いってらっしゃい、と神様は言った
その夜も僕は、作業机で小さな部品を削っていた。
机の上では、人型の模型が片腕のないまま立っている。いま削っているのは、その肘に入れる部品だ。親指の爪くらいの小さな部品に、腕がきちんと曲がるかどうかがかかっている。
模型を作るのが僕の仕事だった。箱に入った部品を組み立てるのではなく、白い紙に線を引くところから始める。欲しい形も、動く仕組みも、自分で考えて作るのだ。
壁には、この模型の図面が何枚も貼ってある。肩をどこまで上げ、肘をどこで止めれば、自然に見えるだろう。
力がかかる場所も、逃がす場所も、見た目だけでは決められない。線を引いては消し、引き直しては部品を合わせる。その繰り返しで、図面の紙はすっかり灰色になっていた。
どうしてそう動くのか、どうしてそう見えるのか。それを調べ込むのが、昔から好きだった。
子どものころは家の古い目覚まし時計を分解して、元に戻せなくなったこともある。あのときはこっぴどく怒られたけれど、歯車が噛み合って針を回す仕組みが分かった瞬間の、胸がすっとする感じは今でも覚えている。
ヤスリを細かい目のものに持ちかえる。部品の角をそっとなでると、削りかすが卓上ライトの光の中でふわりと舞った。
削りすぎたら、せっかく合わせたところに隙間ができる。少しずつ削り、指先の引っかかりがなくなったところで手を止めた。
腕にはめて、指で曲げてみる。
カチ、と小さな音がして、肘がなめらかに折れた。引っかかりも、がたつきもない。
「……よし」
もう一度、曲げて伸ばす。思ったところでぴたりと止まり、頬がゆるんだ。
何日も図面とにらめっこしてきたのは、この小さな動きが見たかったからだ。誰かに見せても、指でちょっと曲げただけに見えるだろう。それでも、今は自分をほめてやりたかった。
満足して、ふっと顔を上げた。
そこはもう、作業部屋ではなかった。
壁に貼った図面がない。作業机も、手元のヤスリも、模型もない。
上も下も分からない、ただ白いだけの場所に、僕はいた。
「やあ、驚かせてごめんね」
声がした。振り向くと、光のかたまりのようなものがふわりと浮かんでいる。顔なんて見えないのに、なぜか笑っているのが分かった。
「ええと……どちらさまですか」
「神様、と呼んでくれればいいよ」
さらっと言われた。
(いや、そんな軽く言われても)
「大事なことだけ話すね」
名乗り方に戸惑っている間にも、神様は続けた。
「君にはこれから、別の子の体と入れ替わってもらう、10歳の男の子だ」
「……はい?」
「行き先は、刻機がある世界だよ」
こくき。聞いたことのない言葉だった。さっきの模型を、まだ机に置いたままだ。やっと腕が動いたところだったのに。
「こくきって、なんですか」
「行けば分かるよ」
「どうして僕なんですか」
「ごめんね、それは言えないんだ」
10歳。別の子の体。刻機のある世界。
ひとつ聞くたびに、分からないことが増えていく。聞きたいことは山ほどあるのに、神様はもう話し終えたように浮かんでいた。
光が、すうっと強くなっていく。白い場所がにじんで、自分の輪郭まで溶けていくような気がした。
「それじゃあ、いってらっしゃい」
最後に聞こえたのは、そんな明るい声だった。
刻機。
それが何なのかも分からないまま、僕の意識は白の中へ沈んでいった。




