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弐参話 よほどの事がない限り暴走はやめましょう。

 時刻は少し遡り、風精族シルフィ領のあるところの平原にて……

 そこでは数分前まではとても静かで長閑なところだったが……


「ヒロシィィィィィイイイイイイイイイイイイイイイ!!」

「ヒャアッハァァァァァアアアアアアアアアアアアア!!」


 今だけは違っていた。


「らん! らんらららんらんらん! ヤー!」

「だんだんでぃだんだんだんでぃだん! ヒャッハー!」


 そこは数時間前と同じくオートバイに跨った少年が目の前のキャンピングカーを追走していた。

 その上、先ほどとは違い周りには障害物も何もない平原である。

 崖や丘があるとはいえ、逃げ切ることは困難であった。


「ヘェェェェェェェェエエエエルメエエエエエェェェェェェェスッッ!!」

「なあに!? ヒャッハー!」


 殺し屋は周りの風景を眺めて不思議そうに叫んだ。


「光る木の中に入るとこんな場所に出てきてしまうなんてぇぇぇぇえええええええ!!」

「ヒャッハー! しかも生き物まで不思議!」

「途中で邪魔は入ったがぁぁぁぁぁああああああああああああああ!!」

「追いつくことはできたぜ! ヒャッハー!」


 標的の車と自分たち以外は誰もいない平原に、叫び声がよく響いた。


「まるでこれは! 不思議の国のアリスゥゥゥゥゥゥゥウウウウウウウウウウウウ!!」

「ヒャッハー! ウサギじゃなくてカーだけどね!」


 殺し屋は標的を追いかけているのにのんきなことを言っていた。


「でもあれって結局夢落ちじゃねぇかぁぁぁぁぁああああああああああああああ!!」

「ヒャッハー! 夢のないことを言うなよぉ!」



        2



 一方追われている方はというと……


「なんだか……のんき?」

「そうッスね。本当にこいつ殺し屋ッスか?」


 殺し屋の突然の行動に呆れていたのだった。

 また、こんな時でも冷静なキッド。

 すると……


「冷静にそんなこと言ってる場合かよ!」


 殺し屋に追われているにかかわらずな状況に少年は大声を張った。


「セーヴェ君……」

「なんだよ! いったいなんなんだここは! どこなんだよここ!」

「それは……」

「それにオレ達逃げ切ったんじゃないのかよ! ようやく撒いたかと思ったらまた見つかったじゃねえか!」

「…………」


 そう、彼らはほんの数時間前、ある事故により“月の口”からこの世界へ迷ってしまったのだった。

 そして、この世界へ来た後、ある事情からすぐにその出口である街から離れ、近くの森に身を隠していたのだ。

 そうして一晩過ごしたのだが、あとを追ってきた殺し屋に見つかってしまい、またも追われることになってしまったのだ。


「そうだな……」


 デヴィッドは重々しい表情で答えた。


「安全を謳いながらこのざまだ。本当にすまない」

「……! そ、それでいったいなんなんだよこの状況!」


 謝られたことに戸惑うセーヴェはごまかすように振り出した。


「そうッスねえ……」


 セーヴェの言葉にキッドもいまだに戸惑いを隠せない様子だった。

 いや、キッドだけではない。


「俺たちは確か山で殺し屋に追われていたはずッス。だが、急斜の坂から落ち、気が付いたら……」


 キッドは状況がいまだにつかめず、疑問するように言った。

 その言葉に皆、昨夜のことを思い出す。


「……キッド」

「崖から落ちたと思えば謎の街、その上……」


 その時だ。


「ヘェェェェェェェェエエエエルメエエエエエェェェェェェェスッッ!!」

「「「!?」」」


 逃げ続ける車の後ろから、甲高い声が聞こえてきた。

 言うまでもなく、殺し屋である。


「ヒャッハー! なんだい!」

「周りは何もない平原だらけだし、思いっきり暴れちゃおうか!」

「ヒャッハー! 本気モードかな?」

「なに!?」

「ほ、本気……!?」


 殺し屋の不穏な発言により車内は再び緊張に包まれる。


「ヒャッハー! 具体的には?」

