第十五話
樹海をさらに進むにつれ、周囲の木々から放たれる殺気はその密度を増していった。
ここは、この一帯を支配する魔獣、『樹猿』たちの縄張りだ。
白き耀気の光が、静かにユーの全身と刀身を覆う。
その輝きを合図にしたかのように、四方の枝から十数体もの樹猿が同時に襲いかかった。
樹猿は、深い褐色の毛並みを湛え、硬く引き締まった筋肉を秘めている。鋭利な爪を持ちながらも、その強靭な肉体から繰り出される拳や蹴りで獲物をなぶり殺すことを好む、残虐な習性を持つ魔獣だ。
暗闇の中で濁った瞳を怪しく光らせる彼らは、巧みに連携してユーの視界を塞ぎ、死角から重い一蹴を叩き込もうと迫る。
だが、ユーの動きに淀みはなかった。
迫りくる樹猿に対し、ユーは最短の踏み込みから剣を一閃。斬るのではない、耀気を乗せた鋼の質量で、彼らの硬質な四肢を文字通り「粉砕」していく。
「ガアッ!?」
「ギャッ……!」
悲鳴が上がる。左右から放たれた正拳も、背後からの飛び蹴りも、素早く見切り回避するユーに届くことなく、触れることすら叶わない。
ユーは無駄のない所作で、群れの中を駆け抜けた。彼が通り過ぎた後には、四肢を砕かれ、沈黙した樹猿たちの山が築かれていく。
仲間の惨状を目の当たりにし、残った樹猿たちが恐怖に鳴き声を上げた、その時だ。
「──グ、ォォ……ッ!!」
空気を震わせる咆哮。
巨木が大きくしなり、周囲の樹猿たちが恐れおののいて一斉に道を開ける。
頭上から飛来したのは、通常の個体とは二回りも体躯が違う、筋骨隆々の巨影。
その樹猿は急降下の勢いのまま、空気を切り裂く猛烈な踵落としをユー目掛けて繰り出した。
ユーは瞬時にその殺気を感知し、素早く後方へと跳んで回避する。
直後、轟音と共にユーがいた地面から勢い良く土煙が舞った。
(──出たか。一体目。樹猿の王……『ツリー・ストライカー』)
土煙の中から立ち上がったのは、歴戦の風格を纏う王の姿だった。
ユーは、砕かれていった樹猿には一瞥もくれず、目の前の王を見据えた。
唇に、薄く、残酷な笑みが浮かぶ。
ツリー・ストライカーは再び地を蹴った。瞬き一つする間に頭上の大枝へと躍り出ると、その反動を利用して視界から消えた。
左右、上下、死角から。音もなく枝を渡り、加速していく。
だが、ユーは動かない。
狙うべきは着地の一瞬に生まれる隙。
上空、左後方。枝が微かに軋む音。
「……そこか」
ユーは地を蹴った。逃げるのではない。自ら樹猿の王の独壇場である、空中へと。
迎撃のために拳を振り下ろすツリー・ストライカー。
衝突の瞬間。ユーは片手半剣の腹を滑らせるように接触させた。
「ガキィンッ!」と耳を劈くような金属音が響く。
だが、ユーはその衝撃を殺さない。剣の傾き一つで横へと逃がす。
自らの拳の重さで姿勢を崩し、前のめりになるツリー・ストライカー。対照的にユーは、受け流した反動をそのまま利用して空中で独楽のように旋回し、無防備な王の懐へと滑り込んだ。
王の濁った瞳が驚愕に見開かれる。
一瞬の交差。旋回の遠心力を乗せて逆手に持ち替えた剣が、凄まじい速度で突き出された。
白い光を帯びた切っ先は、防御に回ろうとした王よりも速く、その喉笛を正確に捉え、内部から「圧壊」させた。
ユーは重力に従い、吸い込まれるように地へと降り立つ。
直後、ドサリという重い音と共に、王だったものは物言わぬ肉塊へと変わり、その背後に転がった。
噴き出した鮮血が周囲に飛び散るが、やはり白き耀気は返り血すらも弾き、寄せ付けなかった。
「ギィ、ギィッ……!」
誰が上げたとも知れぬ悲鳴を皮切りに、自らの王を失った樹猿たちが、蜘蛛の子を散らすように深い樹海の闇へと逃げ去っていった。
「……一体目。残りは二体」




