第六十三話
万華鏡のようなその裂け目は、光の深淵を広げながら、血を流し倒れ伏すユーを静かに見下ろしていた。
「おのれ……。あの聖剣使いの小僧め……。よくも、私をこんな目に遭わせてくれたな……。許さぬ……許さぬぞぉ……!!」
地を震わせるような執念の声を絞り出した黒竜の眼球が、傍らで虫の息となっているユーを捉える。
「……小僧。お前、ノルクスか? 白の光と魔導力が混じり合っているな。奇妙な……お前は一体なんなのだ? いや、今はそれどころではない」
黒竜は自身の絶望的な状況と、目の前の少年の「混濁した力」を見比べ、自嘲するように鼻を鳴らした。
そして、消え入るような息をしているユーへ、冷静に、かつ残酷に語りかける。
「生きたいか? 小僧。生きたいのならば取引だ。お前の身体を明け渡せ。利害の一致というやつだ。私もお前も、今は風前の灯……。手を組もうではないか」
「……取、引……?」
「ああ。私の魂をお前という器に移し、完全な『魔人』へと変える。ノルクスの体では、魔を司る私の肉体の器とはなり得ないのだが、お前は普通ではないようだ。賭けにはなるが、事は急を要する。仕方あるまい。……自身の肉体を完全に治す程の体力が今の私にはない。だが、お前の小さき身体ならばそう難しくはないだろう……お前は肉体を生かせる、私も魂は生かせるどうだ? 良い取引であろう?」
魔人がどう言ったものなのかユーにははっきりとわからなかった。ただ、人としての生を捨て、違う何かになるのだろうと言うことはなんとなく理解できた。
拒絶感が一瞬、胸をよぎる。
だが、脳裏に浮かぶのはカッセル、カイル、リアナの顔。
彼らに最後に一言だけでも伝えたいという未練が、ユーの理性を塗り潰していく。
「……それで、俺は生きられるのか」
「保証はしないがな」
「……わかった」
「契約成立だな」
黒竜の巨大な口が、愉悦に歪んだ。
その瞬間、黒竜の頭部から溢れ出した圧倒的な黒い何かが、一気にユーの身体へと流れ込む。 すると、役目を終えたかのように頭上の「万華鏡の裂け目」が急速に萎み、無音のまま夜空へと溶けて消えた。
静寂が戻った廃墟に、一歩、重い足音が響く。 横たわっていたはずのユーが、ゆっくりと立ち上がる。
深い傷は跡形もなく消え、失った右腕の断面からは、肉が泡立ち、骨が軋みながら猛烈な勢いで組み上がる異様な音が響く。漆黒のオーラが血管のように腕を走り、数瞬の後には、以前よりも強く、しなやかな肉体として再生していた。
だが、伏せていた顔を上げた彼の双眸には、かつてのコバルトブルーの光はない。ただ禍々しく、そしてあまりにも美しく耀く「真紅の魔眼」が宿っていた。




