無断欠勤はピンチの香り~後編~
この話で、一度完結をつけさせていただきます。
今までご愛読いただいた方には、まことにありがとうございました。
明け方4時過ぎ。
長く騒がしかったギリシアン店内に、ようやく落ち着きが戻ってきた頃。
山田とケンちゃんの2人は、店舗内のVIP席に対面する形で腰を下ろしポツポツと会話をしていた。
ちなみにアラカン博士は一般フロア5人掛けのソファにて爆睡、安藤くんは当然のごとく博士の傍に控え、ルフやんはケンちゃんの指示で目下朝食作成中である。
「……そうか、あの人は元気にしているのか。」
「えぇ、まあ。自分の見た感じではそうですね。
しかし、先輩とはお知り合いなんですよね?
そんな近況報告程度のことが聞きたかったのなら、直接本人を訪ねればよかったんじゃあないですか?
いや、その前に。自分のような新人じゃなく、もっと近しい人がいくらでもいたんじゃ……。」
山田の指摘に、ケンちゃんは申し訳なさそうな顔をして後頭部を掻いた。
「訳あって本人とは顔を会わせ辛い。
あの人がホストをしていると知って取り寄せた会報で、たまたま君の記事を見てな。
あぁ、トップ5会談とかいうヤツだ。」
「うわ、アレですか。
しかし、それならそれで先輩以外のトップ5の方々に話を持ちかければ良かったのでは?」
記事を作ったのは山田だが、未だ新人同然の彼よりは当然付き合いの長いトップ5のメンツの方が詳しいことを知っているだろう。
が、問われた途端に少しばかり苦い表情を見せるケンちゃん。
「……当然それも考えたのだが。
記事を見た限り、まずリザードマンとは話にならなそうだったので除外させてもらった。
スケルトンは大体が女連れで、とてもじゃないが声をかけられる状況ではなかったし。
マンドレイクは、一定以上に近づくとなぜか強烈な寒気に襲われるため断念せざるをえなく…。
マーマンは、歩くたびに遭遇する人助けに忙しそうで、さしもの俺も邪魔をすることはできなかった。」
セリフの後。しん、と場に沈黙が落ちる。
お互いよく分からない気まずさに、自然と視線を机に合わせていた。
「えっと……なんか、逆にすみません。」
「……いや。」
どうにも落ち着かない雰囲気が続く中、それを破るようにカラカラという音が近づいてくる。
見れば、朝食を作り終わったルフやんがカートいっぱいに乗せた食事を押し運んでいるところだった。
「あぁ、できたのか。」
「ええと、お疲れ様です?」
助かったと息を吐きながら、山田とケンちゃんは近づくルフやんに声をかける。
2人の席まで到着したルフやんはゆるく尾を振りつつ、テーブルに大量の皿を乗せていった。
次々と並べられる見目香り共にプロレベルの完成品を前に、山田はごくりとつばを飲みこむ。
それと同時に、和洋中と節操の無い内容とその量の多さに山田はバイキングかと少し辟易した。
ルフやんが全てをカートから移し終わったところで、ケンちゃんが彼に労いの言葉をかける。
「ご苦労だったな、ルフ。お前も適当に座って食うといい。」
それに相変わらず無言のまま頷いたルフやんは、山田のすぐ隣に腰を下ろした。
対して、微妙に嫌そうな顔をする山田。
そんな彼の反応に気付いているのかいないのか、ケンちゃんは右手を軽く上げ食事を促してくる。
「あー、山田くん。腹が減ったろう。遠慮せずに食べてくれ。」
「あ、はい……って、あの。まだ自分縛られたままなんですけど。」
彼の発言のとおり、山田の手足は未だ縄で縛られたままだった。
この状態でつつがなく食事を始めるなど、奇術でも用いない限り不可能だろう。
困惑ぎみな彼に向け安心させるように力強く頷いたケンちゃんは、次いで、このように告げた。
「大丈夫だ、ルフが給仕をすると言っている。」
「おい待て止めろどんなプレイだ!」
そのあんまりな内容に、思わず敬語を忘れ叫んでしまう山田だった。
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そろそろ始発の電車が動き始めようかという朝も早い時間に、とあるホスト店の前にたむろする5人の男たちがいた。
「わぁい、ギリシアン到着~っ。」
まるで、どこかに遠足にでも来たかのような軽いノリで小柄なマンドレイク、もといドリーがはしゃいでいる。
「……ふむ。当たり前だが、入り口には鍵がかかっているようだな。」
それを尻目に、音を鳴らさないよう慎重に扉に手をかけたタッちゃんがメンバーへ静かに告げた。
「ありゃ、どうしよっかー。
ドア破壊しちゃう?それともピッキングがいいかなっ?」
「えっ、そ、それはもしかしなくても犯罪じゃあ。」
物騒な問いかけと共に指先から細長い蔓を伸ばすドリーへ、パパンが焦るように言った。
しかし、当の彼はどこ吹く風で爽やかな笑顔と共にサムズアップを返す。
「だぁいじょうぶっ。
なんたってボクたちには山田を助けるという大義名分と、お金という素晴らしい力があるからねっ!」
「ぜんっぜんカケラも微塵も露ほども大丈夫じゃあねぇええぇえッ!
