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鬼哭の湊  作者: 無暗道人
第三章
16/22

4

 後藤組の人間が、クロノス偵察の隠れ蓑としてやっている弁当屋。そういう観点に立って探してみると、候補はすぐに絞り込めた。

 しばらく張り込んでみて、そのうち一件が後藤組の秘密基地だと確信した。後藤組の組長に可愛がられていたという男も確認した。都合の良い事に、店には配達用の車もあった。

 次に河上はクロノスのボスの家を探した。これも特徴を知っていれば、比較的分かりやすい。

 豪邸と言うほどではなく、ちょっとした金持ちの住む広い家と言う大きさで、要塞のような造りをしている。

 塀は高くて、上に有刺鉄線が張ってある。門も厚くて大きく、中の様子は(うかが)えない。付近の高い建物から見ても、何か遮蔽物があって窓が見えない様になっている。

 襲撃される事をひたすら恐れている造りだ。出歩くときも取り巻きを多く連れて人間の壁に守られ、狙撃を受けるような場所に居る事を嫌う人間の住まいだ。

 外からの襲撃・侵入に対してガチガチに防御を固めているが、そのせいでかえって死角や盲点が多い。侵入するまでは大変だが、侵入したら身を隠す場所には困らないだろう。

 まともに戦場を経験した事のある人間なら、ここを攻めるのは怖くないと思うだろう。軍学に基づいた本格的な要塞は、もっと見晴らしが良い。

 守りを固めるよりも、反撃する事を考えるのが軍人の造る建物だ。いち早く接近する敵を発見し、攻撃してくる敵の姿が内部から丸見えな様にして、反撃で返り討ちにする。

 あの様に影を見られる事も拒むような造りは、敵の接近に気付くのが遅れ、遮蔽物が反撃に出るのに邪魔になる。そういう事を想定していないという事だ。

 別にあの屋敷に乗り込んで、大立ち回りを演じるという訳ではないが、やりやすい事は確かだった。

 作戦を決める。金槌とガムテープ、それに脚立と紙袋を購入した。日曜大工で使う様な物ばかりなので、怪しまれるどころか、印象にも残らないだろう。

 弁当屋の裏口の辺りで張り込んだ。店舗の裏が住居になっているタイプだ。店が閉まり、中に後藤組の男一人になった事を確認して、行動を開始した。

 顔を隠すために、穴を開けた紙袋を被る。落ち着かない、妙な感じがした。必要な事とはいえ、顔を隠して犯行に及ぶというのは性に合わない。

 まだ日が落ちてそれほど経っていないので、ドアに鍵は掛かっていない。できるだけ音を立てない様に入り込み、男を探す。

 男は居間で、ラーメンを(すす)っていた。背後からゆっくりと近づく。床板が軋んだ。男が振り返る。


「なんだぁ、テメェは!」


 男が弾かれた様に立ち上がり、掴みかかってきた。左手で銃を抜き、突き付けると流石に怯んだ。その隙に金槌で頭を殴り、昏倒させた。男の体が崩れ落ちる。

 ガムテープで男の目と口を塞ぎ、手足もぐるぐる巻きに縛った。紙袋を顔から外し、部屋の中を探る。車の鍵、それに拳銃と弾が六発あった。

 男に靴を履かせ、車の助手席に乗せた。河上は荷物を全て積み込むと車の鍵を差し込んで回し、車を出した。

 ガクンと衝撃があって、車が止まった。車には縁が無いため、動かし方を忘れた。発車の手順を一つ一つ思い出しながら、今度は何とか発車させる事が出来た。

 ぎこちない運転をしながら、どうにかクロノスのボスの屋敷まで車を持って行った。途中で後藤組の男が目を覚ましたが、どこに向かっているかも分からないし、河上も一言もしゃべっていないから、声も聞かれていない。

