番外編 それぞれの想い
side ロアン
ユーナが来て十日が過ぎた。
初めて会った時は森周辺のどこかの村の娘かと思った。
珍しい黒髪と黒い瞳の娘は十二三だろうか。幼い顔立ちに小さな手足、背も自分の胸に届くか届かないかといったサイズだった。
けれども話を聞けば何処から来たか、ここが何処かもわかっていない様子だった。
ユーナがいた森は魔物が蔓延る森で、退治しても退治しても魔物が沸いて出てくる魔の森だ。地元の人間も好き好んで入りたがる者はいない。そんな場所に年端もいかぬ娘を放り捨てていくなどまともな人間の所業ではない。
ロアンはユーナが哀れになり、自分の庇護下に置く事を決めた。
ユーナはとても愛らしく、ロアンは何年振りかに心から笑顔を浮かべる事が出来るようになった。ユーナについての謎は深まるばかりで、ユーナ自身が何か隠し事をしていることにも気づいていたが、ロアンはそれでも構わなかった。隠し事はしているが、ユーナがロアンに嘘をつく事はないからだ。
どんな事実があったとしても、ロアンはユーナを助けたいと思う。
ユーナが時折ベットの中で声を押し殺して泣いているのを何度も聞いた事がある。
そのたびに何度部屋に押し入って理由を問いただしたい衝動に襲われたかはわからない。けれどもそれをした事はなく、自分にできたのは泣きやんだ頃を見計らって暖かい飲み物をユーナに差し入れてやることぐらいだった。
その度に何か相談に乗れる事はあるか、と聞くがユーナは首を振るばかりだった。
そんなユーナを見る度にユーナの力に、助けになりたいと思った。
きっと気を回すユーナの事だ、何かしら遠慮しているに違いない。
そんな事は気にするなと、何度もいっているのに・・・。
・・・自分が再び誰かをこんなに愛おしく思えるとは思わなかった。
ユーナ、世界に再び色をくれた愛しい娘。
お前の為なら、魔族にだって魂をくれてやる。
だからどうか、泣かないでほしい・・・。
side ラグ
十日たったがロアンがどっぷりハマっちまったお嬢ちゃんに関しての情報が一切集まらない。
昔の伝手を利用して、それこそ裏の世界の情報も引っ張ってこさせたが、黒髪黒目のお嬢ちゃんの情報は一切なかった。
情報が一切ない。つまり、存在が認知されていないってことだ。
あんな目立つ容姿をしているんだ。どこかで見た奴がいればそれだけで手掛かりになる。
けれども、十二三の黒髪黒目の娘なんてものを見た事がある奴がいない。この国の情報はほぼ全てかき集めた。隣国の情報も大体出揃っている。かなりの辺境にでもいたのか、それとも他大陸の出なのか、それにしても表なら通行門を裏なら奴隷商をやなんかを経由して出てきていれば情報に引っかかるはずだ。
なのに情報がない。
お嬢ちゃん自身何処から来たか、ここが何処かも分かっていない。
その上捨てられていた場所は魔の森。
どっかの阿呆がいらなくなった籠の鳥を捨てて行ったのか・・・。
籠の鳥、とはよくいったもので、お嬢ちゃんは常識が分かっちゃいない。
アランが教え込んでいる最中だが、未だ三才児並みの常識力しかない。本当にどこかに閉じ込められていた可能性もある。
けれども、それなのに文字は読めるし、言語能力も高い。試しに色々な国の言葉で会話してみたら、すべてに対して同じ言語で返してきた。
常識は知らずに、言語文語知識はある?
このアンバランス感はいったい何だ?
教えてやるんなら全部教えてやればいいものを・・・。
まったくもってお嬢ちゃんに関する謎は深まるばかりだ。興味がつきない。
side ハルト
聖女が現れた。
この事実が目の前に降りてきたとき、ハルトは感激のあまり我を忘れた。
一〇〇年以上前から願ってやまない天界の加護持ちの人物だった。
勇者ではないが、これで魔界の進行が少しでも抑える事が出来るだろう。何よりも、このどす黒い空気を払ってくれるだろう。
ユーナやロアンがなんと言おうともユーナに与えられた天界の加護は確固たるものだった。
今もユーナの身の回りからは神聖な気が漂っており、暗く凝った空気を打ち払っている。他の人間には見えないがハルトの目にはしっかりとそれが写っている。
そしてその加護はしっかりと周囲にも反映されている。
暗く陰っていたロアンの表情は色豊かに、明るいものに変わったし、村の活気も前にも増している。最近では魔の森からの襲撃もめっきりなくなっているし、いい事づくめだ。
彼女のそばにいると心があったかくなる。
だから自然と彼女の周りには人が集まる様になった。
中でも酒場で男共に囲まれる事が多かった。よく行ってたから仕方ないんだけど。
その時のユーナの姿はびくびくと怯えていて小動物の様でとても可愛らしかった・・・けど、気にくわなかったのも事実だ。あんな下心満載の衆目に聖女たるユーナを晒すのは耐え難い屈辱だった。
なのでユーナが料理してくれるようになったおかげであいつらの目に晒さなくて済むようになったのは本当によかった。
あの時はあやうく聖職者の仮面が取れるところだったよ。いや、不埒な輩から聖女を守るのだから立派な聖職者としての務めか?
何にしろ、僕の聖女様を汚す奴は僕が許さないんだから。
side アラン
ロアンが拾ってきた少女は自分と同じ黒髪をしていた。
そして幾つもの術を編みこまれた守護結界を身にまとっていた。
初めはその複雑な守護結界にひかれたが、少女と目があった瞬間一瞬にして少女の愛らしさに惹かれた。
微かに首をかしげこちらを見上げてくる様など、本当に可愛らしかった。
ためらいがちに名を呼ぶその声も、その声を紡ぎだす小さな唇も、書物をめくる小さな手も、そしてまっすぐにこちらを見てくる大きな黒い瞳も本当に愛くるしい。
その中でも毎日我が家で風呂に入れてやる時の至福は誰にも譲れない。もちろんロアンから反論が出たが、言い負かした。この時ほど自分が魔術師であった事の感謝した事はないだろう。
すぐさま湯を沸かしてやれて、髪を乾かしてやれる術を使えるのは自分だけで、加えて、広めのバスルームに女性が気遣ってやまない髪の手入れに必要な品がそろっている。とここまで言えば反論は出てこなかった。
こうして毎日の至福の時間を確保した。
濡れた髪に包まれ、上気した赤い頬で風呂から出てくる彼女は常にない艶を含んでおり、髪からあらかたの水分を拭きとってやっているときに思わず抱きしめてしまった事は一度や二度ではない。
これほど何かに執着するのは魔術以来初めてだった。
彼女の事が知りたくて、人に関わる事をしてこなかった自分が積極的に彼女には手を伸ばすようになった。彼女は何を考えているのか、何を見ているのか、何を思っているのか。彼女が何をするのか、何をしたいのか、何処から来たのか、何を知っているのか。
沢山観察して、沢山聞いて、沢山調べた。
分からない事も沢山あったが、知れば知るほど彼女の事が好きになり、愛おしくなり、もっと知りたいと思った。
これほどにまで惹きつけてやまない君。
私はもう君を手放すことなどできそうにもないだろう。




