第五話
カッセルは、ユーの隣で煙草に火をつけた。紫煙が雪夜に溶けていく。
「俺がここに来たのは、新種の『寄生魔獣』がこの辺りに出るって噂を嗅ぎつけたからだ。……だが、俺もあんな魔獣は初めて見たぜ」
カッセルの琥珀色の瞳が、赤く染まった里を忌々しげに睨む。
「……カッセル、さん。里に、戻らせてください。父さんたちが……」
「ダメだ。危険すぎる。夜が明けるまでは待て。」
カッセルは有無を言わせぬ口調でそう言うと、焚き火の熱をユーに押しやるように座り直した。
──────数時間後。
東の空が白み始めた頃、ユーはカッセルと共に、かつての故郷へと足を踏み入れた。
しかし、そこに広がっていたのは、想像を絶する静寂だった。
家々は焼け落ち、黒い炭と化した柱が墓標のように並んでいる。あれほど恐ろしかった粘液の化け物たちは、影も形もない。獲物を食い尽くし、跡形もなく消え去った後だった。
足元に転がっていたのは、妹のミーナが大切にしていた手作りの人形だ。半分が焼け焦げ、片方のボタンの目が虚ろに空を仰いでいる。そのすぐ隣には、母が毎日身につけていた翡翠の髪飾りが、無残に砕け散って泥にまみれていた。
そして、家の入り口だった場所には――父の弓が、主を失って中央から折れ曲がっていた。傍らには、フェルゼンの触手に貫かれたであろう父の外套の切れ端が、どす黒い血に染まって雪にへばりついている。
「……いない。誰も……」
ユーはふらふらと、自分の家があった場所へ歩み寄った。そこには、唯一形を残した母の髪飾りの破片だけが落ちていた。
「う、あ……ぁ……」
復讐を誓った。奴を殺すと心に決めた。だが、実際に目の当たりにした「喪失」の重さは、少年の細い肩で受け止められるものではなかった。
こらえようとしても、熱い雫が次から次へと溢れ出し、冷え切った頬を伝う。
「うわあああぁぁぁッ!! 父さん! 母さん! ミーナ!!」
雪の上に突っ伏し、ユーは声を上げて泣きじゃくる。その慟哭は、生き物の気配が消え失せた廃村に、虚しく響くだけだった。
カッセルは、かけるべき言葉を持たなかった。ただ、黙ってユーの背後に立ち、巨大な影となって冷たい朝風を遮り続けた。
やがて、ユーの涙が枯れ、肩の震えが止まった時。カッセルが重々しく口を開いた。
「……ヤツと戦うには俺も準備不足だ。一度立て直す。俺はもう行くが……お前はどうする?」
ユーは顔を上げた。目は赤く腫れ、表情にはまだ幼さが残っている。だが、その瞳に宿った火は、先ほどよりも静かで、より深く、消えない業火となって根を張っていた。
「……お願いします。僕を、鍛えてください」
ユーは母の髪飾りの破片を固く握りしめ、カッセルの無骨な手に、自分の小さな手を重ねた。しかし。
「あ? 話は聞いてやると言ったが、鍛えてやるとまでは言ってねえよ」
琥珀色の瞳が、冷徹にユーを射抜く。
「俺は慈善事業で剣を振ってるわけじゃねえ。お前みたいな足手まといのガキを連れていく理由も、そんな暇はないんだ」
突き放す言葉。カッセルは一度も振り返ることなく、雪に埋もれた山道を大股で歩き出した。
ユーは一瞬呆然としたが、すぐに泥だらけの膝で立ち上がり、必死にその大きな背中を追いかけた。
「……待って……置いていかないでください!」
一歩、また一歩。
雪に足を取られながらも、少年は止まらなかった。今のユーには、この背中以外に縋るものはなく、この先にしか、地獄に送るべき仇はいないのだ。




