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第五十六話

「驚いた。劫斧竜(ごうふりゅう)はどうしたんだい?」


テラスの縁に腰をかけたフェルゼンは、まるで旧友の訪問を歓迎するかのように、軽やかに声を弾ませた。月光を背負うその顔には、相変わらず慈悲深い医者を思わせる偽りの微笑が貼り付いている。


「どうあがいても、君たち『狩人』が勝てる相手ではなかっただろうに。……ふむ、当ててみようか」


フェルゼンは立ち上がり、ゆっくりと階段を下りてくる。一歩ごとに、彼から放たれる「赤蝕」の毒々しい気配が周囲の草木を枯らしていく。


「今の君からは薄っすらとだが『魔』の気配がする。あれも知能の低い獣だ……。同類、あるいは格上の魔に当てられ、自分可愛さに逃げて行ったのだろう?」


ユーの右腕が、内側から爆ぜるように脈動した。フェルゼンの言葉の端々から漂う、命を、故郷を、踏みにじったことへの罪悪感の欠如。それが何よりもユーの神経を逆なでした。


「……一つ、聞かせてもらおうか。お前は何故、俺の里を襲った」


絞り出すようなユーの声に、フェルゼンは退屈そうに首を傾げた。


「俺たちが、お前にこんな目に遭わされなきゃいけないようなことをしたのか……っ!?」


「目的……ね。今はもう、どうでもいいことなんだけどね」


フェルゼンは庭園に降り立つと、邪魔な蔦を払うように手を振った。


「探し物だよ。頼まれてたんだ。そして結果的に、君がそれっぽいんだよね」


ユーの眉間に深い皺が刻まれる。探し物? そんな、たったそれだけの理由で。


「本来『魔』の力は、ノルクスには発現しない。……でも彼らは『いる』と言うからさ。探さないわけにもいかないし、とりあえず可能性のありそうなノルクスに当たってみることにしたんだ。君の一族……ヴェルライトが最も可能性があると踏んでね。君達、魔獣を食べるんだろ? 普通のノルクスはまずそんなことはしない」


フェルゼンはそこで一度言葉を切り、悦に浸るようにユーの右腕を指差した。


「そして、やはり正解だった。君は魔の力を有している。でなければ、あの劫斧竜にも敵わなかっただろう?」


「ノルクス……? 訳のわからないことを……。その、命令した奴は誰だ!」


叫ぶユーを、フェルゼンは冷ややかな、憐れみすら含んだ瞳で見つめた。


「ずっと遠いところにいる人だよ。君の知らない、遠い場所。……さて、サービスはここまでだ。頑張ってここまで来てくれたご褒美に教えてあげたけど。やっぱり君の存在は私にとって邪魔だからね」


フェルゼンの影が、生き物のように蠢き始める。


「……君は私に復讐したいと言ったね? お疲れ様。もうそんな苦労はしなくていい。——だって今日、君は私に殺されるんだから」


その瞬間、ユーの中で何かが完全に断絶した。

悲しみも、迷いも、自身の命への執着さえも、全てが漆黒の殺意に塗り潰される。

その瞬間、ユーの理性の糸が弾け飛んだ。


「ふざけるのも、大概にしろ……ッ!!」


ユーは腰の片手半剣を抜き放ち、フェルゼンへと向ける。


「今日死ぬのはお前だ! フェルゼン! 俺の手で終わらせてやる……。覚悟しろ!!」

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