第十八話
深い山奥、切り立った断崖の隙間に張り付くように建つ石造りの隠れ家。周囲が刺すような冷気と深い藍色の静寂に包まれる黄昏時、師匠のカッセルは、弟子としての卒業を懸けた自らが課した最終試練を終えるユーを軒先で待っていた。
やがて、霧の向こうから這いずるようにして、ボロボロの弟子が姿を現す。ユーは石床に、仕留めてきた獲物の素材を無造作にぶちまけた。
「……終わった」
掠れた声に、カッセルはゆっくりと腰を上げた。だが、足元に転がった戦利品を一目見るなり、その眼光が鋭く細められる。
「……おい。俺は確かに『樹猿』と『穿企鵝』と『岩亀』を狩ってこいと言ったはずだが?」
カッセルは転がった素材のひとつ、異常な密度でうねる巨大な牙を爪先で弾いた。
「この牙……ただの樹猿じゃねえな。ボスの『ツリー・ストライカー』だ。それにこっちの羽毛の輝きは『シルバー・パイル』、この分厚い甲殻の破片は『フォートレス・シェル』か……。おい、どれも全盛期の成体じゃねえか」
カッセルは溜息をつき、頭を振った。
「全部『上級魔獣』じゃねえか。『上級狩人』か『中級狩人』がパーティ組んで挑むような連中を、お前は一人で三体も片付けてきたのかよ。……お前はあれか、買い物に行かせりゃ、頼んでもいない高級食材を店から奪ってくるタイプか? おつかいもまともに出来んのかね」
カッセルはユーの熱を持った右腕を無造作に掴み上げた。無理な『発化』の代償で痛みを伴った彼の腕は小刻みに震えていた。
「 ……お前、崩化現象の発化を使ったな? ったく、耀石も安かないんだぞ? まぁ、その程度の怪我で済んで良かったな。さっさと中に入れ。処置しねえと治りが遅くなるぞ」
家の中では、パチパチとはぜる暖炉の火が二人の影を石壁に映し出していた。カッセルは手際よく薬を調合しながら、吐き捨てるように、しかしどこか懐かしむように言葉を継ぐ。
「弱りきって、泣きべそかいてたあのガキが……。ヴェルライトの一族の癖に、弓はてんで使いこなせねえ。まともな狩人にはなれねえと思ってたが、とんでもねえ化け物を育てちまったもんだ」
鼻を突く薬草の香りと冷たさが、ユーの両腕の熱を鎮めていく。ユーは痛みに耐え、静かに答えた。
「……感謝してるんだ、あんたには。だから、今の俺の全力で最終試練に挑みたかった」
カッセルは一瞬、呆気に取られたように目を見開いた。
「……感謝の示し方が不器用過ぎるぜ」
乱暴に腕を放すと、カッセルは傍らに立てかけてあった一本の武器をひょいとユーに放り投げた。修行の間、最終試験の間も使っていた無骨な片手半剣だ。
「……いいのか。乱暴に使ったりはしたが、元々はあんたのもんだろ」
「おう。卒業祝いだ、持ってけ。俺が長いこと使ってたもんだが、お前も数年振り続けたんだ。今さら他の得物を握るより、よっぽど手に馴染んでるだろ」
カッセルは背中を向けたまま、気さくに手を振った。
「……ああ。こいつじゃないと、しっくりこない」
ユーは掌に伝わる剣の重みを、しっかと噛み締める。それは師匠から託された信頼の重さであり、これから歩む復讐の旅路を支える、唯一無二の相棒が定まった瞬間だった。




