第六十六話
「みんな……みんなに伝えたいことがある。そんなには時間はないけど……聞いてくれたら嬉しい」
それは、絞り出すような別れの挨拶だった。弱々しく、けれど精一杯の熱を込めたユーの声に、三人は息を呑んで立ち尽くした。
「師匠……すまない。カッセル師匠。師匠からもらった剣、壊してしまった……ごめん」
ユーの視線の先、地面に転がる無残に折れた剣。カッセルは震える手で、ポケットから短くなった煙草を引っ張り出した。それを口に咥え、だが火を点けることはなく、ひび割れた声で答える。
「……剣のことなら気にするな。お前の役に立ったのなら、それで十分だ」
カッセルは溢れそうになる感情を押し殺し、愛弟子の瞳を真っ直ぐに見返した。
「……お前はやり遂げた。復讐を遂げ、最後まで自分の足で立った。……俺の自慢の弟子だ」
師の言葉を噛みしめるように目を伏せ、ユーは次に傍らの二人へと視線を向けた。
「カイル、リアナ……すまない。俺の本当の名は、ユー・ヴェルライトなんだ。仲間なのに、ずっと嘘をついてて……本当に、ごめん」
ヴェルライト——弓を操る魔獣専門の狩人一族。かつてユーが、自分の持つ弓に強い関心を示した時のことを、リアナは唐突に思い出した。点と線が繋がり、彼女の胸を締め付ける。
「よくわからねぇけど、お前に必要だったことなんだろ? 気にすんなよ、それぐらい!」
カイルが、エメラルドグリーンの瞳から大粒の涙を零しながら叫んだ。
「名前なんてなんだっていい、ユーはユーだろ! 俺たちが背中を預けてきたのは……ヴェルライトでもヴァングレイブでもない、ユーお前なんだよ! 」
「……ありがとう。ここまで来れたのは、みんなのおかげだ。一人じゃ絶対に無理だった。カッセル師匠が鍛えてくれたから、俺は戦えた。カイル、リアナ……二人が声をかけてくれたから、俺はギルドで独りじゃなかった。……本当に、ありがとう」
「ユー、どこにも行かないよね? これじゃ、まるで……まるでお別れの挨拶だよ!」
リアナが、堪えきれずに泣き叫ぶ。
「お礼を言うのは、私の方だよ……。ユーがいてくれたから、私もカイルもここまで来れたんだよ。まだ……私たち、あなたに何もお返しできてない! だからお願い、行かないで!」
「そうだぜ! お前がいないと、俺たちダメなんだ!」
二人の悲痛な叫びを聞きながら、ユーの脳裏には、かつて師匠が笑い飛ばした言葉が蘇っていた。
『復讐、いいじゃねぇか! 綺麗事で腹は膨れねえし、やり遂げりゃあスッキリするしよ。俺は大賛成だぜ!』
あの時は不謹慎だと思ったがその言葉に、救われている自分もいた。ユーは穏やかに、静かに微笑んだ。
「カッセル師匠、復讐はやり遂げた。……本当にスッキリした。後悔はない。でも……やっぱり、家族や一族が戻ってくることはないんだよね。わかっていた……わかっていたけどやっぱり、虚しくて、寂しいんだ」
白々と明ける朝日が、ユーの透き通るような銀砂色の髪を照らす。
だが、光を反射する彼の体からは、既に「人間」としての熱が失われつつあった。
「俺はもうすぐ、俺じゃなくなる。だから、最後のお願いを聞いてくれ。……カッセルさん、酒と煙草は控えめに。長生きして欲しいしさ」
ユーは一度、愛おしそうに三人を眺めた。その眼差しは、永遠にこの景色を焼き付けようとしているかのようだった。
「カイル、リアナ……。二人は相性もいい。俺がいなくても、きっと……『極級狩人』になれるよ。極級になって、二人の夢……自治権を勝ち取って、故郷を国に認めさせるんだ。……二人が安心していられる、帰る場所を作り、守ってくれ。君たちなら、きっとやり遂げられる」
二人の故郷を救いたいという願い。自分の復讐の傍らで、ユーは親友たちのその志を、何より大切に思っていた。
「俺が俺じゃなくなっても、魂が消えたとしても……俺は、みんなを忘れない。……ありがとう」
突如、ユーの全身を再び真紅と漆黒のオーラが侵食し始める。
「……さよならだ」
その言葉を最期に、ユーは一瞬だけ、泣きそうなほど子供じみた、寂しげな微笑みを見せた。
──そして、瞳からは優しきコバルトブルーの光が潰えた。
代わりに灯ったのは、底冷えのするような、冷徹な真紅の魔眼。
そこに立っているのは、もう、彼らの知る「ユー」ではなかった。