 脚立を開いて車の上に立てた。これで屋敷の中をのぞけるだけの高さになる。男の拳銃に弾を込め、適当に屋敷にの中に乱射した。ガラスの割れる音が聞こえる。

 すぐに撤収に移る。脚立は蹴り倒して捨てて行き、車を飛ばす。下手な運転でスピードを出したので、あっちこっち擦ったりぶつけたりするが、その方がかえって都合が良い。

 目を着けていた林のそばまで来ると、歯を食い縛ってシートに体を押しつけ、アクセルを踏み込んでハンドルを切った。木立に正面からぶつかる。

 ぶつかった衝撃で、後藤組の男の体がフロントガラスを突き破って飛び出た。河上は男の体を引きずり戻した。頭から血を流しているが、気を失っているだけだ。

 拳銃を男のポケットに押し込み、運転席に座らせてこいつが運転していたように偽装した。ついでに頭をハンドルの上に置き、クラクションが鳴りっぱなしになる様にする。

 これですぐに発見されて、警察の手に渡るだろう。つまり、クロノスの手にも後藤組の手にも渡らず、真実をしゃべらされる事は無くなる。木島の様な事は無い。

 すでに日は落ちている。河上は、誰にも姿を見られることなく、林の中へ消えて行った。


 胸の高さに生垣に囲まれた、平屋造りの邸宅。庭は広々としていて、枯山水と言う奴か、砂利を敷き詰め岩が所々に置いてある。

 障子を開ければ部屋の中まで良く見える。開放的な造りの邸宅が、都内の一等地に建っている。葛城の邸宅だ。

 入ろうと思えばどこからでも入り込む事が出来る。しかし隠れる事は出来ない。庭を歩けば砂利が音を立てるし、岩も孤立していて、隠れる事は出来ても、隠れて近づく事は出来ない。

 そしてどこからでも入れるという事は、どこからでも出られるという事だ。四・五人で命を狙って侵入しても、すぐにどこからでも脱出できる。完全に包囲するしかないが、広い邸宅なので、隙間無く包囲しようと思えば、一個中隊は必要だろう。

 呼び鈴を鳴らして戸に手を掛けると、鍵もかかっていなかった。普段から、陳情に来る支持者などに対して開かれているのだろう。


「はい、どちら様で」

「河上が来たと、葛城さんに取り次いでいただければ分かります」


 応対に出てきた女中にそう言って、玄関に腰を下ろす。すぐに女中は戻ってきて、中へ案内された。


「やあ、葛城さん。ご無沙汰だね」

「いきなり訪ねて来るから驚いたぞ。命を狙われて、しばらく身を隠していると思ったが」

「俺がヤバくなったからって、大人しく息を潜めているたまじゃねえ事は知ってるだろう。今、万葉(まんば)から戻ってきたところだ」


 河上が胡坐に座る。


万葉(まんば)だと?」

「クロノスのボスの家を、直接叩いて来たのさ。後藤組の仕業に見せかけてね。『犯人』は今頃警察だろうから、真実は誰も知り様が無いはずだ」

「前に失敗した事の続きという訳か」

「そういう事。まだ種火は消えてないから、ガソリンをぶち込んでやろうって寸法さ。それで、ちょっとばかし頼みがある。人手を貸してくれ。それもできれば多めに」

「人手? 足りていないのか?」

「ちょっと情報屋を使えなくしちまったからな。目が足りねえんだ。抗争の中で、秘書官を密かに移動させるのを捉える目が」

「まあ、人手ならいくらでも出せるが、どうしてそこまでする? 私が頼んだ事とは言え、これだけ危ない目に遭った今、お前が降りたとしても仕方が無いと思っているのだが」

「俺がそこまでする理由か。そうだな、先に葛城さんこそ、どうしてそこまでするのかを聞かせてもらいたいね。

 下手をすれば政治生命は終わるだろう。盟友だか何だか知らないが、他人なんか見捨てて、保身に走っても誰も文句は言わないはずだぜ?」

「ここで引く事は、一人の友を見捨てる事では済まんのだ。もちろん友も決して見殺しにはしないが、それ以上にここで石原派の攻勢に屈すれば、帰還した元兵士達への支援政策が途絶えてしまう。石原派は帰還兵支援に予算を回す事に対して、否定的だったからな。

 それは即ち、今もなお戦場を引きずって、社会に適応できずに苦しんでいる多くの戦友達を見捨てる事になる。元上官として、それ以上に元戦友として、そんな事は断じて認められん」

「変わらないな、あんたのそういう所は。冷徹で、政治的策謀に長けているくせに、愚直なくらい頑固で、情に厚い。

 俺はな、一度そう言う葛城さんの頼みで手を貸した以上、途中で降りるってのは我慢ならねえんだ。ましてや俺の失態で伊藤を死なせちまった。ここで尻尾を巻いて逃げるってのは、絶対にごめんだね」

「やれやれ。お前こそ、頭が回るくせに、理屈ではないものでばかり動くところは昔と同じだな」

「最近思い知ったよ。俺は昔と何も変わっちゃいねえってな」


 葛城は、楽しむように鼻で笑った。


湾来(わんらい)での動きを監視する人手は、すぐに送り込もう。それから石原派への攻勢も強める。クロノスとの繋がりを、証明できなくても臭わせるものをマスコミに流せば、かなり風当たりは強くなるはずだ」

