第三十二話
魔獣専門・狩人ギルドの掲示板前。
依頼書を吟味する狩人たちの野太い声や、装備が擦れる金属音が混じり合う喧騒の中、カイルが重厚な戦斧を床に置いた。ドォン、と重い音が響き、周囲の視線が集まる。
「ふぅ……。この一ヶ月、湿地帯の鰐魔獣に原生林の毒蛇魔獣……それなりに手強かったが、俺たちの連携もなかなか様になってきたと思わねえか? ユーが剣で隙を作り、リアナが弓で退路を断つ。そこに俺が叩き込む。完璧じゃねえか!」
カイルは自身の燃えるような赤い髪をガシガシとかき回し、豪快な笑顔を見せる。それに対し、リアナは愛用の『耀樹の弓』の弦を指先で弾き、弾力を確かめながら冷静に頷いた。
「カイルの、見境なく突っ込む癖を除けばね。でも、おかげで戦果は十分。……ねえユー、やっぱりパーティを組んだほうが効率いいでしょう?」
問いかけられたユーは、銀砂色の前髪の隙間から、掲示板のさらに上――黒枠で縁取られた『上級依頼』の束を見つめていた。そのコバルトブルーの瞳には、氷のような冷徹さと、焦燥に似た熱が同居している。
「……ああ。中級でも上級狩人の引率さえあれば、上級クラスの依頼を受けられる。効率はいい」
ユーは腰に下げた銀板のライセンスに触れた。それは中級の証であるユーの視線の険しさに気づき、カイルが肩をすくめて苦笑した。
「さっさと上級に上がり、赤蝕魔獣を狩りたいんだがな」
「赤蝕魔獣か。新種の寄生魔獣のやつか。かなり厄介らしいなそいつ。粘液の触手みたいなのを伸ばしてるキモいやつだって聞いたぜ。お前の話だと、そいつからあの紫の結晶が取れるんだっけか」
「ああ」
ユーが腰の革袋に触れると、中から『カチリ』と、紫の結晶が引き合う重い音が響いた。カイルは重苦しい空気を振り払うように、景気付ける勢いでユーの肩を叩いた。
「まあ、中級でも上級引率なら赤蝕魔獣の依頼も受けられるしな。俺たちの昇級の貢献度稼ぎに付き合ってもいいぞ。ま、貢献度を稼いだ後は筆記やら耀気やらの実技試験もあるわけだが……正直、俺は筆記が一番思いやられるぜ」
「カイルやリアナは、今どれくらい貢献度を稼いでるんだ?」
ユーの問いに、二人は腰に下げた傷だらけの銀板のライセンスを手に取った。これまでの過酷な一ヶ月を思い返すように、二人は顔を見合わせた。
「私は……ん〜上級まではまだまだ全然かなー」
「俺もだな。お前も手っ取り早く赤蝕魔獣を狩りたいだろうしよ。効率良く貢献度稼ぎと行こうぜ。こっちだ。連れてきたぜ」
カイルが掲示板の前から少し離れた、酒場の影になっている薄暗いテーブル席へと手招きした。そこには、上級狩人の証である金板のライセンスを、だらしなく胸元に下げた男が、昼間から安酒のグラスを転がしていた。
「……俺が見つけてきた引率役のバザルだ」
バザルと呼ばれた男は、脂ぎった無精髭の顔を上げ、値踏みするようにユーたちを眺めた。雰囲気は、確かに経験を積んだ上級相応にも感じられるが、どこか澱み、濁った重苦しさがある。
「話は聞いてるぜ。中級のガキどもが、身の程知らずに上級の『黒霧』を拝みたいんだってな……」
バザルは酒の匂いが混じった息を吐きながら、背もたれに深く体重を預ける。
「いいか、俺は現場には行かねえ。入り口で寝てるか、近くの村で酒を飲んでる。だが、書類の上では俺が貴様らを『引率』したことにしといてやるよ」
男は下品に口角を吊り上げ、親指と人差し指を擦り合わせた。
「その代わり、報酬の三割を上納しろ。それと、手に入れた魔獣の素材も半分はこっちに流すこと。……いいな?」
「三割!? それに素材半分って……ただのボッタクリじゃない!」
リアナが柳眉を逆立て、反射的に弓の肢を握りしめる。だが、バザルは動じることなく鼻で笑った。
「嫌なら正規の手順で、その安っぽい銀板を磨き続けるんだな。上級に上がるまで、何年かかるか知らねえが」
沈黙が流れる中、一歩前へ出たのはユーだった。コバルトブルーの瞳が、冷徹にバザルを射抜く。
「…… 構わない。その条件で受けよう。ただし、カイルとリアナの取り分はきっちりもらう。それと、こちらに必要な素材が出た場合は優先的に回してもらう。どの素材をお前に流すか、その選別権はこちらが持つ。……それでいいな?」
「ユー!?」
驚くカイルを片手で制し、ユーは掲示板から剥ぎ取ってきた、黒い縁取りの依頼書をテーブルに叩きつけた。
バザルは、ユーの生意気な言い草に一瞬顔をしかめたが、どうせ中級のガキが狩れる獲物などたかが知れていると高を括り、鼻で笑った。
「……へっ、好きにしな。俺は上級素材の半分が手に入りゃ、中身が角だろうが皮だろうが文句は言わねえよ」
「契約成立だ。……すぐに発つぞ」