アンタ何を堂々と宣言してるんスかぁ!!
なにこの一切の躊躇も無く法を犯そうとした上で揉み消す気満々の先輩!
っひー、怖い!なんか、慣れてる感じもまた怖いッ!」
もはや脊髄反射のレベルでツッコミを入れたスケルンは、小鹿のようにふるえる己の身体を両腕骨で抱きしめた。
「ええ~、でも他の方法って言ってもなぁ。
裏口に回って酒屋のフリでもしちゃう?」
「そんな漫画じゃーあるまいし……。
普通に考えて成功するわけないじゃないッスか。」
「じゃあ宅配便。」
「変わんねぇ!」
「出前?」
「だっから、そこじゃねぇんスよぉおお!!」
場違いにじゃれ合うドリーとスケルン。当然ながら、ドリーの方はわざとである。
一連のツッコミは小声ではあったのだが、ただでさえ気が立っているリッちゃんには無視できるものではなかったようで、彼はその鋭い眼差しでスケルンを睨み付けつつ口を開いた。
「さっきからウッセェんだよ、骨野郎ッ。中の奴らに気付かれんだろうがボケ。
大体なぁ。こっちに何されたって、先に手ぇ出したクズが悪ぃんだよ。
正当防衛だ、正当防衛。」
彼の言葉を聞いた直後。ピタリとそれまでのコミカルな動きを止めたスケルンが、剣呑な空気を纏いながら低く不機嫌そうな声で言葉を返す。
「はぁー?何を意味分かんねぇこと言ってんだテメェ。
自己中で教養の無い社会不適合者はこれだからイヤだねぇー。はんっ。」
「あ?そりゃテメェのことだろうが、節操のねぇ女狂いがよ。」
「さすが暴力振るうしか脳の無いクソ爬虫類、バカ丸出しの返事をありがとう。
その女のために磨いた知識教養の数々をナメてんじゃねぇっつーの。」
「威張れたギリか、歩く猥褻物。」
「少なくとも歩く器物破損害のお前より万倍マシだわなぁ?」
「あ?」
「お?」
互いの胸倉を掴みつつ、超至近距離で睨み合うリッちゃんとスケルン。
その一方で、微妙に深刻そうな顔をしたパパンが俯きがちにタッちゃんへと疑問を投げかけていた。
「あ、あの、タッちゃん先輩。僕、勉強不足だったのでしょうか。
僕の知っている正当防衛とリッちゃん先輩の言っている内容が全く違うんですが。」
「……気にするな。言葉など、使う人間が変われば意味も変わるものだ。」
一触即発のトカゲと骨。困惑する魚にフォローを入れる牛。
このなんとも言えぬカオス空間に、指から伸ばした蔓をウネウネとくねらせながらドリーはため息をついた。
直後。彼はその蔓を長く伸ばし、慣れた動きで地に打ち鳴らす。
さながら調教師の鞭のごとく乾いた音を繰り出す蔓に、注目を集めたドリーは満面の笑みを見せながら常よりもゆっくりとした口調でこう告げた。
「うふふ。もー、ヤだなぁ皆。
時と場合って言葉、学校で教わらなかったぁ?」
彼から流れてくる冷たい空気に、しんと静まり返る一同。
直立するスケルンのカタカタという骨と骨のぶつかる音が、各々の耳にやけに大きく響いていたという。
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「本当にいいのか?」
神妙な顔のケンちゃんに問われて、山田はようやく縄の外れた己の腕をさすりながらため息まじりに言った。
「まぁ、手違いということですし。
下手に話が大きくなっても面倒くさいんで、今回は自分の胸ひとつに収めておきます。」
ちなみに、レジェンズにおける信用云々の問題は己の給料1年分以上の迷惑料を前に吹っ飛んだ。
所詮は山田。小物である。
「恩に着る。
償い……というわけでもないが、何か問題が起きたら遠慮なく連絡してくれ。
必ず力になろう。」
「はぁ、ありがとうございます。」
差し出された名刺を半ば呆けたような表情で受け取る山田。
こうしていると、とてもじゃないが老人と何時間にも渡る大人気ない言い争いを続けていた人間と同一の存在には思えなかった。
その後、車で送ることをジェスチャーで提案してきたルフやんに対し口を開いたところで、山田の言葉は思わぬ騒音にかき消されてしまう。
「総っ員、突撃ぃーーーッ!