「頼むぜ。攫われた秘書官とやらは、必ず俺が奪い返すからよ」

「また、湾来(わんらい)に戻るのか?」

「ああ」

「一度は命を狙われたのだぞ」

「抗争が激しくなれば、それどころじゃないはずだ。ケンカを吹っかけられるくらいなら、返り討ちにするのは訳ない。俺は『紅夜叉(べにやしゃ)』だぞ?」

「なら私も湾来(わんらい)に戻ります」


 ふすまが開く。井上(いのうえ)がそこに居た。


「乗りかかった船と言うなら、私もです。このまま降りるという訳にはいきません」

「伊藤の敵討ちを考えているなら、止めた方が良いぞ」

「その思いが全く無いとは言えませんが、元々湾来(わんらい)での仕事を請け負ったのは私と伊藤で、情勢に通じている事ならば、一日の長があります。ならば私が行くのが一番妥当でしょう」


 河上はしばらく井上と睨み合った。井上は、目を逸らさない。


「ま、それを決めるのは葛城さんだ」


 葛城に、目だけで考えを伝えた。分かったと、葛城の目が返してきた。


「井上、お前を湾来(わんらい)に行く者達のまとめ役にする。しっかりやれよ」

「ありがとうございます。葛城さん」

「さて、それじゃ俺は一足先に戻るとするかな」


 河上が片膝を立て、立ち上がる。


「早すぎはしないか。こちらの用意には少しかかるし、何よりお前はまだ狙われている」

「だからこそだ。兵士がいつまでも最前線を離れている訳にはいかねえだろう」

「あくまで修羅場に立ち続けるというのか」

「修羅場に居てこその俺、という気がしてな」


 背を向け、部屋を出ようとしたところで、背後の葛城が立ち上がる気配がした。


「河上」


 部屋の敷居をまたいで、足を止めた。


「死ぬなよ」


 河上は何も返さず、ただそのまま部屋を出て、葛城邸を後にした。


 月曜日の早朝に、住んでいたホテルに帰った。特に騒ぎがあった様子は無く、河上の部屋はきれいに掃除と整理整頓がされていた。誰も来なかったか、来たがもぬけの殻なので、大人しく帰ったのだろう。

 着替えをして、武器を一応隠す。こうなると隠し持ち続けるのが厄介だが、掃除不要のプレートを掛けておけば、しばらくは大丈夫だ。

 ホテルを出て銭湯に行き、久々にゆっくりと浸かる。そして何食わぬ顔で出社した。一度行方をくらましたのだ、堂々としている方がかえって意表を突ける。

 今のところ、社員の前では何も無い風に装ってくる事が出来たが、抗争の再発まで時間が掛かる様ならば、今度こそ無断欠勤する必要があるかもしれない。クロノスが用意を整えて、本格的に攻め込んでくるのにも時間が掛かるだろう。

 そう思っていたが、その日の午後には早くも抗争が始まった。

 後藤組組長の屋敷に襲撃が掛けられ、その報復としてヴルムの拠点が徹底的に潰される。そこまでは前回と一緒だった。

 だが午後十時頃になって、抗争は次の段階に入った。ヴルムがゲリラ戦を展開し始め、後藤組の拠点に銃弾が撃ち込まれては消えていくという事が市内のあちこちで起こった。

 いつどこで起きるか分からない銃声に市民は怯え、繁華街は閑古鳥が鳴いている。なじみの店にも迷惑をかけてしまったなと思いながら、河上はホテルの自室でラジオのニュースに耳を傾け続けた。

