第六十五話
すると突然──静寂を切り裂き、地響きと共に巨大な影が廃墟の壁を突き破った。
「——グォォォォォォオオオッ!!」
現れたのは、かつて王都を恐怖に陥れ、ユーの放った赤撃によって片方の斧腕を無惨にも奪われた劫斧竜だ。
主への歪んだ忠誠心か、あるいは自らを呪縛する主の死を悟りここに来たかは定かではない。
理性を失った巨獣は、憎悪の籠もった瞳で周囲を睨みつけた。
「なっ……何故だ!? 劫斧竜がここにいる!」
カッセルが驚愕の声を上げ、反射的に大剣を正眼に構える。
カイルとリアナも瞬時に戦闘態勢に入った。
満身創痍の三人に、この極級魔獣と戦う余力は残っていなかった。最悪のタイミングでの強襲に、三人の背に冷たい汗が流れる。
「……お前が、竜? はっはははは。笑わせてくれるな」
ユーの口から漏れる笑い声は、低く、空気を震わせるような威圧感に満ちていた。彼はゆっくりと歩を進め、逃げ場を失い怯える劫斧竜を見下ろす。
「竜と言うならば、最低限、『龍気』を纏えなくてはな! ……私からすれば、貴様は地を這うただの蜥蜴だ。竜でも何でもない」
その瞬間、ユーの全身から、これまで誰も見たことのない「黄金の耀き」が溢れ出した。それは人間が練り上げる耀気でもなく、魔人が放つ禍々しい魔導力とも違う。
神秘的な「龍気」。その光に当てられただけで、三人は呼吸を忘れ、魂が凍りつくような錯覚に陥った。
「消え失せろ」
無造作に振られた右腕から、凝縮された赤黒い雷撃──赤撃が放たれる。
直撃した劫斧竜の巨体は、断末魔を上げる暇さえ与えられず、一瞬でバラバラの肉塊へと弾け飛び、塵となって霧散した。
「……あ、あの劫斧竜が、一撃……?」
カイルが戦斧を取り落とし、乾いた音を立てる。
リアナは声も出せず、ただただ、あまりにも遠い場所に立っている「何か」を、涙に濡れた瞳で見つめるしかなかった。
カッセルですら、その実力差の前に言葉を失い、大剣を握る拳を震わせる。今のユーは、強くなったのではない。自分たちの住む世界とは、別の次元に住む「何か」になってしまった。
その「何か」は満足げに手元の翠の輝きを放つ聖剣へと視線を移した。
──すると、それはため息をつく。
「……小僧。お前には、借りができた」
黒竜を宿したユーは、怯えと驚愕に固まる三人を見て、どこか居心地が悪そうに頭をかいた。
「お前が私に体を明け渡したからこそ、今の私の魂は維持できている。ならば、一つ慈悲を与えよう。……少しだけ猶予をやる。お前の大切な者たちに、別れの挨拶を伝える時間をな」
黒竜の声が静かに響くと同時に、ユーを包んでいた禍々しい黄金の竜気がふっと霧散した。
「……う、あ……」
次の瞬間、喉の奥で何かがせり上がるような音と共に、彼の双眸から真紅の光が消え、懐かしささえ感じる。けれど今にも消え入りそうなほど淡いコバルトブルーの光が戻る。
「……みんな」
それは、間違いなくユーの声だった。再生した右腕はそのままに、しかし纏う空気だけが、彼らが愛した不器用な少年へと戻る。




