参壱話 気配を消すって本当に可能か?
さて、ガルシャード説得から二日目。
先日、全く通用しなかった俺は少しだけ質問の仕方を変えてみた。
知らないことを教えてくれと言うのではなく、すでに知っていることをさらに掘り下げて追及すると言う形だ。
多少鎌をかけたりもした。
その結果随分有益な情報も得た。
なんでも火蛇族の里の格差社会は徹底的なようだ。
実力主義であるらしい火蛇族は下位の蛇人は軍に入れてもらえない。
働けるのは哨戒や偵察、あとは斥候ぐらいしかさせてもらえないとのこと。
俺と千代が浜辺で会った蛇人も正式には軍ではなくその下っ端の奴らだったそうだ。
なぜこうまでして蛇人は低く扱われているのか。
原因は簡単だった。
蛇人は精霊術が使えないという事だった。
いったいなぜなのかはわからないが、上位の竜人や中位の蜥蜴人は多少の差はあれど全員精霊術が使える。
しかし蛇人は精霊術が使えないため、実力主義の火蛇族にとって低く見られるのだそうだ。
それ故、蛇人が下位扱いされ、軍に入れない理由って訳だ。
とまあ、わかったことと言えばこれくらいだな。
まだまだ軍の事や昼江のことがわからないことだらけだが、焦ってはいけない。
気長……とまでには行けないがちゃんと待つとしよう。
あ、ちなみにディオンさんに少しの間だけ働かせてくださいと頼んだところ……
……検討するから少し待てと言われた。
まあ、本当にたったの数日間だからな。あるといいんだが……
……あ、そう言えば先ほど里の方から兵士が来ていたようだが
なんでも国境を通った形跡もなしに、火蛇族の大軍が風精族の里を襲撃したそうだ。
日にちは俺がここに留まることを宣言した日であり、同時にラネット曰く、風精族領の月の口が開く日だそうだ。
で、詳しくわからんがいろいろあって連絡が遅れてきたようで、村の方も幾分か厳重に警戒されるようになったそうだ。
……おいおい、俺が知らないところでとんでもない事が起こっているじゃねえか。
……また昼江がそこにいるのだろうか。
いや、今はそこを考えても仕方がない。今できることに集中しよう。
しっかし、俺のジャージを直してくれた呉服店すげえな。
植物が豊富だとかで生地の種類も豊富!
しかも数年前にデザイナーの迷い子が現れたらしくバリエーション豊かだと!?
働かせてもらえるならっぜひそこで働かせてもらいたいな。
いやだって一口にジャージって言ってもいろいろあるからな。
あの呉服店ならなにか新しいデザインとか浮かぶんじゃね?
そんでもって協力してもらって新しいジャージとか新機能ジャージとか、
そうそう! 服とは違うけどサンダルだってさあ、もっとこう頑丈で――――――
2
おじさんのおかげでロビィさんと一緒にロビィさんのお仲間さんを探してくれるのですが、まずはどうやって探すのかと言うところです。
もともと初めはロビィさんのお仲間さんが発信機を、ロビィさんが受信機を持っているということで、場所が丸わかりのはずでしたけど……
「ご、ごめんなさい。向こうの調子が悪いのか動かなくて……」
と、いう事で結局どうやって探そうかと思ったのですが……
「あ、でもロビィたちは車で逃げていたからタイヤ痕を調べればわかるかも……」
どうもロビィさんのお仲間さんは車に乗って逃げていたようで、もしかしたらその跡が残っているかも知れないとのことです。
と言う訳で私たちは残っている痕跡を探してロビィさんのお仲間さんを探しに行きました。
そして、その二日後の昼の事です。
「つ、疲れた……」
「ずいぶん遠くまで来てしまいましたね」
いったいどれだけ遠くまで逃げたのでしょうか。
私たちが今いるのは、風精族さんの領内ではありますけど、森や平原があったところとは違い、山とか谷や崖は、大きな岩場もありました。
こんなところもあったのですね、と丘を登りながら考え事をしていた時です。
「ロビィ」
ラネットさんが周りを見渡ながらロビィさんを呼びます。
なんだか深刻そうな表情ですが……
「な、なに?」
「あんたの仲間、まずい方向へ逃げているわね」
「え? まずいって……どういうこと?」
ロビィさんが訝しげな表情になると、ラネットさんは構わずに続けます。
「そのままの意味よ。突然だけど、あんたは鳥人族の事は知ってる?」
「う、うん。一応……」
ロビィさんが自信なさげに私をちらりと見て言います。
種族の説明は数日前の夜にラネットさんの家で済ませました。
あくまで私の知識ですけど……
「なら知っている前提で言うけど、ここはね、鳥人族領の国境の近くなのよ」
「え? じ、じゃあ逃げ続けて隣の領地に入ったかもしれないってこと?」
「いいえ。もしこのままあんたの仲間が逃げ続けても、やがては国境で行き止まりに遭うか、仮に侵入したとしても、今度は鳥人族に捕るかもしれないわ」
「!?」
ラネットさんの言葉にロビィさんは驚きます。
