↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
5/68

第五話

カッセルは、ユーの隣で煙草に火をつけた。紫煙が雪夜に溶けていく。


「俺がここに来たのは、新種の『寄生魔獣』がこの辺りに出るって噂を嗅ぎつけたからだ。……だが、俺もあんな魔獣は初めて見たぜ」


カッセルの琥珀色の瞳が、赤く染まった里を忌々しげに睨む。


「……カッセル、さん。里に、戻らせてください。父さんたちが……」


「ダメだ。危険すぎる。夜が明けるまでは待て。」


カッセルは有無を言わせぬ口調でそう言うと、焚き火の熱をユーに押しやるように座り直した。



──────数時間後。


東の空が白み始めた頃、ユーはカッセルと共に、かつての故郷へと足を踏み入れた。

しかし、そこに広がっていたのは、想像を絶する静寂だった。


家々は焼け落ち、黒い炭と化した柱が墓標のように並んでいる。あれほど恐ろしかった粘液の化け物たちは、影も形もない。獲物を食い尽くし、跡形もなく消え去った後だった。


足元に転がっていたのは、妹のミーナが大切にしていた手作りの人形だ。半分が焼け焦げ、片方のボタンの目が虚ろに空を仰いでいる。そのすぐ隣には、母が毎日身につけていた翡翠の髪飾りが、無残に砕け散って泥にまみれていた。


そして、家の入り口だった場所には――父の弓が、主を失って中央から折れ曲がっていた。傍らには、フェルゼンの触手に貫かれたであろう父の外套の切れ端が、どす黒い血に染まって雪にへばりついている。


「……いない。誰も……」

 

ユーはふらふらと、自分の家があった場所へ歩み寄った。そこには、唯一形を残した母の髪飾りの破片だけが落ちていた。


「う、あ……ぁ……」


復讐を誓った。奴を殺すと心に決めた。だが、実際に目の当たりにした「喪失」の重さは、少年の細い肩で受け止められるものではなかった。

こらえようとしても、熱い雫が次から次へと溢れ出し、冷え切った頬を伝う。


「うわあああぁぁぁッ!! 父さん! 母さん! ミーナ!!」


雪の上に突っ伏し、ユーは声を上げて泣きじゃくる。その慟哭は、生き物の気配が消え失せた廃村に、虚しく響くだけだった。

カッセルは、かけるべき言葉を持たなかった。ただ、黙ってユーの背後に立ち、巨大な影となって冷たい朝風を遮り続けた。


やがて、ユーの涙が枯れ、肩の震えが止まった時。カッセルが重々しく口を開いた。


「……ヤツと戦うには俺も準備不足だ。一度立て直す。俺はもう行くが……お前はどうする?」


ユーは顔を上げた。目は赤く腫れ、表情にはまだ幼さが残っている。だが、その瞳に宿った火は、先ほどよりも静かで、より深く、消えない業火となって根を張っていた。


「……お願いします。僕を、鍛えてください」


ユーは母の髪飾りの破片を固く握りしめ、カッセルの無骨な手に、自分の小さな手を重ねた。しかし。


「あ? 話は聞いてやると言ったが、鍛えてやるとまでは言ってねえよ」


琥珀色の瞳が、冷徹にユーを射抜く。


「俺は慈善事業で剣を振ってるわけじゃねえ。お前みたいな足手まといのガキを連れていく理由も、そんな暇はないんだ」


突き放す言葉。カッセルは一度も振り返ることなく、雪に埋もれた山道を大股で歩き出した。


ユーは一瞬呆然としたが、すぐに泥だらけの膝で立ち上がり、必死にその大きな背中を追いかけた。


「……待って……置いていかないでください!」


一歩、また一歩。

雪に足を取られながらも、少年は止まらなかった。今のユーには、この背中以外に縋るものはなく、この先にしか、地獄に送るべき仇はいないのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。