表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鬼哭の湊  作者: 無暗道人
第二章
10/22

4

 一台の車にすし詰めで連れて行かれたのは、そう遠くない位置にある貸事務所だった。表向きは真っ当な金貸しの看板を掲げている様だ。

 車を降りると河上は事務所内の一室に連れて行かれた。部屋に入ると外から鍵が掛けられる。この程度の事は予想しているので、大人しく次の動きを待った。

 恵美は連れて来られるときに服を着せられたので、すぐにどうこうという事は無いだろう。

 自分を嵌めた女の心配をしている自分が妙だったが、親父を呼んだ程度、()められたと言う気はしない。ただ親父にくっついてきた連中が、容赦無くヤバイ連中だったと言うだけのことだ。

 部屋に時計が無いのでどれほど時間が経ったかは分からない。岡田と知っている方の背広が入ってきた。


「用意が出来たのか」

「まあな。てめえこそ、金は持ってんだろうな?」

「心配しなくても、ここに有る。てめえらが無理に取ろうとすれば、引き裂くなり、食っちまうなり、どうとでもできるぜ」

「分かってる。俺達だって霞を食って生きてる訳じゃねえ。回収できそうな金があるなら、それを棒に振る様な無茶はしない」

「それで、どんな博打をするんだ?」


 背広が顎で指すと、岡田がトランプを取り出した。


「カードか、定番だな」

「色々考えたんだが、結局これが一番いいと思ってね、河上さん」

「それで、ポーカーか? ブラックジャックか?」

「いや、一対一でやるとなると、なかなか上手く回らないもんだ。だから即興で考案したゲームで相手をしてもらう」

「ふん。ルールを聞こうか」

「河上さんあんた、軍人将棋はやったことあるかい?」

「一・二度くらいだな」

「カードでそれに似た事をやる。2からAまで13枚のカードを両方に配って手札にする。裏にしたまま一枚を出し、強い方のカードが勝ち。負けたカードは捨てられる。引き分けは両方捨てられる」

「勝った方のカードは、手元に戻るんだな?」

「そうだ。勝敗は審判が判定して、プレーヤーは勝負の内容を見れない」


 背広が審判という事だろう。勝負を審判しか見れないのは、軍人将棋の特徴だ。


「勝敗は、先にKが負けるか、過半数の7枚のカードを失った方の負けだ。両方同時に敗北条件を満たして引き分けた時は、最初から仕切り直し。

 カードの強さは2が一番弱くてAが一番強い。2はAにだけ勝てる。以上、質問は?」

「無い。審判が公正なジャッジをしてくれる事を祈るだけだ」

「まあ、勝敗を誤魔化したところで、勝負の後にカードを検めれば分かる事だ」

「そう願いたい」


 意外にも、イカサマの余地はなさそうだった。無いとは言い切れないが、背広にとっては岡田も債務者で、いざとなれば保険金で払わせられるから、岡田の方も試されていると言うところがあるのかもしれない。

 ここで成果を上げれば、岡田は借金取りに先兵としての価値があると認められ、生きれるという事だ。

 カードが配られた。2からAまでの13枚。このゲームはお互いに相手の手の内が分からない。だがこの一回だけは、同じ条件だという事がはっきりしている。

 まず出したい札は最強のAだ。だがそれ故に容易に予想がつく。この第一手でAが2に討ち取られてしまえば、岡田は以後Kを出し続けられば、最悪でも引き分けになる。

 第一手でAは出しづらい。無論、それは岡田も同じ事だ。

 では次に強いKはどうか。Aが出て来なければ、最悪でも引き分けになる。しかしAが出しづらいからK、と言うところまで読まれてAを出されれば、初手で敗北する。それは避けたい。

 となればQだろう。リスクは低く、かつ強い。最も安全でベターな選択肢。そうであるがゆえに、相手がQと読んでKかAという考えが生まれる。リスクと強さを天秤に掛ければ、Aの方が可能性が高いだろう。

 少なくとも、初手で負ければ敗北のKを出す意味は無い。2・A・Qのどれか、三すくみのじゃんけん状態だ。ただ負けた時のリスクが最も低いのはQだろう。

 Aを選んで裏向きに置いた。Aを刺す2は温存していると思わせたいカードだ。岡田もカードを出した。お互いにカードはこれで良いと宣言する。背広が見えない様に二枚のカードを確認した。


「河上、と言ったな。まずはあんたの勝ちだ」


 Aで勝った。だがゲームは続行。岡田の出した札はQだろう。それ以下の可能性もあるが、疑心暗鬼になっても迷うだけだ。合理的判断に基づいて、思い込む。

 第二手。岡田は第一手で河上が出したのが、Aだろうと予想しているだろう。Aを出し続けると読めば、ここで2を当ててくる。だがそこまで浅はかではないだろう。

 ならばAか。それならば相打ちに持って行ける。しかしそれを期待して2で勝負に出るのも、未だ危険が大きい。

 結局のところ、Q以下を出し続けて勝利数を稼ぐのが最も安全な勝ち方だ。河上としては、岡田のQが死んだと思われる今、Qを出し続けるのが良い。

 岡田はそれに抗するためには、KかA、リスク面で言えばAを出すしかない。だがそれを読み切られれば、さらなる窮地に陥る。

 第一手で河上が運良く勝った時点で、勝負の趨勢(すうせい)は大きく河上に傾いている。負けても良い。負けて良い時と、負ける訳にはいかないときがある。今は、負けても良い。

