お主ら、何しに行ったん?
石田三成が佐和山へ帰ってから、一月余り。
大坂城・西の丸。
評定を終えた家康は、一息つこうと湯呑みへ手を伸ばした、その時。
「申し上げます。」
小姓が一礼する。
「加藤主計頭様、福島左衛門大夫様がお見えにございます。」
「……ほう。」
家康は湯呑みを置いた。
(治部殿へ謝りに行くとは、官兵衛殿から聞いておった。)
ならば、おそらく今日はその報告であろう。
「通せ。」
「はっ。」
間もなくして、清正と正則が部屋へ入る。
「失礼いたします。」
「うむ。」
二人とも以前より幾分晴れやかな顔をしている。
(無事、和解出来たようじゃな。)
家康は自然と頬を緩めた。
「して。」
茶を一口飲む。
「治部殿とは、どうじゃった?」
清正は姿勢を正した。
「はい。佐和山に着いて早々……。」
「うむ。」
「猪が出ました。」
「……うん?」
家康の手が止まる。
「三成が槍を持って追い掛けまして。」
「……。」
「某と正則で仕留めました。」
「……。」
「その日は猪鍋を馳走になりまして。」
「……。」
「泊まれ、と。」
「……。」
家康は黙って続きを待った。
「翌朝。」
「うむ。」
「猪避けの柵を作りました。」
「……。」
「三日目は薬草畑を広げまして。」
「……。」
「四日目は若い衆の稽古を。」
「……。」
「胃薬も煎じまして。」
「……。」
「五日目に。」
家康は少しだけ身を乗り出す。
「うむ。」
「ようやく謝りました。」
静寂。
「……。」
「……。」
家康はゆっくりと二人を見た。
「……其方たちは。」
一拍。
「何をしに行ったんじゃ?」
正則が頭を掻く。
「俺らも、その……。」
清正も困ったように笑う。
「気付いたら、五日経っとりまして……。」
「気付いたら、で五日過ぎるか。」
家康は思わず額を押さえた。
「しかも。」
正則が思い出したように言う。
「三成、全然怒っとらんかったんです。」
「……ほう。」
「俺らだけ、ずっと気まずかったんやなぁって。」
「そうか。」
家康は小さく息を吐いた。
(治部殿らしい。)
そう思った。
「あと。」
正則がまた何かを思い出した。
「うた殿……三成の奥方が島左近殿らと手分けして、書状を燃やしておりました。」
「……む?」
「大坂からの書状をです。帰って来い、ばかりですので。」
「まぁ……奥方の気持ち、分からんでもないわ。」
家康は思わず苦笑する。
もしも、自分が三成と同じ立場になったら、側近の正信や側室の阿茶局も恐らく同じ事をするだろう。
「その代わり、小西様や浅野様、長束様からの『帳簿はどこにある?』という文は、三成へ回しておりました。」
「そうか。」
家康、内心ホッとした。
清正が側に置いていた薬箱を、両手で差し出す。
「三成より、徳川様へ預かって参りました。」
「……これは?」
家康は蓋を開けると、中には丁寧に包まれた漢方薬。
「胃に効く薬だそうにございます。」
「ほう……。」
家康の目が変わった。
薬包を一つ開き、香りを確かめる。
「陳皮……。」
鼻を近付ける。
「甘草。」
もう一つ開ける。
「乾姜か。」
正則が清正へ小声で囁く。
「始まった。」
「始まったな。」
二人は知っている。
徳川家康。漢方の話になると、止まらない。
「煎じ方は?」
家康が顔を上げる。
「……それが。」
清正は苦笑した。
「適量、と。」
「……適量?」
「はい。」
「それしか聞いておりません。」
家康は薬包を見つめた。
「……。」
「……。」
「適量とは、どの程度じゃろうな。」
その目は、戦よりも難しい問題に向き合う学者のようであった。
清正と正則は顔を見合わせる。
(始まったな。)
(当分終わらんな。)
二人は心の中で同時に呟いた。




