幼馴染の君
「待ちなさいって言ってるでしょ! ロアン!」
呼び止めるために声をあげたものの、足を止める気配のないロアンに向かってニーナはもう一度金切り声をあげる。
勝気で綺麗な顔もここまでくると般若の顔と何ら変わりない、というくらい目を吊り上げニーナは忌々しくこちらを睨んでいる。
三度目の呼びかけでようやくロアンは足を止め、ニーナを振り返った。
ニーナを見るロアンのその眼は酷く冷めており、凍てついていた。まるで侮蔑するような視線に優奈は思わず息をのむ。
(ロアン・・・?)
優奈は腕の中からこっそりとロアンとニーナの様子を窺う。
「まだ私の話が終わっていないのに、何処へ行くのよ! そんな子供の事よりも、私の方が大事でしょう?!」
ニーナはこちらに歩み寄ってくる事はなく、その場で金切り声をあげ続けている。
ロアンの侮蔑の視線などまるで気付いていないのか、ニーナは相変わらず強気だ。
どうしてそこまで強気になれるのかが優奈には疑問だった。
けれどもニーナはロアンが自分に従って当然とばかりの態度を崩そうともしない。
隣のニーナの旦那様はといえば、我関せず、な態度を貫いている。つまり、ニーナの好きなようにさせている状態だ。
(ここは旦那ならば止めるべきじゃないの? 領主夫人がこんな醜態さらすとか、ダメでしょう? たぶん・・・)
優奈がそう思えども、ニーナの旦那様が動く気配はない。
野次馬で見守る村人(領民)たちが眉をひそめているのにも関わらず、だ。
ロアンはそんな周囲の視線などまるで気にする事もなくジッとニーナを睨み据えた。
「・・・お前よりユーナの方が大事だ。それに話はもう終わった。俺は何度も断っているはずだぞ? 何度来ても答えは同じだ。お前に仕える気なんぞさらさらない」
ロアンはひどく冷たい声でニーナにそう言いはなった。
元はこの村の出身かもしれないが、領主夫人にそんな口のきき方をしても大丈夫なのかと優奈は一瞬焦ったが、領主であるニーナの旦那様もそのお付きの人もまるで気にしていなかった。
何でだ? と首を傾げたが答えてくれる人はいない。
思いもよらなかった言葉にニーナが二の句をつげず、唖然としていると、ロアンは話は終わったとばかりに再び踵を返した。
けれどもニーナがそこで「はい、そうですか」と諦めることはなく、ついにドレスの裾をたくし上げ走り寄ってきた。
「・・・っちょっと! 待ちなさいよ!!」
一際大きな叫び声と共にニーナは怒りからか真っ赤に染めた顔で優奈を抱く腕とは逆のロアンの腕を掴むと思い切りよく引っ張った。
より近くで叫ばれたその甲高い声は耳にキーンと響き、ひどく耳障りだった。
ロアンは然したる抵抗もなく腕を引かれるままにニーナを振り返った。
「・・・」
ロアンは特に何を言うでもなく、自分の腕を掴む女を冷めた目で見下ろした。
その瞳の冷たさに優奈は思わず息を飲み、恐怖で体を強張らせる。
視線だけで誰かを殺せてしまいそうな・・・そんな視線だ。
傍目で見ている優奈でさえ恐ろしく感じるのだ。真正面からそれを浴びているニーナの恐怖は計り知れないだろう。
案の定ニーナはロアンのその視線に声を発する事も出来ず、ピクリとも動く事も出来ずに腕を掴んだ姿勢のまま棒立ち状態だ。
真っ赤だった顔も徐々に白く、青冷めたものに変わっていき、体は自分の意志とは別に細かく震えていた。
「・・・っ」
恐怖のあまりかニーナはわずかに息を飲み込んだ。
完全に物言わぬ置物状態となったニーナにロアンは特に何も言わず、掴まれていた腕を振り払うと再び踵を返し、その場を後にした。
「ごめん、ユーナ。嫌な思いをさせたね」
ニーナ達の姿が見えなくなると、ロアンはそう言って優奈の頭を撫で、軽く抱きしめた。
ロアンの胸に顔をうずめなた状態のためその表情は窺えないが、声が少し落ち込んでいるように感じられた。