 Qを出した。負けても良い。だからこそ最も常識的で、リスクの低い勝ち筋を追う。負ければ負けたで、何かが見える。

 河上に遅れて岡田もカードを出した。初手で負けたのは、やはり苦しいのだろう。背広が二枚のカードを取る。


「河上の、勝ちだ」


 二勝目。順調と言えば順調に勝っている。だがここから読めなくなってきた。今岡田が出して負けたカードは、2か、それ以外か。

 こちらがAを出すと予想して2を出して負けたのなら、岡田にはもはや相打ち以外にAを止める術が無い。

 ならば河上の2に討ち取られるリスクを覚悟で、相打ち狙いのA出しをどこかの段階でしてくるだろう。河上のAを野放しにすれば傷が開く一方なので、勝負に出てくるのは早いはずだ。

 一方、2以外の札を出して負けたのならば、J以下を出した事になる。Qが生きているのにJを出す意味は薄いから、この場合一戦目で討ち取った岡田の札は、やはりQだったという事になる。

 河上はまだ一枚もカードを失っていない状態。対して岡田はすでに二枚を失った。失った二枚がQとJならば、もはや10以下を出し続けても勝ち目は無い。Aでの勝負を打って出るだろう。

 どちらにしても岡田は、Aを出したい、出さざるを得ない状況に追い込まれつつある。ここでAを討ち取れば、次に強いKを戦場に引きずり出せる。

 ただし敗北条件は七枚を討ち取られる事だ。まだ四回負ける猶予がある。負けながらタイミングをうかがうという事は、当然ありうる。

 河上は再びQを出した。負けられるうちは平凡に行こう。背広がカードのジャッジをする。


「河上」


 不機嫌そうな声で、河上の勝利を告げた。無理も無い、七勝すれば勝ちのゲームで、すでに三連勝なのだ。岡田が負ければ、背広どもの儲けも減る。

 しかしむしろ河上は、岡田の耐え方こそ大したものだと内心唸っていた。岡田は今、一つでも勝ちたい。だからこそ安易に勝ちを追ってこない。負ければ三連敗と言う思いに耐え切れず、Aを出してきてもおかしくなかったのにだ。

 流石に元賭場主だけあって、素人ではない。逆説的だが、博打だからこそ博打を打ってこない。勝てると言う見通しが無い限り、リスクを追って勝負に出てこない。そして見通しを得るためには、平然と負けられる。

 現に岡田の表情は、追い詰められた者のそれとは思えなかった。内心を顔に出さないのは博打打ちの基本だが、本心から焦りはないのでは無いかと、河上は思った。

 四回戦。さらに一段と岡田の行動が読みにくくなった。いつAを出してきてもおかしくはない。その一方で、三回戦でまだ耐えた事から、ぎりぎりまでAを出してこない気かもしれない。

 六敗まで耐えて、もうAを出すしかないだろうと言うところまで来て、こちらが2を出す事を待っているかもしれない。

 どれほど負けを重ねても、最強札のAと、唯一Aを討てる2の二枚さえ潰し、なおかつAを保っていられれば、その時点で勝利が確定する。

 最も、お互いに相手の手の内は勝敗の結果から予想する以外に無い以上、そう思わせる事こそが狙いかもしれない。

 岡田の狙いは目先の負けと引き換えに、河上のAと2を討ち取る事だろう。虎視眈々と、それを狙っているはずだ。

 Aを出した。岡田は今、偶然と打算の両方からAを出して不自然の無い状態に自らを置いている。岡田は河上に、Aを出すだろうと思わせたがっているはずだ。

 河上の2を誘い出し、討つ。それが狙いだろう。2さえ討てば、Aで最悪相打ちに持って行ける。

 割と小心な性格だった岡田にとって、悪くても相打ち、負けは無いと言う状態は、何よりも欲しいはずだ。

 そして狙っていても確実とは言えない以上、読みが外れた時のリスクも考慮して札を選ぶ。

 2を討つのが狙いなら、Aは出さない。それでいて、2ではなかったときに少しでも勝てる目を残したいはずだ。

 だが今の岡田に、強い札は残されていない、はずだ。ならば、候補としてKが浮かび上がってくる。

 岡田がまだ負けても良いと思っていれば、普通に勝てる。欲を出せば、Kを討てる可能性もある。こちらの2が生きている状態で、不用意なAは出したくないはずだ。Aを出さなくても河上がまず勝てる状態で、2は無いだろう。そう考えてのAだ。

