第六十一話
「ははは! ざまぁみろ! やってやった、やってやったぞ!!」
フェルゼンの一つ目が歓喜に歪み、粘液の巨体がぶるぶると震える。
勝利の確信に、フェルゼンの口(裂け目)が下卑た形に吊り上がる。
「どうした? 終わりか? ならば、絶望の中で無様に這いつくばって死ね!!」
だが。腕を失ったユーは、叫ぶことも、悶えることもしなかった。
ただ、静かに、氷のように冷たい笑みを浮かべた。
「……片方だけだなんて誰が言った?」
ユーの返答に、フェルゼンの思考が凍りつく。少年の左手――。
そこには、右手と全く同じ、血に濡れた『紫の結晶』と『夜月耀石』が、既に握りしめられていた。
「なっ、……バカな、よせ!! やめろぉお!!」
パキィィィィン!!左手の耀石が『崩化』し、純黒の靄が溢れ出す。右腕で味わった激痛を、左腕で即座に再現する。培ってきた『着化』と『転化』の技術を流用し完成させた赤き雷霆。
「あ、が……あぁあああッ!!」
魂を二度焼き切るような絶叫。ユーの左拳に、右手をも凌駕する密度を持った、荒れ狂う「第二の赤い雷霆」が迸り、廃墟を真紅に染め上げた。
「これでおしまいだ……フェルゼン!!」
フェルゼンは恐怖に顔を歪ませ、全身を黒く硬質化させるが、赤き雷撃を纏う左拳はその防壁を、容易く貫いた。
その漆黒の鎧も、今のユーの前では無力な障壁に過ぎなかった。
その刹那、ユーの脳内に「声」が響いた。
かつて極級魔獣、獄炎武猿との死闘の中で聞いた、あの時の声。
優しく、しかし温度を感じさせない、女性の声が、意識の深淵で囁く。
『────その赤き雷霆は、魔人の持つ純粋な魔導力を破壊に変える力。その技の名は──』
「『赤撃』……ッ!!」
——バリィィィィィィッ!!
拳がフェルゼンの巨体の中心、その奥に眠る「核」に直撃する。
ユーの左拳から放たれた赤い雷霆は、フェルゼンが誇る黒き硬質の防壁を、塵も残さず消滅させながら貫いた。
「な、あ……!? 私の……核……が……ッ!!」
フェルゼンの中心にあったのはアメジストのような紫に血液のような赤が走る心臓に似た核。そこにユーの拳が深々と突き刺さる。
赤い雷が核の内側へとなだれ込み──
「あああああ! 嫌だ、私は、私はまだぁあああああ!!」
断末魔の叫びとともに、フェルゼンの巨体が内側からひび割れ、赤い光が溢れ出す。
次の瞬間、夜の空を真っ赤に染めるほどの爆発が起き、魔獣の肉体は光の塵となって夜風の中に霧散していった。
静寂が戻る。
立ち込める煙の向こう、廃墟の向こう側から、微かな光が漏れ始めていた。
「……終わったんだ」
ユーは膝をついた。
右腕を失い、左腕も感覚がない。命の灯火が、今まさに消えようとしている。
だが、その表情には、これまで決して見せることのなかった、穏やかな安らぎが宿っていた。