そんなロビィさんを見てラネットさんは慌てて付け加えます。
「いや、あくまで可能性だから確信はできないからね! で、鳥人族は好戦的な種族でね、いろいろあってこっちには攻めないけど、隣の獣人族とは争い事ばっかりやっているからね。気を付けた方がいいわ」
「そんな……」
……これ以上不安要素は欲しくないですけど、それでも知らないといけないという事でしょうか。
私はロビィさんやラネットさんと話をしながら足元の跡も見つつ先へ進んでいると、
「お前ら、待て」
「?」
出発するときに話しかけた体の大きいおじさん……エイジットさんが足を止めてこちらへ振り返ります。
「? 班長、どうかされましたか?」
突然でしたので班員の一人である眼鏡をかけたお兄さんが訊いてきました。
「お前ら、今さっきなにか聞こえてこなかったか?」
「え? なにか、とは?」
「いや、あそこから……」
エイジットさんが右側あたりを指差したので私達は視線をそちらへ向けます。しかし、あるのは大きな岩と植物ぐらいで特になにも……
『――――――――――』
「「「?」」」
今のはいったい……?
何か声みたいなのが聞こえましたけど……
『ヒャ……ハ…………!!』
「「「!?」」」
また聞こえました。
間違いありません。これは……
「班長。今のは……」
「ああ、間違いない。これは声だ」
先ほど聞こえてきたのは誰かの声らしきものでした。
声にしてはなんだか荒々しい感じでしたけど……
突然聞こえてきた声らしくない声に班員の皆さんが緊張していると……
「まさか…………!?」
「……ロビィさん?」
ロビィさんが突然頭を抱えてうずくまりました。
心なしでしょうか……震えています。
「ロビィさん……どうしたのですか……!?」
「この声……間違いない……この声は……!」
もしかして……
「例の迷い子か?」
「…………はい。正確には片割れの方ですけど……」
同行してくれた風精族さんの皆さんも、追手の事は知っているようです。
エイジットさんが訊ねると、ロビィさんは信じられないような状態ではいと答えました。
エイジットさんやラネットさん、他の風精族さんの皆さんも頭を抱えます。
「……いくらなんでも、いきなり……」
「どうします? 確認のため、接近してみましょうか?」
「いいや。こんな大人数では気づかれる。だから……シャルロ」
「はい」
エイジットさんは眼鏡のお兄さん……シャルロさんの名前を呼ぶと、シャルロさんは先に声がした方へ行きました。
その後、エイジットさんは懐に手を入れて、何かを取り出しました。
それは……石?
取り出されたのは、おじさんがラネットさんに渡したのと同じ、緑色に輝く石でした。
しかし、大きさは同じではありません。拳くらいは大きいです。
「こいつは風聞石と言ってな。石から石へ風の状況を伝える道具で、離れた場所での風の情報を伝えるための道具だ」
「え?」
「風の状況を伝える?」
私もロビィさんもさっぱりわからないのですが……
『班長、いました。奴です』
「「!?」」
今のはもしかして…………
驚くことに石がひとりでに振動して喋ったのです。
しかも声は先ほど聴いたばかりの、シャルロさんの声です。
これはどういうことなのでしょうか?
「驚いたか? はは、これは使い方次第では空気の振動、つまり離れた所の声を伝えることができる」
「え、つ、つまり……会話ができるの!?」
「ああ。調査隊では誰もが必ず持っている物だ」
離れた所……本当に通信みたいなことができるのですね……
「近寄ることはできないが、対象に集中させれば声を聞き取ることができる」
それは……すごいです。
ということはシャルロさんも同じ石を持っているのでしょう。
『ただ……班長』
「なんだ?」
『明らかに人型じゃない奴しかいなのですが……』
「なに? つまり乗り物の方しかいないだと?」
ロビィさん曰く、追手の殺し屋は人と話す自動二輪車の二人(?)組だと言うことを聴きました。
初めは皆さんは信じられなさそうでしたけど、仲間が切羽詰った状況で嘘をつくとは思えませんでしたのでひとまずロビィさんの言う事は信じました。
そして、シャルロさんの話だと、喋ることができる不思議な自動二輪者しかいないようですけど……
「お、おかしいな……離れる事なんてそうそうないことなんだけど……」
「なんかよくわからんがそうだとしてもやることに変わりはない」
ロビィさんの疑問に構わず、エイジットさんは指を口の前に出して一つ注意をします。
「いいか。向こうの声がこちらに伝わることがあればその逆もある。大声を出すなよ」
「は、はい……」
「さて、来るぞ」
エイジットさんが言うと、手のひらに乗せた大きな石がわずかですが震えだしました。
そこから聞こえてきたのは……
『ヒャッハー!! どうしたどうした! キノサキ!!』
「「「…………」」」
……随分気分が高揚していますね。
なにか嬉しい事でもあったのでしょうか?
