第三十三話
陽光を完全に遮るほど濃い霧が立ち込める湿地帯へと、一行は足を踏み入れていた。
一歩踏み出すごとに、腐敗した泥が足を掴むような不快な音が響く。その静寂を切り裂くように、それは現れた。
沼の表面に浮かぶ、苔むした巨大な岩。しかし、その岩が「ギロリ」と巨大な瞳を開いた瞬間、三人の背筋に悪寒が走る。岩だと思ったのは、泥と苔を背負って擬態していた、巨大な大山椒魚のような魔獣の背中だったのだ。
「……出たな。湿地の暴君、『ボグ・タイラント』」
ユーが低く呟く。その声に応えるように、魔獣は沼の底から音もなく残りの巨体を浮上させた。
鈍色の皮膚を包むように、漆黒の煙――変質した生命エネルギー『黒霧』が禍々しくまとわりついている。
「……これまで相手にしてきた奴らとは格が違うぜ」
カイルが震える手で戦斧を構え直し、冷や汗を拭う。リアナも弓を絞るが、肌に張り付くような重圧に息を呑んだ。
直後、魔獣の口が不気味な音を立てて大きく開かれる。
「二人ともわかっているとは思うが、黒霧を纏う魔獣は皆――属性能力を有している。気を引き締めろ!」
ユーの警告と同時に、魔獣の口から超高圧の泥水が、一直線に放たれた。
正面から衝突する水の衝撃。だが、ユーが両手を突き出した瞬間、泥水の塊は彼を避けるように激しく弾け飛んだ。展開したのは、衝撃の吸収と分散に特化した防御技術、盾の耀気。
凄まじい圧力に足元の泥へ深く沈み込みながらも、ユーは両手に力を込める。膜に吸い込まれるように威力を殺されたエネルギーは、彼の背後を避けるように周囲へと逃がされていった。
行き場を失った泥水は、ユーが展開した耀気の壁に沿って激しく弾け飛び、彼の背後だけがぽっかりと穴が空いたような安全地帯になる。
「カイル、リアナ、今だ!」
ユーが正面からブレスを力ずくで抑え込み、魔獣を釘付けにする。その隙に、背後にいた二人が左右に分かれて飛び出した。
「射ち抜く……っ!」
左側へ回り込んだリアナが放った緑の光矢が、魔獣の瞳を横から正確に射抜いた。
視覚を奪われ、ブレスが途絶える。その決定的な隙を突き、右側からカイルが肉薄した。
「これで終わりだぜ、喰らいやがれ!」
赤き火耀を戦斧に宿し、カイルが泥地を蹴って跳躍する。
無防備な魔獣の脳門へ、渾身の一撃が深々と叩き込まれた。
肉を断ち、骨を砕く、確かな手応え。
——だが、しかし。