「んんんんんんん!! あの車、爆弾でも即死しないくらいだから……」


 殺し屋は腰に下げているたくさんの武器から何かを物色すると……


「これを使うぜぇぇぇええええええええええええええええ!!」


 と、殺し屋が何かを出す……その前に、


「兵器、モウモクスモーキー君!」


 危機を感じたキッドは助手席のスイッチを押した。

 すると……


 ウィィィィィィィィンン…………


「!?」


 突如キャンピングカーの後部部分の一部が開き、


「なにぃ!?」

「ヒャッハー?」


 中から大量の煙が吐き出され、殺し屋をすっぽりと覆ってしまった。

 あまりにもな量に殺し屋は少しだけ減速してしまう。


「うお!? ケムい!」

「ヒャッハー! もくもくするぜー!」


 濃密で大量の煙に目の前が見えない殺し屋。

 キッドはその様子を窓から顔を出して見ていた。


「どうだ」

「とりあえずその場しのぎにはなったッス」

「そうか。しかしどうやら、このままでは逃げ切れないようだな」

「そうッスね。正直巻き込むわけにもいかないから隠れる街はないし……」

「デヴィッドさん……キッド君……!」


 何かないかと考える三人。


「おい……どうするんだよ……!」


 セーヴェは怯えと不安の入り混じった表情で言う。

 もう時間はない、いったいどうするのか。

 するとデヴィッドは苦々しい表情である事をひとつ思いついた。


「キッド、ロビィ」

「はい」

「は、はい」

「緊急脱出法を使う」


 デヴィッドはそう言うと二人は一瞬驚き、そして……


「緊急脱出……」

「それしかないッスね」


 仕方がない、やるしかない様子で了承した。


「脱出?」


 セーヴェは解らない様子だが説明する暇はない。

 デヴィッドはその作戦の確認を二人に行う。


「キッド」

「はいッス」

「準備をしろ」

「わかったッス」


 キッドは自信ありで答えた。


「ロビィ」

「は、はい!」

「無線を持て。お前は付き添いだがいいか?」

「だ、大丈夫。だけど……」


 ロビィは少々躊躇いがちだが、不満は出さなかった。


「ちょっと待てよ!」


 と、ここで内容がよくわからないセーヴェはデヴィッドに訊いた。


「お前ら、いったい何をするつもりなんだ!?」

「後ろの奴から逃げ切るために必要なことだ」

「何!? 逃げ切れるのか!?」


 逃げ切れる、という言葉にセーヴェはデヴィッドたちに期待が募る。


「そうッスね。そのためには君にも協力してもらうッス」

「協力?」


 首をかしげるセーヴェにデヴィッドは続けた。


「そうだ、俺たちはこれから……」


 重々しい様子で話しだしたデヴィッド。

 それを聞いたセーヴェは……


「そんなの……いいわけないだろ!」

「セ、セーヴェ君。落ち着いて……」

「なんなんだよそれ! ふざけるな! こんなことをしていい結果になるというのかよ!」

「「……………」」


 断固拒否であった。

 その内容は護られている彼自身が一番納得のいかないものであった。


「落ち着け」

「これが落ち着いて……」

「落ち着けと言っているんだ!」

「!?」


 デヴィッドの一喝にセーヴェは驚き、黙り込んだ。


「いいか、わからないようだから教えるがお前は……どうあっても安全に目的地まで運ばないといけない」

「……けど、ここはどこだかわからないところだろ!?」

「そうだ。ここがどこだかわからない以上しっかりと周りを見てないといけないが……」


 デヴィッドは運転中であるが片手で後ろに指を指した。


「あの口喧しい殺し屋がいる以上そんな時間も与えてはくれない。ならば今の目的は逃げ切ると言うより殺し屋をどうするかという事だ」

「それは……」


 デヴィッドの正論にセーヴェは何も言い返せない。

 彼は続ける。


「残念ながらこの車は護送兼逃走用には向いているが戦闘用ではない。いずれ燃料は尽きてしまう。そうなればお前はおしまいだ」

「…………!」


 デヴィッドは『自分ら』ではなく『お前』と限定した。

 つまり、どうであろうとセーヴェは確定である。


