第五十四話
「ユー!!」
駆け寄るリアナの声が、瓦礫の山にこだました。カッセルとカイルもまた、信じがたいものを見るような、それでいて深い痛みを湛えた瞳で、膝をつく少年の背中を見つめていた。
遅れて到着した守備隊の怒号や、救助を呼ぶ喧騒が遠くに聞こえる。だが、今のユーにとって、それらは別世界の出来事のように遠かった。
(……自覚しているさ。この力、この感覚……)
ユーは、自身の右腕を見つめた。
赤黒い雷が消えたあとの皮膚は青白くなり、何かが纏わり付くようなどろりとした違和感が残っている。
カッセルたちが抱いた戦慄、いや、それ以上にユー自身が理解していた。
あのオーラを纏った瞬間、自身の肉体と魂が、底なしの深淵へと引きずり込まれる感覚。
それは禍々しく、暗く、あまりに深い——命を代償にした力。
普通の人間が扱えば、待っているのは確実な死。
力を使うたびに、全身の細胞が、そして魂そのものが悲鳴を上げ、死へのカウントダウンを刻む。
自分の手に負える力ではない。本能が「死」を突きつけ、身体の芯がガタガタと震える。
「ユー、大丈夫なの!? その腕……」
リアナが震える手で肩に触れようとした瞬間、ユーは静かに、だが拒絶するように立ち上がった。
「……普通のやり方じゃ、あいつには届かない」
掠れた声で言う。
正道では辿り着けない場所。
ならば、異常で異質な「魔」に魂を売り払ってでも、あいつを地獄へ引きずり下ろす。
自分の命など、あの日に里が焼かれ、妹の笑い声が絶叫に変わった瞬間から、とうの昔に投げ出していた。
「ユー……お前、なにを……」
カッセルの言葉を遮るように、ユーはポーチの中の『紫の結晶』と『夜月耀石』を握りしめた。
指先に伝わる不気味な脈動。
だが、今のユーには、それが何よりも心強い武器に思えた。
震える右手を強く握り込み、激痛と、消えない黒い残滓を、自分を支える唯一の糧にする。
(……あいつがどこにいるか、見えた……この右目が教えてくれた……見せてくれた。まるでこれから起こることが、未来が……俺はあそこで奴と戦う。……どうなるかまでは見えなかったが……ヤツの居場所は)
ユーの瞳が真紅の輝きを宿す。
王都の遥か北方——フェルゼンの潜む「森の廃墟」の方角を鋭く射抜いた。
復讐は、彼自身の存在すべてを燃やし尽くすための、最後の灯火だった。
駆けつけた守備隊の兵士たちが、その少年の横顔に宿る凄絶な殺気に気圧され、道を開ける。
やがて、瓦礫の隙間に一筋の光が差し込んだ。
長い夜の終わりを告げる、夜明けの陽光。
だが、その光さえも、少年の背中に落ちる「死」の影を消し去ることはできなかった。
それは、自らを「魔」へと変えた少年の、孤独で残酷な追跡劇の始まりだった。




