第十九話
数日後。カッセルの手厚い(そして荒っぽい)処置のおかげで、ユーの両腕はようやく感覚を取り戻していた。
視界は透き通るような朝靄が白く塗り潰していた。
荷をまとめ、石造りの家の前に立つ。腰には、あの日託された無骨な片手半剣が、重厚な存在感を放っている。
「……行くのか」
扉に背を預け、カッセルが欠伸混じりに声をかけてきた。
「ああ。これ以上ここにいたら、あんたのメシ炊き係で一生が終わっちまう」
「あーそうかいそうかい。俺もお前の子守に飽き飽きしてたとこだ。出てげ、出てげ」
カッセルは懐から一通の紹介状を雑に放り投げた。ユーはそれを空中で掴み取る。
「まずは王都だな。あそこには魔獣専門の狩人ギルドの本部がある。お前の仇……フェルゼンの情報を集めるなら、そこが一番だろ。まあ、その紹介状があれば少しは話が早くなるだろうよ」
「……師匠はどうするんだ?」
「俺か? 気が向いたらまた働くさ。蓄えはまだあるんでね」
その言葉に、ユーは思わずジト目を向けた。
「……あんたがまともに働いてるところなんて、一度も見たことないが?」
「うるせえ。ほっとけ。……それより、お前はもう、ヴェルライトの『法外特権』は使えないんだろ? 本来、ヴェルライトの人間ならギルドの階級なんざ関係ねえ。どこで何を狩ろうが、国の法で許されてるんだがな……。」
カッセルの言葉に、ユーの表情がわずかに陰る。
ヴェルライトの一族であれば、本来なら登録さえ免除され、最初から相応の権限を与えられるはずだった。
「……ああ。里は燃えた。自分がヴェルライトであることを証明する術は、もう何一つ残ってない」
「地道に下級狩人からスタートだな。上級案件を三体も仕留めた実力があっても、身分がなきゃただのガキだしな。……泥にまみれて這い上がってこい」
カッセルはそう言って、ユーの背中を強く叩いた。そして、去り際にひときわ陽気な声を飛ばす。
「おい、ユー! せいぜい死なない程度に頑張れよ。復讐、いいじゃねえか! 綺麗事で腹は膨れねえし、やり遂げりゃあスッキリするしよ。俺は大賛成だぜ!」
世間一般の説教とは真逆の、剥き出しの肯定。
あまりに不謹慎で、残酷なまでに調子のいい言い草に、ユーは歩みを止めた。
(……ふっ。そういえば、初めて会った時も似たようなことを言ってたな、この人は)
絶望の底にいた自分を、数年前に救ったのもその言葉だった。ユーは一度立ち止まり、振り返らずに片手をあげる。
「……行ってくる、カッセル師匠。世話になった」
初めて見せた年相応の笑みを、白い霧の中に隠して。
腰に吊るした剣の鞘が、一歩ごとに力強く音を立てる。
それは復讐の産声であり、名もなき狩人として生きる決意の響きでもあった。
背後でカッセルがいつまでも自分を見送っている気配を、ユーは痛いほど感じながら、断崖の道を下っていった。




