町内会長決めるノリで、征夷大将軍に任命されました
慶長七年。
本来ならば、天下分け目の戦が起こる年である。
だが、起きなかった。
石田三成は佐和山で薬草を育て、上杉景勝は雪と格闘し、宇喜多秀家は家臣同士の喧嘩を仲裁し、毛利輝元は跡目を決められず、大友義統は領地復興。
そして、島津は島津。
それ以上でもそれ以下でもない。説明不要だ。
そして――徳川家康は。
「内府殿。」
「何じゃ。」
「また揉めております。」
「今度は誰じゃ。」
「奉行衆にございます。」
「……行くか。」
今日も仲裁だった。
◇◇◇
「治部殿がおれば!」
「いや、お主がやるべきじゃ!」
「予算が!」
「検地が!」
「帳簿が!」
「順番じゃ。」
家康が一言告げる。
「一人ずつ申せ。」
「「「……はい。」」」
その一言で、静かになる。
片桐且元は涙目で呟く。
「内府様……。」
「何じゃ。」
「助かりました……。」
「胃薬は飲んだか。」
「はい……佐吉から届いたやつです。」
「効くか?」
「めちゃくちゃ効きます。」
「そうか。」
◇◇◇
その頃、佐和山城。
「父上!」
「何や!」
「淀の方様から文!」
三成は受け取り、静かに読む。
『胃薬、もう少し送ってください。
皆、胃を壊しております。
特に且元に至っては、瀕死です。
徳川殿は政務の合間に自分で煎じております。
いい加減、適量を教えてやって下さい。
秀頼の養育の時間にほんの僅かではありますが、影響が出ております。』
三成は黙って薬箱を取り出した。
「重家。」
「はい。」
「陳皮。」
「はい。」
「乾姜。」
「はい。」
「倍作る。」
「はい。」
そして、縁側で薬草を干してる正則へ視線を向ける。
福島正則、清洲の一国一城の主人であり、暇じゃないはずなのに、佐和山にしょっちゅう来ている。
「市松、甘草は?」
「ええ頃合いやで!」
「持って来て。」
「おう!」
◇◇◇
数か月後、家康の元に朝廷より使者が訪れた。
「征夷大将軍任官の儀。」
家康は固まる。
「……正信。」
「はい。」
「儂。」
「はい。」
「何かしたか?」
正信は真面目に数え始める。
「豊臣家臣団の仲裁。」
「うむ。」
「奉行衆の調整。」
「うむ。」
「秀頼様の養育。」
「うむ。」
「朝鮮との和睦。」
「うむ。」
「交易。」
「うむ。」
「大名との折衝。」
「うむ。」
「胃薬の配布。」
「……それは違う。」
「失礼しました。」
家康は腕を組む。
「……戦は。」
「しておりませぬ。」
「じゃが。」
「はい。誰よりも働いてはおりました。」
沈黙。
「……。」
「……。」
家康はぽつりと呟く。
「やる者が誰もおらぬから、儂がなった……という流れではないか?」
正信は少し考えた。
「否定は出来ませぬ。」
征夷大将軍の任を受けた翌日。
家康は茶々に呼び出され、奥御殿へ訪れた。
(……ついに来たか。)
豊臣家からすれば、家臣である徳川が征夷大将軍となったのである。
咎められても、不思議ではない。
(何を申されても、受け止めねばならぬ。
淀の方も、思うところがあろうて。)
罵詈雑言、罵声罵倒を浴びせられる覚悟で奥御殿へ赴いた。
しかし、茶々の口から語られたのは、そんなものではなかった。
「内府殿、お願いがございまする。」
目の前に座り手を付く茶々は、戦乱の世を生き抜き、覚悟をとうに決めた女の目をしていた。
「高台院様をはじめ、私たち豊臣家が望むものは、家の存続。」
「はい。」
「それから、秀頼の後見を。」
「承知いたしました。」
そして、茶々は外に視線をやる。
「最後に……。これは私の願いです。」
「はい。」
「これから先……民を燃やさぬように……。」
静かに、しかし、はっきりと強い口調だった。
「……お頼みいたします。」
茶々は深く頭を下げた。
「お任せ下さい。」
家康もまた、茶々へ頭を下げた。
(加賀殿……儂は約束を果たせましたでしょうか?)
家康は亡き強敵に、心の中で問い掛けていた。