「まったく、なんて声出すのよ……」
ラネットさんがそう言いますが改めて、今度は大声に警戒しながら石の声に集中しました。
3
『ヒャッハー! 男二人を背負ってロッククライミングする気分はどうだい?』
『ヒャッハー! ちょっとそんなに荒ぶるなよキノサキ!』
『車はあったけど肝心の標的がいないことに苛つくのは分かるけど落ち着いて! ヒャッハー!』
『ヒャッハー! で、今のところ中腹? 崖に中腹って表現似合う?』
『ヒャッハー! どちらにしろもうちょっとって所なんだな!!』
『しっかし……おお! 逃がしてしまうとは情けない! ヒャッハー!』
『ヒャッハー! だからね、早く見つけてねって言ったじゃん!』
『ヒャッハー! そうカリカリするなよキノサキ!』
『大事な話はここまで引き上げてからだぜ! ヒャッハー!』
4
……傍から聴くと独り言をしているように思えますが、通信でも使っているのでしょうか?
でも……
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
……皆さん、なぜか無言ですけど…………
多分、向こうに気付かれない以外の意味もありそうですけど……
「……ねえ、クロチヨ」
「……なに? ラネットさん」
「こいつ、なんでいちいち枕言葉に『ヒャッハー』がつくのかしら?」
「うーん……わからない。でも、時々最後の方に付くけど……」
「この喋り方、聴くだけで疲れそうだし、イラッと来るんだけど……」
「ラネットさん。落ち着いて……」
なんだかラネットさんが疲れているように見えます。
気のせいでは……なさそうですね。
「そ、そんな……バレちゃった……!」
「ロビィさん……」
一方でロビィさんが、大事な仲間がつかまってしまったことに動揺します。
私は顔を青くするロビィさんの肩を叩いて必死に励まします。
「大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫……でも……」
ロビィさんの瞳が自信がないように揺れています。
自分を抑えることにいっぱいという事でしょうか……
「お前ら。言いたいことはわかるがもう少しだけ静かにしてくれ」
「「……はい」」
「恐らく向こうも離れた仲間と話しているんだろう。今さら驚きはせん」
エイジットさんに注意されましたので、改めて私たちは静かに石から伝わる声を聴きます。
5
『ヒャッハー。で、そう言えば訊き忘れたけどどうするの? それでも追うorあきらめる どっち?』
『はぁ? 戦って敗けたならいざ知らず、逃げられて失敗なんて嫌だって? ヒャッハー』
『ヒャッハー! とりあえず本機が推測するには逃げた場面に心当たりがある』
『ヒャッハー! 君だけをずっと見ているあの子の瞳のごとくずっと見ていたことはわかる!』
『ヒャッハー。でも結局出し抜かれたことは邪魔したやつらが本機たちを上回ったってことだ』
『ヒャッハー。でもって肝心の標的は何処に居るか?』
『ヒャッハー。キノサキが背負っているのが男二人なら……』
『……データベースが正しければ三人目のあの女が標的を連れ去ったってことだ。ヒャッハー』
『ヒャッハー! なにはともあれキノサキが帰ってこなければ動きようがない!』
『まったく……何という事でしょう!! ヒャッハー!』
6
………………。
……ひとまずこの人(?)たちの現状は分かりました。
あとはどうするかですが……
「……どうしますか、班長」
「……そうだな……」
……皆さん、なんだかもう疲れたような表情ですけど大丈夫でしょうか?
とにかく班員の一人に聴かれてどう判断するか迷うエイジットさん。
と、エイジットさんはあくまで小声でシャルロさんに話しかけます。
「おい、シャルロ。背負っているとか、崖を上っているとか言ったがまさか……」
『はい。例の乗り物の目の前に地割れのような大きい崖があります。おそらく目的の仲間は何らかの拍子にその割れ目に落ちてしまったようであり、それを例の迷い子はなんらかの方法で降りてまで、追ってきたということになります』
「それが、目的の子供がいなかったために登っている最中だと……?」
それを聴いた途端、エイジットさんは呆れを隠せない表情で溜息を吐きます。
いえ、エイジットさんだけではありません。
「……いくらなんでも崖から落ちた相手を追うために自分まで崖に落ちるなんて……」
ラネットさん、呆れる気持ちもわかりますけど私は逆にすごいと思います。
いくら任務のためとはいえ、崖に落ちてまで追うなんてすごい執念だと思います。
しかも、自分で登っているようですけど……大丈夫でしょうか?
