第三十六話
「……はじめましてだね」
蒼い月光が、白銀に輝く廃都の広場を冷たく照らし出していた。
石畳の上に佇むフェルゼンの前で、砂塵の中からその巨躯が音もなく滑り出してきた。
月光を吸い込むような濃紺の鱗に覆われたその体躯は、低く、しなやかに構えられている。無駄な突起を削ぎ落とした流線型のフォルムは、まるで深淵を泳ぐ怪物のような異質さを放っていた。夜の影と石畳の白に見事に溶け込み、その輪郭を陽炎のように揺らめかせる。
特に目を引くのは、体長の半分以上を占める巨大な尾だ。その先端は、不自然なほど巨大な、そして凶悪なまでに鋭利な「両刃の斧」へと変貌を遂げている。
「いやぁ、驚いた。まさか、こんなところにまでいるとは思わなかった。『竜』と言う生き物がね」
フェルゼンは薄笑いを浮かべ、瞳の奥で、その竜の全身を舐めるように観察する。
「ここ最近、狩人たちの間では、私が放った分身体に寄生された魔獣を『赤蝕魔獣』と呼ぶらしいね。彼らが決めたランク付けでは、あれで『上級』にあたるそうだ。生命力溢れる『黒霧魔獣』というのもまた面白いけれど……彼らの中には、その上を行く『極級』という最高危険度の魔獣もいるみたいだよ」
フェルゼンが優雅に一歩を踏み出す。その瞬間、竜の全身の鱗が微細に震え、周囲の音が吸い込まれるように消えた。
「極級……たった一体で村や里を滅ぼせるほどの危険度らしく。私も似たようなことをやったことがあるから、そう言う意味では君とはいい仲間になれるのかもしれないね」
静寂を切り裂き、斧と化した両前脚が月光を帯びて振り下ろされる。重なり合う二条の閃光。フェルゼンはそれを身を翻して紙一重でかわすが、直後、死角から第三の刃——巨大な尾の斧が、廃都の石畳を砕きながら横薙ぎに迫った。
──ギィィィィィィィィィィィンッ!
「……まぁ、落ち着きなよ。やれやれ話は通じなさそうだ」
フェルゼンの右腕。灰色の長衣から突き出した、黒く硬質化した大鎌のような刃の腕が、視線を向けることすらなく、真横から迫った尾の斧を完璧に受け止めていた。
「話せる魔獣は私くらいなものだろうし、しょうがないか。……ただの暇つぶし。……まぁ、私は魔獣ではなく、『魔人』と言っても過言ではない存在なのだけれど」
フェルゼンは竜の尾を軽々と押し返すと、陶酔したように笑みを深くした。その口角は、もはや人間には不可能な角度まで吊り上がっている。
「——もう彼との約束を果たす義理は、もうなくなった。私は自由。私は魔人であり、この世界を統べる魔王となる……ふふ、ふふふ、あはははは!」
静まり返った廃都に、狂った笑い声が木霊する。
「さぁ、この世界で最強と恐れられている君の価値、私に教えておくれよ。……極級魔獣——劫斧竜」