だぁいじょーっぶ、責任はボクが取るよーっ。」
そんな叫びと同時にギリシアン店舗の入り口とその隣の扉とほぼ同サイズのステンドグラスが、まるで爆発でも起こしたように激しく砕け散った。
直後、数個の人影が勢いよく侵入を果たす。
「オラぁ!俺様のシマでナメた真似してくれやがって!
死ぬほど後悔させてやるぜぁああ!」
「ひゃーーーっはぁーー!久々にオレの骨技が冴え渡るぜぇーーーっ?
刮目して見よ!なんつってなぁーーー!」
「……リザード、スケル。程々にしとけよ。」
「え、待、先輩たち、や、やりすぎじゃあ。」
最初に、怒気を纏ったリッちゃんが吼えながら店内のテーブルや椅子を蹴り壊して回った。
次いで、何だかんだノリノリのスケルンが外した肋骨を投げ飛ばし壁の装飾や天井の照明を破壊する。
そして、のそりと歩いて入ってきたタッちゃんが無意味に暴れまわる2人へと注意を促し。
それを追うように店内へと足を踏み入れたパパンが、先輩らの所業にオロオロと冷や汗を流していた。
暴走族かヤのつく職業の人間でも乗り込んできたかのような最低の所業である。
ちなみに、破壊活動を指示したのはドリーだった。
色々と面倒くさくなって突撃命令を下した彼は、正義は我にありなどと高笑いをしながら入り口に仁王立ちしていた。
「ひえっ、なんじゃあ!?」
「特3級レベルノ危険度ヲ確認。アラートモードヲ起動シ、三原則ノ優先順位ヲ変更。
応戦シマス。」
レジェンズメンバーの特攻に、1Fフロア中央あたりで眠りこけていたアラカン博士がピョイと飛び起き、危険を察知した安藤くんが体内から不穏な音を響かせる。
ここに前代未聞の戦いの火ぶたが切って落とされようとしていた。
一方、2F個室のVIP席では、かすかに耳に入った聞き覚えのありすぎる声に山田が反射的に身を縮込ませつつ悲鳴を上げた。
「ひぃぃぃ嫌な予感が当たったぁぁッ!」
「山田くんっ!?」
急に人が変わったように怯えだす山田に、1Fの様子を見に行こうとしていたケンちゃんとルフやんが驚きで足を止めた。
「あばばば違うんです!違うんですーッ!
お仕置きだけは勘弁してくださいドリー先輩ぃぃぃ!」
机の下に潜り込み青ざめた顔で身体を震わせ、分かりやすく恐慌状態に陥っている山田。
ケンちゃんとルフやんは彼のセリフに侵入者の正体を知り、悪いとは思いながらも彼を残し部屋を離れることを決断した。
「すまん、山田くん。少しの間、そこで待っていてくれ。」
そして、2人が1Fの一般フロアへ赴いた時。
すでに現場はこの世のものと思えぬ異空間と化していた。
「散開!みんな、狙いを定めさせないように動いてっ!
固まっているところから攻撃が来るよっ!」
「みなさんっ、どうやら例の波状攻撃は30秒毎に行なわれているようです!
次は23秒後!」
「っし、おい骨野郎!今のうちにラッシュかけんぞ!」
「分かってるっつーの!いちいち口に出すんじゃねーよ、バカ!
