第二話
「しかし、君のお父様は凄いね。ここまで案内してもらう道中、強そうな魔獣を何体も見かけたが、すべて一撃で仕留めていた。流石は弓の名手の一族だ。弓と矢に宿る耀気の輝き、実に見事だったよ」
フェルゼンが調合した薬が効いたのだろう。ユーの母親と妹は、穏やかな寝息を立てていた。
彼の言う耀気とは——。
それは、この世界に息づくあらゆる生命に宿るエネルギーの呼称だ。
雪兎のような小動物から、人間に至るまで。その輝きは、等しく魂の奥底に秘められている。
ユーたち一族もこの耀気を武器に流し込みその威力を上げたり、身体能力を向上させることで、脅威となる魔獣と戦う狩人として生き抜いてきた。
だが、ユーはそれ以前の問題があった。
「……僕には、弓の才能がないから。父さんのように強くはなれない。一族のみんなは弓の達人なのに……僕は」
「そっか……でも、弓の技術だけが狩人の道じゃないだろう? 使えるものはなんだって使えばいいさ。君自身が得意なことを磨いてみたらいんじゃないかな?」
俯くユーを横目に、フェルゼンがゆっくりと立ち上がり、窓の外へ視線を向けた。
「あの森……外にいる魔獣たち。彼らは人間とは異なり、破壊と捕食のためのみに力を振るう。彼らにとって力は己のためだけのものだ」
フェルゼンは窓ガラスに細い指を這わせる。その指先が、外の暗闇をなぞるように動いた。
「でも、君は魔獣ではなく人間だ。それも魔獣狩りに長けた、あのヴェルライトの血を引いている。君が己のためだけでなく、誰か守りたい人のためにその輝きを放つのなら——きっとその耀気は、魔獣をすら凌駕するはずだよ」
そこで一度言葉を切り、フェルゼンは悪戯っぽく、どこか自嘲気味に肩をすくめた。
「……なんてね。大した耀気も持ち合わせていない私の言葉じゃ、慰めにもならないかな」
振り返った彼の顔には、申し訳なさそうに笑みを浮かべそう言った。
────その夜、里の広場ではささやかな宴が開かれていた。
流行り病から奇跡的に回復した人々が、王都から来た「聖者」フェルゼンを囲み、感謝の酒杯を掲げている。
「フェルゼン先生、本当にありがとうございました! あなたは里の、いや、命の恩人だ!」
村長が叫び、人々が沸く。ユーの父親も、いつになく上機嫌でフェルゼンの肩を叩いていた。傍らでは、すっかり元気になった妹のミーナが、母親の手伝いをして温かなスープを運んでいる。湯気に包まれた家族の笑顔。それはユーにとって、何よりも守りたい「日常」の風景だった。
(……やっぱり、僕の考えすぎだったのかな)
フェルゼンは人々に揉まれながら、相変わらず穏やかな笑みを浮かべている。
だがその時、ユーは見てしまった。
父親の肩越しに、フェルゼンが向けた一瞬の視線を。
「……父さん、それ」
フェルゼンが触れた、父親の肩。その皮膚の下を「何か」が這った。
まるで意志を持つ虫か、あるいは粘液の塊が、血管を無視して蠢いたような不気味な脈動。ユーの父親は気づいていないのか、笑いながら酒を煽っている。
ユーの視線が、他の里人たちへと泳いだ。
すると、ある者は首筋を、ある者はこめかみを。病から回復したはずの者たちの服の下で、じり、じりと、「何か」が波打っている。
「どうしたんだい、ユー君。食欲がないのかな?」
気づけば、目の前にフェルゼンが立っていた。
焚き火に照らされた彼の影が、異常に長く、そして不自然なほどゆらゆらと揺れている。
「フェルゼン、さん……みんなの体が、変なんです。何か、何かが……」
ユーの震える声に、宴の喧騒がふっと消えた。
里の人々が、一斉にユーを振り返る。
その動きは、まるで首の関節が錆びついているかのように、ぎこちなく、揃っていた。
「……まぁ、もう構わないか。調査は十分に終えたしね」
フェルゼンが口角を吊り上げた。
次の瞬間、彼の右腕から人の形という概念が消え去った。服を突き破って、ぬらぬらとした赤い粘液が溢れ出したのだ。
「ひっ……!」
ミーナが悲鳴を上げ、持っていた皿が石畳に砕け散る。
フェルゼンの腕だったものは、どろりと溶け落ち、そして瞬時にして黒光りする鋼鉄のような槍へと硬化した。
「っ、ユー! 下がれッ!」
殺気を感じたユーの父親が、近くの壁に立てかけてあった狩猟弓をひっ掴み、ユーを突き飛ばした。だが、遅すぎた。
「さぁ、食事を始めよう」
フェルゼンの顔が、内側から押し広げられるように歪んでいく。
彼の背中から、何十本もの赤く粘液状の触手が噴き出した。
「あ、が……っ!? 熱い、体がッ!」
悲鳴を上げたのは、里の男たちだった。
彼らの皮膚の下に潜んでいた蠢く「何か」が、一斉に牙を剥き、内側から肉を食い破る。
男たちの体は風船のように膨らみ、あるいは粘液状に溶け崩れ、磁石に吸い寄せられる鉄屑のようにフェルゼンへと収束していく。
「母さん! ミーナ!」
ユーが叫ぶ。
しかし、彼の母親と妹の足元からは、すでに逃げ場のない赤い粘液が這い上がり、二人を繭のように包み込もうとしていた。
「……探し物は見つかりそうにないし……もういいかな。私の邪魔をする者も、もういない」
聖者の仮面を脱ぎ捨てた「何か」が、愉快そうに喉を鳴らす。
「あぁ、私は自由だ……さあ、私に見せておくれ君たちの耀気は、絶望の中でこそ最も美しく輝く」




