第三十四話
「……あ?」
カイルが困惑の声を漏らした。脳門を割ったはずの戦斧から、手応えが消えた直後、割れた脳門から溢れた赤い粘液が、生き物のように戦斧に絡みついた。
——ドクンッ!
同時に、ユーの腰の革袋が熱を帯び、中の紫の結晶が激しく脈動し始める。
「っ! この反応……赤蝕!? 反応はなかったはずだぞ!」
黒霧魔獣ボグ・タイラント。その体内で休眠していた寄生生物が、宿主の死の間際に目覚め、ユーの結晶と共鳴を始めた。
「な、なんだこれ……抜けねえ!」
戦斧を飲み込んだ赤い触手が、意志を持つようにカイルの腕へと這い上がる。
「カイル!」
ユーの叫びと同時に片手半剣でその赤い触手を断ち切る。よろめくカイルを救い出し、二人を背にかばう。
「黒霧魔獣がさらに赤蝕魔獣化するなんて……。ただでさえ厄介な黒霧に、赤蝕の変異まで重なったというのか……カイル、リアナ。ヤツに用があるのは俺だけだ。二人は逃げろ」
「ふざけんな! 俺だってコイツがヤバイってのはわかる! だからこそだ一人でやらせるかよ! 」
「そうよ、三人で戦うの!」
仲間の叫びに、ユーは半ば諦めたように息を吐いた。
「……頼む、死なないと約束してくれ」
咆哮が響く。変異した魔獣の背から噴出した触手が「水流の砲塔」へと姿を変え、高圧の水弾を放つ。ユーは正面からそれを掻いくぐり、カイルが耀気纏われた戦斧でブレスをねじ伏せ、リアナの矢が迫る触手を射抜いて軌道を逸らす。
「ふッ!」
二人が作り出した一瞬の隙。ユーは弾丸のように潜り込み、白日耀石を握りしめた拳を突き出した。
崩化により耀石に亀裂が走り、指の隙間から溢れ出した莫大な耀気が、右腕を白き炎の奔流となって包み込む。
その破壊力で一撃を叩き込もうとするが、ボグ・タイラントが放った高圧の水ブレスと衝突。決め手の一撃を真っ向から防がれてしまう。
「くっ……!?」
さらに四方から迫る触手。後退を余儀なくされたユー。右手に握られていた砕けた白日耀石を破棄する。するとリアナの鋭い声が飛ぶ。
「カイル! ユーにこれを!」
リアナは自身の弓から木耀石を抜き取り、カイルに投げる。
「なるほどな! ユー受け取れ!」
カイルが空中でそれを中継し、弾き出された木耀石が、ユーの右手に収まる。
(リアナの木耀石!? ボグ・タイラントの弱点属性は木耀だったな……よし)
ここは足場の悪い湿地帯。まともに踏み込めば泥に呑まれ、再びブレスの餌食になる。ユーは瞬時に決断し、懐からもう一つの白日耀石を左手で抜き取ると同時に足元へ放り投げ、それを踏み抜いた。
「——っ、はぁああ!!」
凄まじい白き光と共に脚底で炸裂する。白日耀石による耀気の強化。崩化程ではないにしても指向性を持った耀気爆発となって泥水をクレーター状に吹き飛ばした。露出した岩盤を、踏み抜き凄まじい推進力へと変え、ユーは一筋の白い閃光となって戦場を貫いた。
もはや高圧水弾も触手も捉えられなず、ユーの右脚の感覚が消えゆく中、最短距離で間合いを消し去り、魔獣の眼前に躍り出る。
「これで、終わりだッ!!」
右拳の木耀が臨界を迎え、まばゆい緑の亀裂から鮮烈な光が漏れ出す。最大出力の崩化の一撃が、無防備な魔獣の胸元に深く突き刺さった。
ドォォォォォン!!
木耀石の崩化がボグ・タイラントの巨体を撃ち抜き、その生命活動を強制停止させる。寄生先を失った赤蝕の触手は、意志を失ったように力なく崩れ落ちた。
「……はあ、はあ……っ」
爆風が収まった戦場に、静寂が戻る。
残骸の中には、脈動を止め、回収を待つように転がっている紫の結晶——「赤蝕の核」があった。それは今まで集めてきたものよりも一回り以上大きく、不気味な存在感を放っている。
膝から崩れ落ちようとするユーを、駆け寄ったカイルの剛腕がしっかりと支えた。