すると、再び石から声が聞こえます。
『ヒャッハー。時にキノサキ。そう言えばの話だが……』
まだ、この人たちの話は続きそうです。
私たちはもう少しだけ耳を傾けます。
『ヒャッハー。ここがいったいどこなのかわかるかな? さすがの本機も奇妙に思いましてね』
先ほどまで高揚していた様子が今度は静かな様子で言います。
『ヒャッハー。数日前の夜、本機たちが車を追っている途中不思議な奴らに出くわしたね。羽の生えた人間、二足歩行ヤモリ。それにヒレ人間』
……たぶん、風精族さんに火蛇族さんに、あと水妖族さんの事ですね。
『そうそう。それに何よりも驚いたのは幻想の代名詞、ドラゴン……つまり西洋の『竜』だぜ。さすがの本機たちもびっくりしたぜ。ヒャッハー!』
「アローン将軍…………」
ラネットさんがいまだに信じられないように呟きます。
……そういえばこの人たち、火蛇族さんの将軍と戦っていましたね。
『おまけにこんなありそうでない不思議な空間、そんなファンタジッィィィィィィィィィッッック!! ……な所に子供一人だけ置いていくと思う? ヒャッハー』
「…………」
……さすがに殺し屋と言っても、幻界に迷い込んでることに戸惑っているようですが……
『ヒャッハー。……と、いうわけで先住民の方に訊いてみたいと思いますそこの貴方ァ!!』
「「「「!?」」」」
え……?
『ヒャッハー! キノサキ! 運がいいことにここの先住民さんが現れたぜ! とりあえず話が聞けるぜ!!』
「……まさか」
先住民って……意味が違うと思いますけど……
けど、周りには他に風精族さんがいる気配がありません。
ということは……
「おい、シャルロ。まさか……」
『……バレたようですね……』
「「「…………」」」
皆さん、驚きを隠せないようです。
まるで普段から成功している人がたまに失敗しているようにです。
『おかしいですね……うまく気配は消した方だが……』
『ヒャッハー! なにかこそこそやってたけどどうせ近くに仲間がいるんでしょ!? 話をしよーよ!!』
『……と言ってますがどうします?』
……まさかこんな形で遭遇するとは思いませんでした。
他の班員の皆さんは悩みますが……
「……まあ、呼び出された以上出ないといけない。それにむしろ片割れだけなら好都合だ」
『え?』
「おい、お前等!」
エイジットさんが呼びかけると他の班員さんが襟を正します。
「まずはシャルロ含む俺たち五人であの乗り物に同行させてもらえるよう説得する。ラネット、お前はこの二人のそばにいろ」
「え……ちょっと待ってください!」
急に命令されたラネットさんがあわただしくエイジットさんを止めます。
ロビィさんも慌てています。
「あの……大丈夫なのですか? 相手はあのアローン将軍さえ圧倒したらしい……」
「なに、ラネット。問題はない。その内の片割れしかいないようだし、乗り物なんかに負けるような事なんかならない!」
「で……でも……! あれはただの乗り物じゃなくて人工……」
「それに急がないともう片方が戻ってくるかもしれない」
でも……
私もラネットさん達と同じくエイジットさんが心配です。
でも、エイジットさんは思いっきり笑い顔になってやや強めの調子で言います。
「安心しろ。無事交渉を終わらせて戻ってくる。行くぞ!」
「「「はい!」」」
「あ……待って……」
エイジットさんは善は急げと言うばかりに他の班員を連れて例の乗り物の方へと向かってしまいました。
ロビィさんは止めるために追おうとしましたが、殺し屋の狙いに自分も当てはまるかもしれないと思い、そのまま留まりました。
……いくら乗り物だとしても話しかける以上只者ではありません。
私も、ラネットさんも、ロビィさんも、やはり不安が拭いきれません。
『ヒャッハー! みんなみんな羽っ子!? 初めまして!』
『初めまして。迷い子の……おーとばい? 俺は風精族の……』
エイジットさんが残した石から話し声だけ伝わります。
直接見ることはできません。ここからしかエイジットさんの安全確認ができません。
「…………」
「…………」
しかし……エイジットさんもそれなりの経験があるはずです。
私たちはそう信じて、逸る気持ちを抑えてつつも石から伝わる声に神経を集中させました。
オートバイと(見た目)妖精の会話って……




