第四十一話
「……うっ、……あ……」
「カイル! 良かった、気がついた……!」
リアナが必死に流し込み続けた木耀の光が、カイルの瞳に生気を呼び戻した。カイルはひどく軋む体を無理やり起こすと、自分を覗き込むリアナの手を力強く握り返す。
「リアナ、助かった……! ユー達の加勢にいくぞ!」
「……もう大丈夫なの?」
「問題ねぇよ! リアナのおかげでな!」
二人は同時に立ち上がり、ユーとカッセルが死闘を繰り広げる中心地へと迷いなく駆け出した。
「待たせちまったな……っ!」
カイルが戦場に舞い戻る。戦斧の窪みから火耀の耀石を外し、懐から取り出した金耀の耀石を即座に装填。灰色の重厚な輝きを纏い、物理耐性を極限まで高めた戦斧を振りかざし、武猿の脳門へと渾身の一撃を叩きつけた。
カッセル、ユー、そしてカイル。三人がそれぞれの耀気を武器に宿し、波状攻撃を仕掛ける。だが、武猿は動じない。それどころか、手に持った黒棒をあえて地面に突き立て、軸に据えた。
「──ッ!?」
武猿は棒を中心に独楽のように回転し、カイルの戦斧をその棒で受け止めると、カッセルの大剣を蹴り上げ、ユーの刺突を肘鉄で強引に逸らす。
棒術に、拳法、蹴り、さらには身体のあらゆる部位を凶器に変える「格闘武術」。三人がかりの猛攻さえも、一頭の猿が振るう武の奔流に飲み込まれていく。
(……赤蝕の能力、粘液を操り硬質化した武器への変化。それにこの動き……こんな魔獣がいるのか!?)
ユーは手も足も出ない状況に、ただ困惑するしかなかった。
その乱戦の最中、後方で機を窺っていたリアナが動いた。
「これなら……っ!」
水耀の青き光を極限まで圧縮した、必殺の一矢。武猿の意識が前線の三人に集中しているかに見えた、その完璧な隙を突いたはずだった。
だが、武猿はリアナの方を見ることすらしない。風を切る音と共に放たれた矢を、背中を向けたまま、無造作に伸ばした左手で掴み取った。
「嘘……っ」
リアナが絶句する。その指先で、青き光を放つ矢がパキリと無残に砕け散った。
それと同時に、武猿の全身から黒霧が消失し、代わりに爆発的な炎がその拳を包み込む。
「下がれッ! お前ら!!」
カッセルの鋭い怒号が響く。カイルが「くそっ!!」と毒づき、二人は同時にリアナの前へと割って入った。
だが、炎を纏った武猿の連撃が二人を正面から粉砕した。その凄まじい熱風と衝撃の余波は、一歩遅れて動いたユーをも容赦なく巻き込み、地面へと激しく吹き飛ばす。
「リアナ……ッ!!」
砂を噛みながら顔を上げたユーの視界が、スローモーションのように焼き付いた。
邪魔者が消えた視界の先、武猿の冷徹な瞳が、弓を構えたまま震えるリアナを射抜いている。
間に合わない。
吹き飛ばされた自分からも、地に伏したカッセルたちからも、彼女はあまりに遠い。
怪物はゆっくりと、しかし確実に、死そのものとなってリアナへ歩みを進める。
一歩、また一歩と距離が縮まるたび、ユーの心臓は狂ったように脈打ち、腰の革袋は今や服を焼き焦がすほどの異常な熱を放ち始めた。
「……やめろ……。やめろォ!!」
叫びは空虚に響き、武猿の拳が、無防備な少女へ向けて振り上げられる──。




