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第四十話

「グゥ……ルルル……ッ!」


武猿が喉の奥で、獣とも人ともつかぬ歪な音を漏らした。

次の瞬間、怪物は自らの鋭い爪を、むき出しの前腕へと無造作に突き立てた。


「自傷だと?……何を考えてやがる!」


カッセルの驚愕を他所に、引き裂かれた肉からは、血の代わりにドロリとした禍々しい赤い粘液──『赤蝕』が噴出した。その粘液は地に落ちるより早く、瞬時に漆黒へと硬質化。


それは、闇を凝縮したような一振りの「黒棒」へと変貌を遂げた。


「くるぞ、構えろッ!!」


ユーが警告を発した瞬間、武猿の姿が掻き消えた。次の瞬間には、すでに二人の眼前に肉薄している。手中に収めた黒棒を、まるで意思を持つ生き物のように旋回させ始めた。


「オオオオオッ!!」


咆哮と共に繰り出されるそれは棒術であった。

黒棒を自在に回し、風を切る音さえ置き去りにして襲いかかる。

カッセルが炎を纏った大剣で迎え撃つが、武猿は回転の勢いをそのままに、大剣の腹を「黒棒」の先端で叩き、力を逸らした。


「……っ!?」


さらに返しの連撃が、ユーの死角から繰り出される。ユーは咄嗟に片手半剣の峰を支え、盾のようにしてその一撃を弾いた。火花が散り、腕を通して凄まじい振動が全身を駆け抜ける。


「 ……っ、リアナ、カイルを頼む!」


ユーが必死に武猿の注意を引きつける。

その背後、巨木の下ではリアナが震える手で、木耀石を掲げていた。


「お願い……動いて、カイル……!」


リアナが祈るように耀気を流し込むと、石から溢れ出した鮮やかな緑の光が、ぐったりと横たわるカイルを包み込んでいく。木耀の光は彼のひしゃげた防具の隙間を縫うように浸透していくが——その傷を完全に癒やすだけの時間を、武猿は許さない。


武猿はさらに回転速度を上げ、伸縮・しなりを活かした変幻自在の打撃で二人を翻弄する。カッセルとユーはそれを防ぐことだけで精一杯だった。


「く……っ、ぐぁ!!」


すべてを防ぐことも叶わず、身体中いたるところ、黒棒が武器に当たるたび、骨が軋む音が脳内に直接響いた。


極級のカッセル、そして未だ中級ながら上級並みの実力を持つユーの二人を、棒術一本で絶望の淵へと追い込んでいく武猿。

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