涙
夜半、急に目が覚める。
こちらへ来てからそういった事はよくあり、そしてその度に優奈は泣いていた。
ほぼ毎晩見る夢はあちらの世界のことばかりで、その内容の殆どが愛する夫との思いでだった。
・・・まだ、優奈が健常であったころの・・・幸せで、夢と希望にあふれていたあの頃の・・・。
懐かしく、愛おしい夢を見る度に優奈は涙していた。
(早く、早く帰らなきゃ・・・)
そう心で何度も唱え、忍び寄る恐怖を振り払う。
(あっくん・・・きっと帰るから・・・)
ぎゅっと布団を握りしめ、泣き声がもれないように顔をうずめながら優奈はほぼ毎晩涙した。
そうして優奈が涙をひとしきり流し終えたころ、見計らったようにロアンがいつも部屋にやってくる。
今日も優奈が泣きやんだ頃を見計らって扉が開かれた。
ロアンの手には湯気が立ち上るカップが一つ。
「ユーナ」
柔らかな声音は泣く子をあやす様に優しく、そっと髪に触れてくる手も声音に負けず劣らず優しかった。
優奈の乗るベットに何の躊躇もなく腰掛けるロアンに下心といったものは全く感じられない。
ロアンはそのまま何も言わずにベットの上に体を起こした優奈の手に暖かいカップを乗せてくれる。
優奈も何も言わずにそれを受け取り、そしてカップの中身をゆっくりと飲みほす。
会話はない。
けれども、ロアンの優奈を気遣う空気が優奈を優しく包む。
ただただ、優奈を気遣うだけの優しい空気。
そして優奈のカップが空になるとロアンはそれを取り上げ、再び優奈の髪をなでた。
「・・・もう一度眠るといい」
その声も手も、やはりただただ優しく、責める感じはない。
そうして優奈から手を離し立ち上がるロアンをいつもならただ見送る優奈だったが、今日は何故か思わずロアンの腕を掴み引きとめてしまっていた。
「・・・ユーナ?」
少し戸惑ったロアンの声と共に、同じように少し戸惑いに染まったロアンの瞳が優奈を見おろした。
優奈は思わず引きとめてしまった自分の手を呪いつつ、ロアンを見上げながら何か口にしなければと口を何度か開閉させる。
けれども優奈の口から声は出てこず、何を言ったらいいのかさっぱり思い浮かばなかった。
(何してるの、私!)
自分の思わぬ失態に優奈が混乱をきたしていると、ふわっと暖かなぬくもりが優奈を包んだ。
それがロアンの腕である事に気付くのに時間はかからなかった。
こちらへ来てから、何度も優奈を撫でたり、抱き上げたりしてくれた腕だ。
そして、この二十日ほどですっかりと馴染んでしまったロアンの香り・・・。
その香りに、優奈は体の力をほっと緩める。
優奈の体から力が抜けると、ロアンがポンポンっとあやすように頭を軽くたたく。
「・・・大丈夫だ。俺がいる」
そう低く耳元で囁かれ、優奈は引っこんでいた涙が再び溢れだしてきそうになった。
何とか懸命にそれを抑え込もうと、優奈はぎゅっと目をつむり体に力を入れた。
「ユーナ」
けれども優奈の抵抗も空しく、ロアンにもう一度優しく名を呼ばれ、それとは裏腹に力強く抱きしめられると涙は次から次へと勝手に溢れ出てきてしまった。
ボロボロとこぼれる涙は留まる事を知らぬかの様に優奈の瞳から流れ続け、いつしか声をあげ、しゃくりをあげながら優奈は泣いていた。
力強く抱きしめ、それなのに優しく髪を撫でてくれるロアンに縋りつきながら・・・優奈は泣き続け、そして泣き疲れそのまま眠りに落ちた。
朝起きた時、優奈は自分の失態に顔を赤くし、次いで顔を青くした。
はっきり言って起きた時間は朝とは程遠い昼も近い時間だった。日が天頂に届くまであと少しといったトオころだろう。
ロアンはきっともう仕事に行っている。
優奈は慌てて飛び起き身形を整える。
扉を開け続き部屋を覗けばやはりロアンの姿はない。
(・・・どうしよう)
いつもならアランの家で昼食の準備をしているくらいの時間だ。
ロアンが無理に起こさなかったことを思えば、今日はこのまま家に居ていいのかもしれない。
けれども食事の準備は今や優奈の大事な仕事だ。
お世話になっている身なので、家事手伝いくらいは当然するべきだと思っている。
ここは行くべきか・・・そう思い立ち優奈は玄関の扉に手をかけた。が、そこで再び思いとどまった。
(でも・・・)
ロアンにしろアランにしろ、優奈を一人で外に出す事は今まで一度もなかった。
そして優奈自身、ロアンから一人で家の外には出ないように言い含められている。
初めは何故かわからなかったが、今ではその理由も良くわかっている。
ここは『魔の森』と呼ばれる魔物の巣窟たる森に隣接した村だ。
いつ何どき村に魔物が襲いかかってくるかわからない。
その為の自警団だが、彼等とて人間だ。思わぬ事態に完璧に対応できるとは限らないだろう。
それ故、武力、対抗手段を持たない者は昼といえど無暗矢鱈に外を出歩かないらしい。
・・・といえども、この村に住んでる以上ほとんどの住民はそこそこの戦闘能力を持っているそうだ。持っていないのは赤子や幼子、一部老人くらいのものらしい。
そして優奈は、といえば、もちろん戦闘能力など皆無である。
ここ二十日を思えば一度も魔物などに遭遇した事はない。けれどもだからといって今日出てこない保証はないだろう。
優奈はもしも、を考え、ぶるりと体を震わせる。
そして扉から手を離し一人で外に出る事を諦めた。
そんな時だった。
突如、バンッと音を立て目の前の扉が優奈の目の前をすれすれに通り過ぎ、思い切りよく押し開かれた。
「ロアン!!」
同時に聞こえた声は昨日聞いた耳に痛い金切り声だった。




