第十四話
樹海へ一歩足を踏み入れると、外界の風の音は遮断され、静寂がユーを包み込んだ。立ち並ぶ巨木は陽光を完全に遮り、足元には湿った腐植土の匂いが立ち込めている。
ユーは歩みを止めない。だが、その一歩一歩は、もはや雪山を登ってきた時のそれとは異なっていた。踵を浮かせるようにして音を殺し、周囲のわずかな空気の揺らぎさえも肌で感知しようと神経を研ぎ澄ませる。
(時間をかけるつもりはない……直ぐに終わらせる!)
復讐の道へ進むための、これはあくまで通過点。ユーの意識は驚くほど冷めていた。
すると、茂みの奥から影が飛び出した。
大陸北方に広く生息する肉食魔獣、『灰狼』。通常の狼より一回り大きく、暗灰色。目は飢餓感で常に赤く光っている。
基本的には群れで行動する灰狼ではあるが、群れからはぐれた個体なのか1体のみであった。
ユーはここへ来る前、灰色の外套を脱ぎ捨て。黒い革鎧に包まれたしなやかな肉体を露わにしていた。自由になった腕で、腰の無骨な片手半剣を素早く抜き放つ。
その刀身の根元には窪みがあり、そこに埋め込まれた白日耀の耀石が、使い手の意志に応えて強い光を発した。
白日耀はあらゆる耀気を強める働きを持っており、剣は耀気──白き炎のような光を纏う。
この世界の魔獣にはそれぞれ弱点となる属性が存在する。火耀、水耀、木耀、金耀、土耀による弱点属性を見極める必要があり、適切な属性付与の転化を行えば、最小限の力で効率よくダメージを与えられる。
だが、ユーの戦い方は、属性による攻撃ではなく、大量の耀気を惜しみなく注ぎ込み、武器そのものの破壊力を極限まで高める単純な武器強化による無属性の転化である。
光り輝く剣の一撃は斬撃よりも打撃に近いものであった。
灰狼の頭蓋を文字通り粉砕し、弱点属性を突くまでもない。圧倒的な出力の前に、生物としての防御など無意味だった。
「……邪魔だ」
一瞥もくれず、ユーは進む。
直後、頭上の巨木から降ってきたのは、人の頭ほどの大きさの頭部を持つ大型の蜘蛛魔獣『土蜘蛛』であった。
鋭い鎌のような8本の脚を持ち、体表は岩のように硬い外殻に覆われており、湿った土や苔に擬態していることもあるが、すきあらば積極的に襲い掛かってくることもある。
そんな土蜘蛛に対し、ユーは剣の腹でその胴体を真横から薙ぎ払った。
属性の相性など無視し、膨大な耀気を乗せた鋼が、土蜘蛛の強固な外殻を強引に圧壊させる。衝撃波と共にその巨体が弾き飛ばす。
(無駄な戦闘は避けるべきだな……耀気を大量に使えばそれに比例して体力の消耗も早くなる。狙うはターゲットとなる魔獣のみ)
地に転がった魔獣の屍に見向きもしないユー。全身と刀身を覆う白き耀気は飛散する返り血をも弾き飛ばし、一滴すら寄せ付けず、その姿に汚れはなかった。




