第三十五話
「……おいおい。中級のガキにしては、随分と派手に暴れてたじゃないの。がんばったがんばった」
静寂を切り裂くように、拍手の音が湿地帯に響いた。
木陰から姿を現したのは、バザルだ。酒瓶を片手に、その濁った瞳でユーの手にある紫の結晶を卑しく見つめている。
「感心したぜ。だが、そいつは上級依頼の戦利品だ。引率役の俺がいただくのが、筋ってもんだろ? さあ、こっちに渡しな」
バザルがだらしなく手を差し出し、一歩踏み出した――その瞬間。
「奪えるものなら奪ってみろ」
冷徹な、しかし鼓膜を直接削るような声が響いた。
バザルの動きが止まる。いや、凍りついた。
ユーがゆっくりと顔を上げた。その瞳は、もはや理性の色を失い、ドス黒い復讐の炎がゆらゆらと揺れている。腰の革袋から漏れる紫の光と呼応するように、彼の周囲の空気が物理的な重圧となって膨れ上がった。
「これは、俺の……あいつに辿り着くための、唯一の手がかりだ。……奪おうとするなら、お前を殺す」
凄まじい殺気。
それは魔獣のそれよりも鋭く、剥き出しの刃を突きつけられたような錯覚を抱かせる。隣にいたカイルとリアナでさえ、その「怪物」のようなユーの気迫に、言葉を失い一歩後ずさった。
「ひっ……!? お、おい……冗談だろ……な、なぁ」
バザルは、あまりの気圧されように腰を抜かし、泥の中に尻餅をついた。
上級狩人としてのプライドなど、ユーには関係なかった。
「……わ、わかったよ! 好きにしやがれ! 恩知らず共が!」
逃げるように去っていくバザルの足音が遠のくと同時に、張り詰めていた糸がプツリと切れた。
「……っ」
膝の力が抜け、ユーの体が前方に倒れ込む。右腕は崩化による反動か激しく震えていた。
「ユー!」
「大丈夫か!?」
泥にまみれる寸前、カイルとリアナの手が同時にユーの体を支えた。二人の手の温もりが、復讐に冷え切ったユーの意識を現世へと引き戻す。
「……悪い。……助かった」
二人の肩を借りながら、ユーは掠れた声で、しかしはっきりと告げた。
「……ありがとう。……二人がいてくれてよかった」
いつもの冷徹な仮面の奥に、ほんの一瞬だけ年相応の少年の弱さと、深い感謝が滲んでいた。




