通に生活することは可能であります」
「そうか……だったら……」
刀がない。それなのに危険かもしれないところに足を踏み入れるのは……相当なものだろ。
だからこそ、いろいろと下準備が必要だ。
「一日待ってくれ。それまで準備を終わらせる」
「わかりましたのであります」
……できればそれまでの間帰ってきてくれ、千代。
2
同時刻、ところ変わって、水妖族の里。
住処がほとんど水中の、里の中で数少ない地上部分でのこと。
水妖族族長リュンピと、その親衛隊隊長のレイラは深刻な表情で向き合っていた。
「リュンピ様。風精族の使節から会議の要請が……」
「……やはりか。エンリュの奴も、今回の事態にはかなり頭を抱えておるの」
レイラの右手には、何かがつづられた一枚の紙が筒状に丸まって握られている。
内容は、レイラもリュンピもすでに知っているため、その内容について話し合いが行われる。
「……それはそうでしょう。今回の火蛇族による風精族の里の襲撃はかなりの大事です。その上、我々水妖族から遣った兵士たちも、無残に傷ついた様子でしたし……」
「向こうの上の者たちは、好戦的な者もおるからの。ま、力を見せると言うという意味も含まれているが……」
「しかし……難儀なことですね」
レイラは、これから起こるかもしれない深刻な事態に、溜息を吐くしかなかった。
リュンピは……表面ではあまり動じてはいないが、内心ざわついている。
「風精族と、そして水妖族が自ら火蛇族に攻め入るなど……」
「報復、といえばそれだけじゃが……」
リュンピはレイラとは別の紙を取り出し、目の前に広げて見る。
風精族が送り出したもう一枚の用紙だ。
「そもそも水妖族と風精族が同盟を組んだのは、それによって報復を恐れて火蛇族の方から攻め込まれないように、力を見せるためじゃからの」
「事実、風精族が水妖族と同盟を組んでから、火蛇族は迂闊に攻めることはなくなりました」
「ま、風精族が乗っ取られれば、次に狙われるのは水妖族じゃからの」
「……そうですね」
……リュンピにとっても合理的な理由はもちろんあるが、しかし言葉以外にも風精族に対し思う事がある。
だからこそ、里が責められた時も、今回の件も、彼女にとっては衝撃的なことだ。
「しかし、そうともかかわらず、火蛇族が何らかの裏をかく方法で里は責められた。同じことが二度起きるかもしれない以上、安心して安らかには眠れぬからの」
「…………」
リュンピの言葉に、再度レイラは沈黙する。
横から覗き見る主の瞳には、一種の覚悟という物が見えてきたからだ。
つまり……
「どうします。風精族の要請に応えますか?」
「……そりゃあそうじゃの。話を聞かずに居留守するのも、面倒なことになるからの。エンリュならまだしも他の風精族の上がめんどくさそうじゃし……」
言葉とは裏腹にリュンピは面倒くさそうに呟くも、要請には応じるそうだ。
しかしその後、脳裏にある一つの予感めいたものが浮かび、別の意味で深刻な表情で言う。
「のう、レイラ。今の火蛇族のこと、いったいどう思っているかの?」
「え? どう思うのかといわれますと?」
「妙じゃと、思われないかの?」
突然話が火蛇族の方へと話が変わり、戸惑うレイラ。
その上、話の内容が抽象的であり、なお困惑する。
「話に聞くと、風精族の里は制圧ギリギリまで追い込まれたそうじゃが、しかしいくつかの不確定要素が重なり、里は救われた」
「はい。一部には新たな迷い子の干渉もあるそうですが……」
「それだけじゃなかろう」
少ない情報をもとに、リュンピは思索する。
なにか、妙な感じがすると、嫌な予感を立てる。
「レイラよ。もしかしたら火蛇族は今、どこかがおかしくなりつつあるのではないかの?」
「……おかしく、でしょうか?」
「いや、おかしいのは元からじゃから、更におかしくと言った方がいいかの……」
いろいろとリュンピの中でいくつか、考えが浮かぶが全て予想の中の事でしかない。
動き出すには確証が少なすぎる。
ならば、
「うむ、レイラよ。ちょっと火蛇族の方へと行ってきてはくれんかの?」
「…………は?」
リュンピからの、突然で突拍子もない命令に、レイラは驚きを隠しきれなかった。