「言っておくが俺達はお前を安全な所まで運ぶ。それ以上もそれ以下もないのだ。なんであろうとお前は生き延びなければならない」

「…………!?」

「これは仕事だ。一切の私情は厳禁。一時の感情で先の事を見ないのは愚かなことだ」

「「…………」」


 セーヴェだけではない。キッドもロビィも彼の言葉に沈黙してしまった。

 そして、デヴィッドは止め一言を彼に放つ。


「だからお前は黙っていう事を聞いてろ。お前自身助かるためだ」


 そのどうしようもない物言いにもう何も言い返せなくなったセーヴェは……


「……いいのかよ。お前等はそれでいいのかよ!」


 ……縋るように、キッドとロビィにも何か言ってもらおうと思った。

 しかし、


「いいもなにも、これが君を護る一番の方法ッス」

「!?」


 キッドはなんの反論もなくそれに賛成のようだった。

 否、キッドだけではない。


「も、もちろん……仲間が心配になるけど……大丈夫って、信じられるから……」

「……わかんねえ、わかんねえよ!」


 セーヴェは諦めない。

 他に何かないかと彼は思索するが……


「ごめんッス」


 ドッ!


「が…………!?」


 その前にキッドの手刀を首に打ち込まれたことにより彼は気絶してしまった。

 何も言わなくなった彼をロビィは抱きかかえた。


「……優しいんだね。本当は心配しているんだね。でも……」


 彼女は少しだけ優しげな表情になり、しかしすぐに悲しそうな顔になって、


「ロビィも……仕事人だから……」


 と、呟くだけだった。


「早くするぞ、何時までも煙は続かないからな」

「わかったッス」

「わかった」


 殺し屋が車を負い、車は殺し屋から追われて続け、そして森が差しかかってきたところ。

 車内ではある一種の覚悟が決まっていた。


「よし! 始めるぞ!」

「わ、わかった」

「了解ッス!」


 ロビィは車のドア付近で待機をするとセーヴェを全身で抱きかかえた。

 抱き着かれている彼はいまだに動かないままではあるが構わない。

 キッドは構わずロビィに確認するように言った。


「じゃあロビィ、後は頼むッスよ! 僕らのなかで一番足が速いッスから!」

「う、うん!」

「正直今の僕らでは奴にはかなわないッス! かといってこのまま逃げ続けてもやがて止まるし、どこかの村へ逃げるわけにもいかないッス。だから……」


 逃げ切ることはできず、逃げ続けることはできず、

 巻き込むこともできず、退けることもできない。

 そこから彼らにできること、それは……


「ここから逃げて、誰か応援を呼んできてくれッス!」

「わ、わかった!」

「正直これは僕らが済まさなければいけない事ッス。けどそうは言ってられないし、言えるほど余裕はないッス!」

「キッド君……」

「兎に角できるだけ早く、強い助っ人を頼むッス! 謝罪はいくらでも考えるッスから……」


 と、キッドが言いかけたその時。


「てめぇらぁ! 殺し屋を燻製にするとはいい度胸じゃねェかぁぁぁぁぁぁああああああああああああ!!」


 ここで煙を浴びていた殺し屋が本気になってきた。


「キッド! 時間がない!」

「わかったッス! ロビィ! チャンスは一瞬ッスよ!」

「わかった!」


 運転するデヴィッドの後ろで、道具を確認するキッドとセーヴェを抱えてドアの前で待機するロビィ。

 それぞれ準備がと整ってきたところで……


「ヒャッハー! キノサキ!」

「なんだぁぁぁあああああああああああああああ!!」

「ヒャッハー! 煙たいならカメラ替えたら?」

「あれ? …………そうじゃん! こっちにはカメラモードチェンジと言う対策が…………」


 と、今気づいたように殺し屋はゴーグルの視覚機能を変えようとしたが…… 


「喰らえッス!」


 ヒュ!


「ん?」

「ヒャッハー?」


 キッドは殺し屋めがけて空き缶の形をした何かを投げた。

 殺し屋は煙の中それを見ると……


「なに!?」

「ヒャッハー!?」


 それに気づいた殺し屋はすぐさま腕を払って飛ばそうとしたが……


 ピッカ―――――――――ッ!


