第十六話
樹猿の群れを沈黙させたユーは、さらに樹海の奥深くへと足を踏み入れた。
進むにつれ、周囲の景色は異様に変貌していく。立ち並ぶ巨木の幹には、何かに激突されたような巨大な凹みが連なり、その中心には鋭利な穴がいくつも穿たれていた。
(……ヤツに違いないな)
ふと、足元の感触が変わった。湿った土の感覚が消え、地面は厚く凍りついた氷板へと変わる。密集していたはずの木々がそこだけなぎ倒され、視界が急に開けた。そこは、邪魔な障害物がすべてなぎ払われた、『シルバー・パイル』が作り上げた専用の狩場であった。
広場の中央、なぎ倒された巨木の残骸の上に「それ」はいた。
銀色に光る、岩のように巨大な鳥。穿企鵝の成体だ。幾重にも積み重なった厚い氷の鱗が全身を守るその魔獣は、漆黒の嘴を丸太に突き立て、無造作な首の振りだけでそれを粉々に粉砕していた。
(……二体目。見つけたぞ)
ユーの瞳に冷たい光が宿る。気配を察したシルバー・パイルが、氷上へゆっくりと降り立った。
ユーは剣を抜き放つ。白き耀気が身体を覆い、激しく揺らめいた。対するシルバー・パイルは、低く身構える。氷を掴むための強靭な脚爪が、ガシュッ、と氷面に深く突き立てられた。
次の瞬間、奴は摩擦の概念を無視した爆発的な蹴り出しを見せた。重心を極限まで低く保ち、スケートの選手が氷を削るように、強大な脚力で交互に氷面を蹴り抜く。一歩ごとに氷の礫を後方へ撒き散らし、重戦車のごとき加速でユーへと肉薄した。
「……ッ!」
激突。漆黒の嘴と、白き耀気を纏った剣が正面からぶつかり合った。
だが、スパイクを持つシルバー・パイルとは違い、平滑な氷の上ではユーは踏ん張ることすら叶わない。
凄まじい衝撃。ユーの身体は後方へと弾き出された。十数メートルも滑り退がり、剣を氷に突き立てて強引に制動をかける。キィィィィンと耳を劈く音が響き、剣を伝って腕の芯まで衝撃が走った。
(重いだけじゃない。この足場……奴の突進を受け流すようにはできていないか)
耀気を纏った腕が、痺れている。防御に特化した柔の耀気すら貫きかねない威力。
嘴を引き戻すと、間髪入れずに翼を大鉈のように振り回した。それを紙一重で回避したユーだったが、再び大きくシルバー・パイルに距離を取られ、最高速での滑走を開始する。
(……次の一撃で、決める)
迫りくる巨躯を冷徹に見据え、ユーは左手を伸ばした。自らの剣の根元――そこにある窪みから、白日耀の耀石を引き抜く。
ユーは抜き取った耀石を、左拳で力任せに握り込んだ。
瞬間、剣に纏わせるよりもさらに莫大な耀気が指の隙間から溢れ出し、左腕を白き炎の奔流が包み込んだ。
弾丸と化したシルバー・パイルの懐へ、自ら突っ込んでいくユー。
激突の刹那、ユーはすれ違いざまに、耀石を握り込んだ左拳を相手の胴体へと叩きつけた。
「……ふっ!」
ドゴォォォォォンッ!!
過剰な耀気が、魔獣の「重さ」と「速度」を真っ向から押し返し、その巨躯を内側から爆破するように圧壊させる。強固な多層氷鱗が粉々に弾け飛び、雪煙の中でシルバー・パイルは二度と動くことはなかった。
静寂が戻る。ユーは激しく上下する肩を落ち着かせ、熱を持った左拳を静かに開いた。その掌の中では、役目を終えた耀石が、砕け散る。
それを合図にするかのように、ユーの身体を包んでいた燃え上がるような白い光は、冷たい風にさらわれていった。
あれほど溢れていた力はもう、どこにも残っていない。
「『発化』で耀石を一つ使ってしまったな……。だが、二体目。残るは一体」
それは着化でも転化でもない、別の耀気技術。
ユーは静かに次なる標的を見据えた。