 フロントに河上宛ての電話が来た。井上からだった。


「河上さん、凄い事になってますね。この早さはちょっと予想外でした」

「俺もだ。おかげで逃げ隠れはしなくてもよさそうだが」

「こっちはついさっき、市内への展開が終わったところです。一応、もっと広い範囲にも目を光らせますが、そっちはもう少しかかりますね」

「それだけを伝えに来た訳じゃあるまい?」

「抗争にクロノスが入っている様ですよ。地理に明るいヴルムが案内して、荒事はクロノスがやるという構図のようです」

「そうか。もうクロノスの本隊が動いていたか。俺はまだ戦っているのはヴルム単独で、クロノスは指令を出しながら準備中だと思っていたが」

「早すぎやしませんかね?」

「元々機会を(うかが)っていたんだ。たまたますぐに動ける状態だったのかもしれん。どちらでも良い事だ、俺達にはな」

「あくまで狙いは、人質を危険地帯から移動させるところを掴んで奪い返す事、ですね?」

「お前達は見張っているだけでいい。手は出すな。伊藤の轍は踏むなよ」

「悔しいですけど、そうするしかありませんね。また何かあったら連絡します。こっちの番号を教えておきますね」


 翌日も表面上は何事も無く出社した。出社前に新聞を買いに行ったら、とある週刊誌が目についたので一緒に買った。

 河上商会の社長の椅子に座り、週刊誌を開く。ゴシップに近い様な内容だが、大物議員I氏の黒い噂について書きたてられていた。

 ちょっと事情通が読めば、明らかに石原議員の事だと分かる書き方だった。葛城の方も、積極的に動き出しているようだ。


「最近、抗争事件が多いですね」


 新聞を勝手に読みながら、専務の前原(まえばら)が言う。その抗争を煽っている男が目の前に居るなど、夢にも思わないだろう。


「戦場に居た頃に比べれば、小競り合いでも無いさ。とは言え、巻き添え食って怪我をしてもつまらんから、しばらくは寄り道せずに帰るんだな」

「珍しいですね。社長が軍隊に居た頃の事を持ちだすなんて」

「せっかく平和な世の中になったのに、わざわざ戦場の話を蒸し返すもんでもないと思っていたんだが、いかんせん疲れてな。自然体で行く事にしたんだ」

「自然体になると、戦場の話が出て来るんですか」

「俺達にとっちゃ、青春の全てだったからな」

「想像もつかないですね。戦場が青春と言うのも」

「その方がいいさ。だが俺達にとっちゃ、あそこが青春の全てだったし、正直それを忌んだ事は無いんだ」


 希望、絶望、友、好敵手、憎い敵、頼もしい兄貴分、可愛い弟分、親身になってくれる上官、無能な糞野郎、飢え、御馳走、女、暴力、略奪、窃盗、名誉、恥辱、誇り、屈辱、生と死。あそこには全てが濃密にあった。

 今でも思い出す度に、郷愁にも似た思いに囚われる。それが後ろめたい事の様な気がして、思い出さない様にしてきた。

 だがやはり、全てが懐かしく、愛おしいのだ。苦い思いでさえも。


 午後になって、街に騒がしい気配を感じた。警察車両が何台も道を走り抜け、サイレンの音が途切れる事無く続いている。

 書置きを机の上に残して、外に出た。騒ぎの方向は、探すまでも無かった。かなり大きな騒ぎらしい。

 現場はすでに警察が抑えていた。野次馬が大量に集まって、状況が見える所へ進むのも一苦労だった。一目見て、ライフルを使った銃撃戦があったのだと理解した。それも、一丁や二丁ではない。

 人ごみに押し戻される様にして外へ抜けると、井上がそこに居た。


「何があった? いや、大体の想像はつくが」

「かなり大規模な銃撃戦をやったようです。お互いに七・八人で、ほぼ全員がライフルを持っていたみたいですね。最も、警察が来たときにはもぬけの殻でしたけど」

「抗争の激化、ここに極まれりという感じだな」

「この後はどう展開しますかね?」

「多分だが、これはクロノスがほぼ全力で仕掛けた攻勢だろう。後藤組はそれを五分で退けた。クロノスとしては、ここで引き下がる訳にはいかない以上、戦術を変えて攻め続けるしかない」

「それがどう私達の計画に影響するか、ですね。しかし、暴力犯罪組織っていうのは、軍隊の歩兵並の武装を持っているものなんですか?」

「まさか。いくら流れの武器が大量に回っていると言っても、軍隊並の武装などそうそう持てるものじゃない。

 クロノスは以前からずっと準備を続けていたのだろうが、後藤組がそれに対抗しうるだけの武装を持った組織とは知らなかった」

「武器の密輸や密売もしていると聞きましたが」

「だとしても、骨董品や美術品としてカモフラージュできる刀剣類か、隠しやすい小型拳銃くらいだ。ライフルなんぞ、そうそう数を揃えられる物じゃないはずだが」

「何か、我々の思惑とは別に何かがあるのでしょうか?」

「だとしても、そちらに気を回すほどの余裕は無い。こっちも結構綱渡りだからな」

「そうだからこそ、不確定要素は排除したいのですがね」

「気持ちは分かるが、結局は霧の中を突っ走る覚悟を決めるしかない」


 戦場の霧、などという言葉があるらしい。どれほど正確な事を掴もうとしても、予想外の事態からは逃れられはしないのだ。だから、腹をくくって目標の方へ走り続けるしかない。


「ところで話は変わるが、いよいよ石原議員の足元に火を点け始めたようだな?」

「そちらは葛城さんが自ら指揮を執っているようです。まだあまり成果と言える物は出ていませんが」

「揺さぶりは掛けられているさ。今思いついた事だが、案外本丸を急襲した方が速いかもしれない。今後は石原議員の情報も流してくれ」

「本丸ですか。分かりました、とにかく情報だけは逐一お伝えするようにします」

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