相手に動きがバレんだろ!」
「スケル、悪いが1本借りるぞ。」
「うぃっす!」
「全弾不発、警戒レベルヲ引キ上ゲ開放武器ヲ追加シマス。」
「フレーフレー安藤っ!負けるな負けるな安藤ーぅっ!」
変わり果てたギリシアンの中央で、銃刀法違反のレベルを超えまくったSF装備で攻撃を繰り出している安藤くんと、にも関わらずそれらを平然と捌き、あまつさえ反撃までしてのけているトップ5。
ついでに、アラカン博士は部屋の隅にテーブルやソファで簡易バリケードを築き避難しつつ、小声で安藤を応援していた。
目の前で繰り広げられるどこのハリウッド映画かはたまたアニメかとツッコミを入れたくなるような激しいアクションの数々に、大破と呼ぶに相応しい見る影も無い店内。
非日常極まりない光景を前に、駆けつけた2人はただ呆然と立ちつくすしかなかったという。
「……どうしてこうなった。」
~~~~~~~~~~
さて、そんな騒動から1時間。
アラカン博士を諌め安藤君を止めさせたケンちゃんと、機転を利かせたルフやんが嫌がる山田を無理やりお姫様抱っこで運んで来たことで事態は一気に収束した。
リッちゃんとスケルンとドリーの3人が、彼のその姿に一切の遠慮なく爆笑したのは言うまでもない。
現在は、比較的被害の少なかった厨房でドリーを中心に両ホストの話し合いが進んでいる。
ちなみに、山田はアラカン博士の作っていたバリケードの中で辱められたと1人シクシク泣いていた。
女々しい男である。
「業者はすでに手配したよ。ついでに改装したいところなんかあったら、遠慮なくどうぞ。
当然、代金はこっちで持つから安心して。
あとは、修理が終わるまでは1日売上平均の倍額を払うよ。
そっちだって誘拐とか、そのロボットのこととか色々知られたくないだろうし。
これで示談ってことでいいよね?」
パイプ椅子に腰かけたドリーは、手足を組みいつになく偉そうな態度でそう言い放った。
言葉尻に疑問符をつけてはいるが、イエス以外の答えを求めていないのは明らかだ。
ケンちゃんは神妙な顔で彼の条件に頷いて、それから深くため息を吐いた。
話が終わったと見て、アラカン博士がキリッとした表情で口を開く。
「ドリーきゅん、ちゃわゆいのぅ。ワシ今度レジェンズ行って指名しちゃろ。」
「空気を読め、この凶悪犯罪者!」
「あたっ!老人虐待じゃー!」
ギャイギャイと飽きもせずに再び言い争いを始めたケンちゃんとアラカン博士に、ドリーは軽く肩をすくめてから背後を振り返った。
「さて、目的も達成したし解散しよっか?
あっ、山田は居残り説教タイムねーっ。」
「うええ!?」
厨房からかけられた声に思わず飛び上がった山田だが、その直後、リッちゃんから更なる追撃が入る。
「ったり前だ、この雑魚っ。
ついでに、明日から俺様直々に鍛えてやっから帰り残ってろよ!」
「ひぃぃ!!」
絶望的な表情を見せる山田に、今度はスケルンが微妙な笑いを含ませた声でフォローなのか何なのかよく分からないことを言った。
「まー、余計な心配かけたお前がワリィわな。
しょーがねーから、骨は拾ってやるぜー。スケルトンだけに。」
「いえ、結構です。あと寒いです。」
「NOと言える日本人!?
てか、即答とか!お前、もうちょっと先輩に気を使える男だったじゃん!?
何、反抗期!?反抗期なの!?やることなすこと気にさわっちゃう系!?」
相も変わらず騒がしい男である。
直後。当の後輩に無言で醒めた目を向けられて、スケルンは口を噤み床にのの字を書きつつ哀愁を漂わせた。
「でも、本当。無事で良かった。
誘拐されたって聞いて、皆すごく心配したんだよ。」
「パパン先輩っ…。」
「……色々と疲れたろう。今夜の出勤は無しにしても構わんぞ。
必要なら俺から口添えしてやる。」
「タッちゃん先輩っ…!」
レジェンズの良心である2人の気遣いに、山田は先ほどまでと打って変わって感激で涙を滲ませる。
何とか言いつつ、どちらもドリーの説教を止めるつもりがないことには気付いていなかった。
「ありがとうございますっ。それと、今回はご心配おかけして申し訳ありませんでした。
仕事は大丈夫です。欠勤になってしまった分も、しっかり努めさせていただきます。」
彼の言葉に微笑みで返すパパンと、優しげに目を細めるタッちゃん。
この数十分後。ドリーのお仕置き付き説教で身も心もボロボロにされ、自身の発言を死ぬほど後悔することになるのだが、当然、今の山田には知る由も無かった。
合掌。
※おまけ
「ぜぇ、はぁ、い…いらっしゃい、ませぇ~…。」
「もー、昨日の分まで頑張るんでしょっ。
ちゃあんとレコーダーに録ってるんだから、シッカリしてよねっ。」
「ドリー先輩怖っ!録音してたとか全然気付かなかったッスよ!?」
「……まぁ、立場的に危険も多い人だからな。
慣れているんだろう。」
「ええと。それって、慣れで片付けて良い話なんでしょうか……。」
「オラ、声小せぇぞ山田ぁ!1から指導し直すかぁー!?」
「ひぃーっ!いらっしゃいませぇええええッ!!」
レジェンズは今日も平和です。
その他小話1本↓
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