が、そんなレイラの顔を見て、リュンピは面白そうにくすくす笑い、続けて言う。
「そこでなにか火蛇族に妙な動きがないか見てきてはくれかの?」
「あ、あの……私がですか? しかし私は、リュンピ様をお守りする親衛隊隊長……」
「だからこそじゃ。最も強く、最も信頼の厚いそなただからこそじゃ。里の心配はするな。その為に妾がいるのじゃから」
「…………」
この時レイラの頭の中には、いつものあの言葉が浮かびだした。
またか、と……
しかしどんな命令であれ、主の言う事を聞く事が、レイラにとっての忠義である。
「……わかりました。不肖この私、レイラが火蛇族の里へと参りに行きます」
「その意気じゃ。それでこそ妾のお気に入りじゃ」
リュンピは周りに誰もいないことを確認すると、レイラの元にまで近づいてきた。
そして、自分より身長の高いレイラの首に腕を回し、リュンピは背伸びして顔を近づけ……
……ようとしたところをレイラに止められた。
「……おやめください。まだ執務時間中です」
「むう、変な所で堅いのう……もうすぐそなたがしばらく里を離れるから、せめて……」
「ダメです」
「むぅ」
……残念そうではあるが、あっさりとリュンピは退いた。
だが、切り替えが早く、すぐに口元に笑みを作り、命令を追加する。
「……じゃったらレイラよ。もうひとつ命令がある」
「……なんでしょうか?」
「火蛇族領に行く前に、ちょっと寄り道をしてはくれんかの」
「……? 寄り道、ですか?」
「うむ……もしもまだあの場所にいたらじゃが……」
リュンピが思い浮かべるのは、かつてこの里から迷い込んできた二人の人間の子供だ。
そのうちの一人、リュンピにとっては別の意味で気に入りそうな容貌の……
「あの綺麗な貌の小僧に、ちょっとばかしひっかけてはくれぬかの?」
あの用心棒の事を切り出した。
3
ガルシャードの説得、昼江の回想話、そして火蛇族の里へ行く準備。
火蛇族の里へ行くことを決意し、その後あっという間に夜を超えて翌日の朝。
なんだが……その、オーリエ村の外でのこと……
「結局……千代は帰ってこなかったか」
あいつ……本当に遅いな。いったいどうしたんだろうか……
いろいろと心配になるが、しかしこれだけ引きのばしても帰ってこない。
何かあったのか少々心配もするが……
「……ところで、なんでレイラさんがここにいるの?」
「久しい、とは少し違うか。お供する、白零殿」
「……後で説明してもらうぞ」
……なんか知らんうちにパーティが増えているんだけど…………
なぜにここでレイラさん?
「仕方がない。行くか」
「……あの、そこの水妖族はいったいなんなのでありますか?」
「……ガルシャード。後で説明してやるから安心しろ。だから今は訊くな」
しっかし……いったいなんなんだこのパーティは……
面子が特殊すぎるだろ。
「千代とラネット……なんて言うだろうな……」
「なにか言ったでありますか?」
「いや、なんでもない」
まあいいか。謝るのならいくらでも謝ってやる。
そう決意していると、レイラさんが、俺の周りをキョロキョロと見渡して、本来いるはずのあいつがいないことを訊く。
「白零殿。黒千代殿はどうかされたか?」
「それも後で説明する」
「ふむ……そうか」
まあ……千代やラネットはとにかく大丈夫だと信じる。
けど、半分は勘に似たようなものだが、昼江の場合は、あいつがあいつなだけにいろいろと安心できない。だからこれ以上は待てない。
幸い、言伝とか書置きとかいろいろと保険は残した。行き違いになっても大丈夫だろう。
まあ、それで再びあったらいろいろと怒られそうになるが……
その時はその時だ。
「ガルシャード。案内してくれ。説明は歩きながらだ」
「……わかったのでであります」
と、言う訳で俺とガルシャードと、なぜかレイラさんの三人はいろいろと支度を終えた後、医者の許可などももらい、ガルシャードの案内で火蛇族の里を目指すことになったのだった。
「で、なんでレイラさんがここに?」
「はい。実はリュンピ様が……」
途中、レイラさんの説明を聞きながら……だ。




