第六十二話
「父さん、母さん……ミーナ……俺、やり遂げたよ。一族皆の仇を、取れたよ……」
天を仰ぎ、独りごちるユーの声は、これまでの峻烈さが嘘のように澄んでいた。血の匂いと硝煙の立ち込める廃墟の中で、彼を縛り続けてきた目に見えない鎖が、今、確かに解けたはずだった。
しかし、安息は一瞬で打ち砕かれる。
「——っ!? くっ、がぁ……ぐっ……!!」
突如、ユーの全身を、内側から細胞を焼き切るような激痛が襲った。
右腕の断面から、そして左の指先から、どろりと溢れ出した漆黒のオーラが、貪欲な獣のように彼の肉体を蝕み始める。
命の灯火を燃料に燃え盛る、呪いにも似た「魔」の残滓。
視界が急速に黒く染まり、意識の輪郭が溶けていく。
(……ああ、そうか。これが、この力を使った報いなんだな……)
抗う力さえ残っていない。冷たい闇に呑み込まれ、そのまま深い眠りに落ちようとしたその時——。
脳裏に、いくつもの顔が鮮烈に蘇った。
お調子者で、口も態度も悪いが、温かい眼差しで自分を導いてくれた師匠、カッセル。
空回りすることもあれば不器用なところもあるが、背中を預けてくれた相棒、カイル。
いつも無理しがちなカイルや自分の身を案じ、怒ったり、涙を流してくれたリアナ。
暗闇に引きずり込もうとする黒いオーラの渦中で、ユーの心が激しく脈動する。復讐という目的を失った彼を、今、この世に繋ぎ止めているのは、愛すべき仲間たちの温もりだけだった。
「……はぁ、……はぁ、……っ!!」
絶叫を噛み殺し、ユーは震える左手で地面の瓦礫を掴んだ。
黒い霧に侵食されながらも、彼は必死に意識を「こちら側」へ繋ぎ止める。
(奴を殺せれば、どうなってもいいと思ってた。命を賭す覚悟なんて、とうに出来ていた……。でも)
復讐という氷が溶けたあとに溢れ出してきたのは、温かな仲間たちの記憶――死にたくないと願ってしまうほどの、切ない未練だった。
(……みんなと、もう会えなくなるのは……やだな。せめて、せめて一言だけでも……みんなに)
ユーの身体から力が抜け、崩れるように地面へと倒れ伏す。
重い瞼が閉じようとした。
その時だった。
頭上の空間が、布を無理やり裂くような異音を立てて歪んだ。
次の瞬間、翠と紅の光が複雑に混ざり合い、万華鏡のように揺らめく光の裂け目となった。
その歪みの奥には、底知れない光の深淵が不気味に口を開けていた。
直後、その極彩色の裂け目から、巨大な何かが吐き出される。
ズゥゥゥゥゥンッ!!
巻き上がる土煙。凄まじい地響きと共に、廃墟の庭園に突き刺さったのは、ユーの身体を遥かに凌ぐ、巨大な『黒竜』の頭部だった。
首元から無残に叩き切られたその断面からは、未だに禍々しい瘴気が立ち昇っている。
だが、その巨大な眼球は未だ憎悪を宿して蠢き、鼻孔からは荒い熱気が漏れていた。
そして──裂け目からもう一つの「光」が尾を引いて落下する。
ドシュッ、と黒竜の眉間のすぐ傍らに突き刺さったのは、一点の曇りもない純白のクリスタルで形作られた、一本の美しい剣だった。
その刀身からは、清冽な翠の光が溢れ出し、尾を引くように周囲をその神聖な輝きで照らしている。