優奈自身は別にそれほど嫌な思いはしていない。むしろ部外者、傍観者的な立場であの場を見ていた。どちらかといえばロアンの方が大変だったであろう。こんなに落ち込んだ声を出すくらいだ。きっと色々と嫌な思いをしたに違いない。
優奈は腕の中からロアンを見上げると気にしていないと言い、笑いかけた。
見上げたロアンの表情はやはりどこか落ち込んでおり、けれども優奈が笑顔を向けるとロアンからもふんわりと柔らかな笑みが返ってきた。
「・・・ありがとう」
ロアンはそう言って優奈のおでこにキスを落とした。
優奈は突然の事に顔をぼっと赤く染め、ロアンの胸に顔をうずめた。
(ち、ちょ、何今の?! いやいやいやいや、落ち着け、私。 挨拶だ。外人さんにとっては只の挨拶に違いない。しかもロアンにとってみれば私はお子様なんだから・・・)
優奈が混乱のまま耳まで顔を赤く染めているその様子をロアンは愛おしげに眺めながら頭頂部にもう一度軽く口づけを落とすと、その髪を撫で梳きながら歩をすすめた。
結局、優奈があれは子供扱いの一環だ、と結論に到達し落ち着いたのはアランの家まで後数歩、というころだった。
家に到着すると、優奈は食事をまだ取っていないロアンの為に早々に食事を温め直し、ロアンの前に並べる。
ロアンは先ほどまでの冷たい瞳も暗い瞳も何処へやら、にっこりと嬉しそうな目で優奈に礼を言うと、食事を口にし始めた。
ロアンのいつもと全く変わらない様子に優奈は、やはりあれは子供扱いの一環だったのだ、と納得した。
それからロアンの食事中、優奈は先ほどのニーナ事を聞こうかと思ったが、おおよその内容は分かっていたし、ロアンも触れてほしくなさそうだったため、その話題を避け、優奈の今日あった事、知った事、教わった事などたわいもない話をした。
そうして会話をしながらロアンが食事を終えるころになって、ようやく他の三人が帰ってきた。
「あ、ちょっとロアン! 君何先に帰ってるのさ!」
部屋に入るなりハルトは口を尖らせながら文句を言い始めた。
「あの後大変だったんだからね!」
ハルトの文句の続く中ラグとアランも部屋に入ってきた。
愚痴半分のハルトの話を含め、三人が見てきたその後のあの場の様子を教えてくれた。
あの後ニーナが我に返ったのはロアンと優奈の姿が見えなくなった後だったらしい。
我に返るなり再び金切り声をあげ、ロアンは何処に行っただの、あの子供は何なのだ等尋ね、喚き散らしたそうだ。もちろん、村人はここ最近のニーナの態度を良く思っているはずもなく、よって誰もニーナの質問にきちんと答えてやる事はなかった。
そこで標的として捕まったのがハルト以下ロアンと親しい三人だったらしい。
もちろん、ロアンの事も優奈の事も教えはしなかったが相当しつこく付き纏われたらしい。
三人とも疲れきった顔をしており、もううんざりだといった口ぶりだ。
「ったく、あの女あんな面倒な性格だったか?」
「さぁね。僕は興味なかったからわかんないけど、確かに面倒な性格だよね」
「・・・本質は、変わっていない」
「どうだかな。何にしろ、俺はもうあいつと関わる気はない。あいつは自分からこの村を出て行ったんだ。・・・俺があいつの為に何かしてやる義理はないし、あいつが俺に何かさせる権利もない」
ラグ、ハルト、ロアンのニーナに対する評価にロアンは素気無く応じ、少しばかり眉間に皺を寄せながらニーナをバッサリと切り捨てた。
「はっきり言ってユーナの教育に悪いから二度と現れてほしくないな」
「それは言えてるね」
ロアンが清々しくも親バカ的発言を言いきると、ハルト以下三名は突っ込むことなく、その通りだと大いに頷き合った。
(・・・教育って・・・本当に何歳に見られるの、私?!)