 両者のカードが出そろった。背広が岡田の方を一瞥(いちべつ)する。このまま負けたらただでは済まさないと言う言外の脅し。背広が見えない様にカードをめくった。


「岡田の勝利だ」


 背広が歪んだ笑みを河上に向けて、そう宣言した。河上のAを討ち取られた。河上は思わず頬の筋肉が動くのを感じた。

 一転して、非常にまずい事になった。もはや岡田のAの跳梁を止めるには、的確にAが出て来る事を読み切って、2を当てるしかない。それに、Kを相打ち以外で打てる唯一の札が失われた事により、あと四勝をするしか勝ち筋が無くなった。

 おそらく、ここで馬鹿みたいにAを出し続けて来るような事はしない。岡田だけがAを握っていると言う、圧倒的に優位な状況を、また均衡状態、いや勝ち数を鑑みれば河上優位に戻してしまう事はしたくないはずだ。

 だがまだ目はある。岡田は、Qを初めとする上位札を失っているはずだ。それらが残っていれば上位札を出し続ければいいだけの事だが、おそらく残っていない以上、河上のQクラスを討つためには、KかAを出すしかない。

 Kを出す事はあり得ない。Kならば、相打ちによる引き分けの可能性がまだ残っている。今の有利な状態で引き分け、最初から仕切り直しだけは避けたいはずだ。

 つまり岡田は河上のAを討ち取った事で、Aを出さざるを得ない圧力がより高まったという事だ。

 2の札を置いた。これで岡田のAを討ち取れば、また形勢は河上有利となる。負ければその時点で、岡田のAを止める手段を失い、敗北が確定する。

 この一手で生き死にが決まる。博打の打ち時だ。

 岡田は小心な男だった。自分の賭場を違法賭場にしておきながら、思い切った事をせず、取り締まられてもお目こぼしがもらえる様な、小規模な博打だけを行う賭場に留め置いた。

 その結果満足できない客が離れ、今の有様だ。根っこのところで、常に安心を欲している。

 その岡田にしてみれば、河上のAを討ち取った今、このまま勝ち続けられる流れだと思いたいだろう。

 河上の2を恐れてAを温存した結果、河上のQに負け続ける。破滅へ一歩ずつ近づいて行く。それに耐えられるとは思えない。

 一勝したが故に、それが大きな勝利であるが故に、都合の悪い事には目を瞑って、安易な勝ちを追いたいはずだ。

 その衝動に耐えられる人間なら、今こんな事にはなっていない。

 背広がカードをめくる。途端に苦虫を噛み潰したような顔になった。


「勝者、河上」


 絞り出すような背広の声。岡田の顔が蒼白になった。当然だ、2を出して勝ったという事は、Aを討ち取ったという事だ。最大級の勝利の後に、最大級の敗北。

 岡田の気配が変わるのをはっきりと感じた。勝負を前にした気配ではない。心が折れたのだ。

 ならばこそ、逃がしてなるものか。


「なあ岡田さん、ルールを変更しないか? やってみて気づいたんだが、いくら即興でもこのゲームは不備がありすぎるぜ」

「おいおい兄ちゃん、それはねえだろう」


 岡田の代わりに背広が口をはさむ。


「まあ聞けよ。今の状況はお互いにAを無くした、そうだろう?」

「まあ、そうだ」

「そうすると2が死に札になるんだよ。何の価値も無い、ただ負けるだけのカードだ。これはいただけない。それに、このまま続行するとお互いにKを出した相打ち、仕切り直しっつーしょっぱい事になる。そこを変えようってんだ」


 河上の話を聞いた背広は、やぶさかではないという風だ。このままだと岡田が負けそうなのが、少しでもマシになればと思っている。


「どうするってんだ」

「Kが死ねば負けのルールを無くす。単純に七勝先取で勝ちだ。そして2が倒せるのを、Aと全ての絵札に広げる」


 背広はしばらく考え込んで、河上の提案を了承した。改正したルールでゲームを続行。岡田の意見は聞かれもしなかった。すでに見限られているのかもしれない。

 六戦目、お互いにKを出しての相打ちだった。これで河上は五勝、岡田は二勝。岡田はルール変更で生き返った2を使って絵札打ち取りを狙えたはずだが、安易に最強札のKを出してきた。

 やはりもう、心が持たないのだろう。闘争心や覇気と言ったものを感じない。

 不意に岡田が口を開けた。あ、の形に口を開けて、声は出さない。次いで頭に衝撃が来た。目から火花が飛んだと思った。

 意識はある。立ち上がろうとしたが、途中で足を掛けられた。次に来るものを本能的に察し、体を丸くする。腹に蹴りが来た。

 畜生、背広が岡田を見限った様子を見せたところで気づくべきだった。後ろから殴られるなんて、戦場に居た頃の勘がすっかり鈍ってやがる。五年も経てば当然か。

 痛めつけられながら、抵抗でも、反撃でも、防御でも無く、ただ河上は自分を(わら)っていた。駄目なときは駄目なもんだ。ただ身を任せちまう事だ。

 痛みは無かった。ただ体が揺れているような感覚がしていた。それも、少しずつ遠くなっていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