第六十七話
「……さよならだ」
その言葉を最期に、ユーの瞳から優しきコバルトブルーの光が潰えた。
代わって再びその双眸に宿ったのは、底冷えのするような、冷徹で底知れない真紅の魔人の輝きだった。
「別れは済んだか? ……満足したなら、もう行くぞ」
黒竜はどこか淡々と、しかしユーとの約束を果たした充足感を伴って告げる。
その瞬間、ユーの肉体から放たれたのは、先ほどまでの荒々しい暴走とは一線を画す、澄み渡るような「真紅の輝き」だった。黒竜は、地に突き刺さっていた清冽な翠の光を纏った聖剣を左手で無造作に引き抜く。
「……ふん。ノルクスの身体か、案外役に立ったな。私の肉体では、こう容易く聖剣は手に取れまい」
歪みの中心に立つ黒竜は、己の右手を眺め、満足げに鼻を鳴らした。
「聖剣を使いこなす必要などない。扉を開く『鍵』としてならば、これで十分だ」
黒竜の意志に呼応してか、聖剣が異様な共鳴を始める。
「神技解放……赤撃!!」
黒竜は迷うことなく、その透明感あふれる美しい刀身へ、右手に凝縮させた真紅の赤撃を直接叩き込んだ。
——バリィィィィィィッ!!
翠の聖光と真紅の雷霆が衝突し、周囲の空間がガラスのようにひび割れ、万華鏡のように歪み始めた空間の隙間へ、聖剣の刃を深々と突き立て、そのまま一気に横へと引き裂いた。それは世界の理を超越し、無限の深淵へと続く入口であった。
「待て、ユー!!」
「行かないで、お願い……っ!!」
カイルの絶叫も、リアナの泣き叫ぶ声も、その空間の歪みに吸い込まれて届かない。
「さらばだ。ノルクスの者たちよ。もう会うこともあるまい」
黒竜は背後の三人に一瞥もくれず、聖剣で切り裂かれた「闇」へと静かに一歩を踏み出した。朝日を背負ったその背中は、もはや一人の少年のものではなく、人智を超えた存在のそれであった。
ユーの肉体、黒竜の魂、そして聖剣。
それらは歪んだ空間の向こう側へと吸い込まれるように消え、刹那、空間の裂け目は音もなく閉じていった。
ユー・ヴェルライト。復讐のために全てを捧げた少年は、黒竜の器として未知なる地へと旅立っていった。




