第二十話
峻険な断崖を下り、平原の広大さに圧倒され、いくつかの村を経由してようやく辿り着いたその場所は、ユーの想像を絶する巨大な「装置」だった。
王都ディエーリス。
大陸中の富と情報が流れ込むこの商業都市は、高くそびえる二重の城壁に囲まれ、その内側には石造りの家々が波のようにひしめき合っている。天を突く時計塔が刻む時報は、絶え間ない馬車の車輪音や、何万もの人間が交わす商談の熱気に溶け、巨大な地鳴りのように響いていた。
「……これが、王都」
ユーは立ち並ぶ商店の数と、そこに溢れる色彩に目を奪われた。里では命を繋ぐためにあった「物」が、ここでは色鮮やかな旗の下、ただの「数字」として売り買いされている。
人波を縫うように進み、ユーが辿り着いたのは、街の北区画に鎮座する『魔獣専門・狩人ギルド』の本部だった。
そこは、華やかな表通りの喧騒とは一線を画す、鉄と血の匂いが漂う場所だ。建物の裏手では、巨大な魔獣の死骸が手際よく解体され、ロビーでは殺気立った耀気を放つ狩人たちが、掲示板の依頼を吟味していた。
ユーは受付へ向かい、紹介状を差し出した。
灰色の外套を羽織り、腰には一振りの片手半剣。伸びた銀砂色の前髪の隙間から覗くコバルトブルーの瞳が、無機質な受付嬢を静かに射抜いた。
「登録をお願いしたい」
「……拝見します。……えっ?」
紹介状を一瞥した受付嬢の手が、凍りついたように止まる。
そこに記されていたのは、かつてこの王都を席巻した孤高の狩人――カッセル・ヴァングレイブの名。そして、目の前の少年がその『唯一の弟子』であるという驚愕の事実だった。
「ユー・ヴァングレイブ、様……。あの方に、弟子がいらしたなんて」
彼女の背に冷や汗が流れる。ヴァングレイブ。その名は、この街の狩人にとって畏怖と尊敬を象徴する呪いのような響きを持っていた。
(本当の名は、ユー・ヴェルライトだがな)
ユーは心の中で、自嘲気味に呟いた。
法外特権を有するヴェルライト一族の証拠は、もうない。今は師匠が与えてくれた偽りの名という「盾」を使い、牙を研ぐしかない。
「手続きは終わりました。……あなたは本日より『下級狩人』となります」
「……一つ、尋ねたい」
手続きを終えた彼女を、ユーの低い声が引き留める。
「フェルゼンという男に、心当たりはないか」
「フェルゼン……さん、ですか? ええ、親切な薬剤師様として有名でしたが、ここ数ヶ月は見かけませんね。何か御用なのでしょうか?」
「いや、知らないならいい」
ユーは短く打ち切り、背を向けた。
最初から、そう簡単に手がかりが掴めるとは思っていない。だが、胸を焼く焦燥までは抑えきれなかった。
人混みに消えていくユーの足取りは、静かだが重かった。




