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第十七話

シルバー・パイルを撃破したユーは、さらに樹海の深奥へと足を進めていた。


(……左腕が、痺れるな)


先ほど放った発化による骨の芯まで焼きつくような熱と、神経を逆なでする痺れが、ユーの思考をじりじりと削っていた。


立ち込める深い霧が行く手を阻み、一メートル先すら白一色の世界。


限界に近い、ユーは、休息を求め、視界に入った巨大な岩塊に崩れるように背を預けた。感覚が戻るまでの、ほんの数分のつもりだった。


——だが、その「岩」が脈動した。


「……? 地響き、か……」


背中越しに伝わる、ドクン、ドクンという重く規則正しい振動。

直後、寄りかかっていた岩肌が「ぐわり」と隆起した。予期せぬ浮遊感に、ユーの体はなすすべなく前方へと転げ落ちる。


「っ……!? これは——」


泥にまみれながら跳ね起きたユーは、己の失策を呪った。疲労で感覚が鈍っていなければ、触れた瞬間に気づけたはずだ。その「岩」が微かな体温を宿し、生き物特有の鼓動を刻んでいたことに。

霧を切り裂き、その全貌がゆっくりとせり上がる。


それは地表に擬態し、獲物を待ち続けていた巨大な亀——『岩亀(がんき)』であった。

しかし、その個体は通常種とは一線を画していた。倍はある巨体、そして背負う甲羅は生き物の組織を通り越し、幾重にも堆積した断層そのものだ。


その圧倒的な質量から、冒険者や狩人は畏怖を込めて呼ぶ名がユーの脳裏をよぎる。

——『フォートレス・シェル』。


「運がいい……探す手間が省けたな」


ユーは震える左拳を無理やり握り込み、痛みを意志の力でねじ伏せた。

だが、ユーの心は冷徹に澄み渡っていく。

腰の剣から、ふっと力を抜いた。この満身創痍での長期戦は避けるべきだと。


(あれを……使わせてもらう)


懐から取り出したのは、親指の先ほどの赤き石。ユーには適性のない、火耀石だ。


フォートレス・シェルが巨体に似合わぬ速度で地面を蹴り、地響きと共に迫る、数トンの岩盤。

だが、ユーは一歩も引かない。火耀石を右拳に籠め、力任せに握りつぶす。

そして、適性のない赤き石に、無理やり白き耀気を流し込む。

まるで光りを発することのない耀石であったがそれでも絶え間なく送り込まれる耀気により、耐えかね悲鳴を上げるかのように亀裂が生じ、赤い光の奔流が溢れ出した。


「────ふっ!」


右腕を包むのは、眩しいほどの赤い輝き。

ユーは歯を食いしばり、正面から迫る鉄壁の甲羅へと、その拳を叩きつけた。


ドゴォォォォォォォンッ!!!


赤い閃光が爆ぜ、視界が紅蓮に染まる。

堅牢を誇った殻は、内側から膨れ上がる圧力に耐えかねて四散し、凄まじい粉砕音が空気を震わせた。


「……はぁっ、はぁ……岩亀の弱点属性は火耀。発化による強制属性解放は正解だったな」


残光が収まったとき、そこには無残に圧壊し、二度と動かなくなった巨躯だけが残されていた。


真っ赤に焼けただれた右腕をだらりと下げ、ユーは力なく掌を開く。

役目を終えた石は粉々となり、風にさらわれて指の間からこぼれ落ちていった。


「三体目……終わりだ」


耀気の残滓が消えたあとの深い霧の中、ユーの呟きだけが静寂に溶けていった。


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