「ぎゃおおおおおおおおおおおおおおっす!?」


 先に缶らしきものが爆発した。

 爆発と言っても一つは激しい音と光を、


 もう一つは……


 パァン!


 という音とともに、銀色の何かが空中にばら撒かれた……


「ヒャッハー!? キノサキ!」

レーダー妨害片(チャフ)……だと!?」


 もう一つはチャフと呼ばれるレーダーによる探知を妨害する物である。

 煙と閃光とチャフ。

 これにより殺し屋は一時停止した隙に……


「ロビィ!」

「み、みんな……死なないでね!」

「早く行け!」

「う、うん!」


 ロビィは車のドアを開けるとセーヴェを抱えて自ら外へと身を投げ出した。

 走行中の車からだと地面に着地した瞬間勢いの強さにより、強く擦れてしまう。

 なのでロビィは腕に抱えたセーヴェを傷つけないようしっかりと抱え、体を地面と平行にし、着地した後すぐに回転して衝撃を和らげた。

 その後すぐにロビィは起き上がり、セーヴェを抱えて森の中へと避難した。

 そして……


「なめるなぁ! 室内ならまだしも、外でチャフなんかばらまいても意味ないだろうがぁ!」

「ヒャッハー! まさか……!」

「走れぇぇぇぇぇぇええええええええええええええええええ!!」


 閃光と電波妨害から復活した殺し屋は煙に構わず、そのまま車を追った。

 ただし、標的がもうすでに脱出したことに気づかずである。


「デヴィッドさん……キッド君……」


 殺し屋と車は彼女から一気に離れていく。

 セーヴェがいない以上あの車はもう囮でしかない。

 時間がない。


「すぐに助けを呼ぶから……!」


 ロビィは痛む全身を堪え、セーヴェを抱えて助けを探しに行ったのだった。


 

       3



「どうだ、キッド」

「気づいてないようッス」

「ひとまずは成功、だな」


 うまく脱出し、なんとか殺し屋を撒いたロビィとセーヴェ。

 それを確認したキッドは安心しつつも再び気を引き締めた。


「それじゃあ、デヴィッドさん。ロビィからの知らせが来るまで……」

「ああ、逃げ続けるとするぞ」


 デヴィッドもセーヴェがいないという事になるとアクセルを強く踏み、車を加速した。

 その様子に殺し屋は大声を上げる。


「お前等ぁぁぁぁあああああああああああああああ!! 何でそうまでして標的と逃げるのだぁぁぁぁぁああああああああああああ!?」

「なぜ? それはッスね……」


 殺し屋から狙われ続けてきたは少年は強制的に脱出し……


「僕たちは《運び屋》。頼まれたなら何であろうと安全に運ぶッス」

「たとえそれが人で、殺し屋に狙われていようがな」


 残った方は囮として、殺し屋から逃げ続けることとなった。


「ヘェェェェェェェェエエエエルメエエエエエェェェェェェェスッッ!!」

「ヒャッハー! どうしたキノサキ!」

「終点を……見せてやるぜぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

「ヒャッハー! 了解!」


 殺し屋と運び屋。

 追いかけっこはまだ終わらないのだった。



       4


 そして……


「でも……こんなよくわからないところで強そうな人って……」


 ロビィがまだ気絶しているセーヴェを抱え、走っている最中……


「あんたら! ちょっと待ちなさい!」

「!」


 ロビィの目の前、突如上から二人の女の子が降りてきた。

 いきなりであるためロビィは驚いた。


「え……!? ふ……降ってきた……!?」

「……ラネットさん。いきなり目の前に降りたらびっくりしちゃうよ」

「しょうがないでしょ、この人、結構な速さで走ってたし……」


 この時、奇しくも目の前に……


「な、なに……だれなの……?」

「大丈夫よ。別にあんたの事をどうこうするつもりじゃない。ちょっと話を聞きたいだけよ」

「話……」


 彼らが求めていた助けになるであろう人物が現れるのだった。

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