第八話
カッセルは、己の肌を刺すようなユーの耀気に、無意識に唇を歪めていた。それは恐怖ではなく、極上の獲物を見つけた時のような、武人としての昂ぶりだった。
「おい、その光を霧散させるな。怒りを一点に固めろ。……まずは拳だ。あの憎たらしいフェルゼンの面を思い浮かべて、俺の掌に叩き込んでみろ」
カッセルは岩から立ち上がると、無造作に右の掌をユーの目の前に突き出した。
「……ッ!」
ユーは荒れ狂う白き炎に振り回されそうになる意識を必死に繋ぎ止め、右拳へと集中させる。復讐心が火に油を注ぎ、小さな拳が熱を帯びる。
ユーは地面を思い切り、踏み込む。弾かれたように飛び出した彼の拳が、カッセルの掌に真正面から衝突した。
——ズォォォォンッ!!
カッセルの巨体が、防戦一方のまま後ろへと凄まじい勢いでスライドした。雪煙を巻き上げ、数メートル後退したところで、彼は力任せに踵を地面にめり込ませて踏みとどまる。
「——ッ、うっ、おおぉ……っ!?」
カッセルは突き出した掌を、密かに振って痺れを散らした。
(なんて馬鹿げた威力だよ……。とっさに耀気で厚くガードしてなかったら、骨ごといかれてたぜ)
防御した上での、芯まで響く衝撃。カッセルの瞳に、これまでにない形容しがたい光が宿る。先ほどまでの「面倒な拾い物」を見る目は消え、目の前の少年に真の「可能性」を見出していた。
「ハッ……ハハハ! 痛ぇじゃねえか、クソガキ! メシ炊きとお掃除専門かと思えば、とんでもねえもん隠してやがったな」
カッセルは右手の震えを隠すように腰に手を当て、不敵に笑う。
「威力は申し分ねえ。だがな、毎回そんなフルパワーで撃ってたら、相手が死ぬ前にお前の体が壊れちまうぞ」
指摘されたユーは、反動の激痛に耐えるように右腕を押さえ、荒い息を吐きながら頷いた。
「耀気の量が多いのはわかった。だがお前、その動かし方は素人以下だ。……次はこいつを試すか」
カッセルは一歩踏み出し、自身の全身に薄く、均一な耀気を纏わせた。それは先ほどのユーの爆発的な炎とは違い、微動だにせず肉体に密着している。
「『纏身着化』。拳や体の一部にだけ強化する着化を、全身に広げる技術だ。魔獣の爪や牙から身を守るための、いわば耀気の鎧だな。これができねえと、生き残れる確率はガタ落ちする。……っつーか、戦いの基礎だ」
カッセルは焚き火の火を背に、ユーに向かって悠然と歩き出す。
「これができなきゃ、フェルゼンはおろか中級の魔獣にすら肉片にされるぞ。いいか、その有り余る怒りを外にぶちまけるのは今じゃねえ。右手を起点に、全身に耀気を巡らせるイメージを持て。慣れてきたら……あー、あれだ体中の毛穴から絞り出し、肌の表面に固定するイメージに切り替えろ。魔獣は待っちゃくれねえ。殺しにかかってくる瞬間に、全身を硬化させられるようになれ」
ユーは深く頷き、再び視線を落として意識を内側へと向けた。
右手の白き炎を全身へと広げようとするが、その度に光は大きく揺らめき、制御を失って霧散してしまう。
「……くっ、うっ……!」
少年の右手で白き光が明滅し、制御不能な熱となって再び荒れ狂う。
黄昏の闇が完全に降り、静まり返った断崖の根城で、過酷な耀気操作の訓練が本格的に幕を開けた。




