第五十三話
劫斧竜が、咆哮した。
目の前の少年から放たれるのは、人間の生命エネルギーである耀気の輝きではない。光を飲み込み、音を消し去る赤黒いオーラは、赤黒く迸る雷となる。
劫斧竜は魔獣としての本能が、最大級の警鐘を鳴らしていた。
「オ、ガ、アアアアアアッ!!」
劫斧竜は地を蹴り、腕の斧を渾身の力で振り下ろした。先ほどまでなら、王都最強の狩人たちをも鎧ごと両断していたはずの一振り。
だが、ユーは避けない。
「おぉおおおおっ!!」
地這うような声と共に、ユーは赤黒い雷撃を纏った右拳を無造作に突き出した。
——バチィバチバチバチバチィ!!!
空間そのものが弾けるような凄絶な轟音。劫斧竜が誇る漆黒の斧腕と、ユーの赤黒い一撃が正面から衝突する。
一瞬の静寂の後、不可能な光景が広がった。鉄壁の硬度を誇り、あらゆる攻撃を弾き返してきた劫斧竜の斧が、ユーの拳が触れた箇所からガラス細工のように容易く砕け散ったのだ。
赤黒い放電が魔獣の腕を駆け巡り、破壊していく。
「ガ、アアアアアアアアッ……!!」
王都を震わせる、悲痛な絶叫。かつて劫斧竜が感じたことのない屈辱と「死」の予感。劫斧竜は傷口から血を流しながら、フラフラと、今にも崩れそうな足取りで立ち上がった。
ユーが、感情の消えた瞳で一歩、踏み出す。
その瞬間、劫斧竜の心は完全に折れた。フェルゼンの命令も、自身の任務もすべてを投げ出し、斧の形状をした尾を狂ったように振り回して目隠しの土煙を上げると、文字通り「道を切り拓く」ようにして壁を突き破り、夜の闇の向こうへと這うようにして逃走を開始した。
「……はぁ、……はぁ、……っ」
右腕から噴き出していた赤黒い放電が、徐々に小さくなって消えていく。
限界を超えた異能の代償。ユーは糸の切れた人形のように、その場に膝をついた。
その直後、ようやく劫斧竜の猛攻による瓦礫の封鎖を突破した守備隊の先遣隊が、怒号とともに門へと雪崩れ込んできた。
だが、そこに残されていたのは、無残に破壊された門と、力尽き膝をつく一人の少年だけだった。
「ユー!!」
駆け寄るリアナの悲鳴。カッセルとカイルが、驚愕と安堵の混ざった複雑な表情でユーの背中を見つめていた。視線の先、「獅子の門」の彼方には、フェルゼンも劫斧竜も、もういない。
「フェルゼン……絶対逃さないぞ……お前を必ずこの手で……」
意識を失いかけるも踏みとどまり、少年の唇が、静かに、だが重い誓いを刻んだ。やがて、瓦礫の隙間に一筋の光が差し込んだ。長い夜の終わりを告げる、夜明けの陽光。王都に、新しい朝が訪れる。




